ある日の昼過ぎ。冬の寒さはそろそろ遠くなりつつあって、このくらいの時間帯ならさほど厚着をしなくても良くなった。
「今日はマリアさんもお休みだし、ティーパーティをやろうよ!」
そんなクレールの一言でお茶会の開催が急に決まって、中庭に持ち出してきた丸テーブルに、ニーナが作ったお菓子が並べられている。
「んー、お茶がいい香りだねー」
クレールはいかにも貴族の子女といった所作でこのお茶会を取り仕切っている。最近はこの領地の経営に関する仕事をする以外に、改めて魔法の訓練も頑張っているみたいで、今日はせっかくみんないるから息抜きがしたい、と漏らしていた。それにしても最近、心なしか以前より頬がふっくらしているような……。身体を動かしてるのもそのせいかな。
「非常に美味」
ステラさんは読みかけの本を鞄に戻して、今はニーナが焼いたお菓子に夢中。そんな時でも傍らには魔法の杖を忘れないのはステラさんらしい。
「あーっ! それはあたしが食べようと思ってたです!」
「早い者勝ち。そのはず」
「特級悔しいです!」
今日も元気なのはナタリー。少し前にこのあたりの海岸線と生活道路の地図を作り終えたと言っていたから、最近はこの館のある高台の西側を調査してもらってる。先にそういう資料が出来上がっていると開墾もしやすい、とステラさんが言っていた。ナタリーは散歩がてらにその資料を作ってる。
「んっんー。あたしはー、どれから食べよっかなー」
「ミリア、そうやって手をさまよわせるのはお行儀が悪いですよ」
「はーい」
ミリアちゃんとマリアさんの姉妹も、この集まりを楽しんでいるみたいだ。
マリアさんは一時期よりもお休みが増えた。本人はもっと働きたいって気持ちがあるみたいだけど、ミリアちゃんと過ごす時間も大事だってことみたいだ。冬の間にたくさん働いた分、春の間は館で過ごす時間が増えそうかな。
ミリアちゃんも相変わらず勉強を頑張っていて、大人でも解けないような問題をすらすらと解いているらしい。らしい、っていうのは、ステラさんから聞いた話だから。俺が見てもまるで理解ができない問題だったし、そのあたりはわかってる人の評価を信じるしかない。
「お菓子、まだあるから遠慮しなくていいよ」
そう言ったのはニーナ。今日のお菓子も全部ニーナの手作りで、どれも美味しい。
少し前に作った魔法の包丁――聖母の包丁にも慣れてきたみたいで、味や見た目の良さはそのままに、作る速さが上がってきた。それで浮いた時間を新作料理の研究にあててるっていうから、まだまだその腕も磨かれていくんだろう。
「リオンも食べて食べて。ぼーっとしてると、ナタリーたちに取られちゃうよ」
「ああ。それじゃあ、その赤いのを取ってくれる?」
「このマカロンね。はい」
ニーナから渡されて、俺もひとくち。
香りからして想像はついてたけど、甘い。甘さの中心は、中に挟まれてるしっとりとしたクリーム。そしてその甘さが、お茶によく合う。
「このお茶は? さわやかな香りがするけど」
「何種類かのハーブを合わせて作ったんです。気持ちを落ち着かせてくれる成分と、お腹の調子を整える成分が入っていますよ」
「そうなんですか」
解説をくれたのはマリアさん。ハーブに関しては、マリアさんの方がニーナよりも詳しい。その知識でこうしてお茶を用意してくれている。ありがたい。
俺の中に溜まった
これ以上
いずれまた神託の霊峰に行って聖竜に診てもらおうと思ってはいるけど、行くとなるとしばらく館を離れることになるし、早くても春祭りが済んでからになるな。
「あーっ! それは僕が食べようと思ってたのにっ!」
「早い者勝ちです! クレールはお上品に美味ですわねってしてればいいです!」
「ぐぬぬ」
クレールとナタリーがお菓子を巡って言い争っている間に、ステラさんは次を食べ始めている。ミリアちゃんも満面の笑顔で、口いっぱいに頬張っている。
「リオン、そっちのそれ取って。それは僕が食べるよ!」
「それって……どれだろう」
「それはそれだよ」
「これ?」
「その隣のやつ」
クレールの曖昧な指示からご希望のお菓子を見つけ出すと、俺はそれを小皿に取った。
雷王都市から俺の男爵位が認められて、名前がリオン・ドラゴンハートに変わっても、みんなの俺への態度は変わらない。俺はそれでいいと思う。これまで一緒にやってきた仲なんだし。
特にクレールは自分で侯爵位を持ってるから、爵位では元々俺より上。今更変わる理由もないか。クレールはそのことをみんなに秘密にしてる。ただ、クレールが普段通りに接してくれたことで、みんなもそれに倣ったって面もあるような気はするな。
「んー、うまいっ」
「せめて『おいしい』って言いなよ」
「美味ですわねー」
作法はともかく、言葉遣いはあんまりお嬢様って感じしないんだよな、クレールは。
「口元にクリームついてるよ」
ニーナに指摘されて、クレールは慌てて口元を拭った。
とそこに、バサバサと羽ばたきの音がした。それだけで、ずいぶんと大きい鳥だとわかるくらい。
「わわっ」
それに驚いたのか、クレールがティースプーンを取り落としてしまった。スプーンは甲高い音と共に、テーブルの下に跳ねていった。
「ああ、俺が拾うよ」
銀でできたスプーンは、以前の俺なら「そんな高価なもの」と思ってたけど、最近は「特別な時にならいいかな」と思うくらいまでには、まあ、慣れた。普段の食事には木製のものを使ってるけど、こういう時くらいはね。
っと……。
「いてっ」
慌てて頭を上げようとしたら、後頭部をテーブルに打ち付けてしまった。頭上でがちゃがちゃと皿が揺れる音が……。
「大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫だから」
これ以上何か言われない内にと、身体を起こして姿勢を正す。
……女の子と囲んでるテーブルの下を覗き込むのは、いけないな。最近暖かくなってきて、裾丈が短くなってるし。
「それで、さっきの音は?」
「あれです! あの鳥です!」
ナタリーが指差した方を見ると……いた。
斑紋のある灰褐色で、どことなく猫に似た顔つきの、大きな鳥だ。
「……フクロウという種類の鳥。主に北方の森に生息する種。本来は夜行性のはず。おそらく、何者かの使い魔」
そう解説したのはステラさん。相変わらず、ステラさんは何でも知ってるな……。
さてそのフクロウ……使い魔、か。よく見れば、中庭の木の枝をつかむその足に、小さな筒が括り付けられてるのがわかった。
「手紙を届けに来たのか」
最近、珍しい方法で手紙が届くな。この前はわざわざ配達人が届けに来たと思ったら、今度はこれだ。
ともあれ、中身を確認……と思ったけど、俺が手を伸ばしても、フクロウは木の上から降りてこない。
どうしたものかと思ったけど、クレールが呼んだらすぐに降りてきた。
ちゃんと人を見てるのかな。賢い鳥だ。使い魔だからかもしれないけど。
クレールが筒から中身を取り出すと、それは一枚の紙を丸めたもので、やっぱり手紙みたいだった。小さな字でびっしりと書き込まれていて、ちょっと離れたところからじゃ、とてもじゃないけど読めないな。
「これ、父様からだ!」
手紙を読んでいたクレールが声を上げた。