クレールがその手紙……手紙と言うには小さい紙片を広げて見せて、端のあたりを指で示してくれた。そこには確かに、差出人として……〈
「クレールはお父さんがご存命だったですか」
「うん。僕より長生きするかもね?」
クレールは冗談めかして言ったけど、実際ありそうな話だ。九割九分くらいは人間をやめてるような人だし。クレールも他の人とは少し違うところがあるけど、あの人と比べるとそれほどでもないな。相手が普通じゃなさ過ぎるせいだけど。
二人が並べば、親子どころか兄妹にさえ見えるくらい、見た目には若々しい人だった。もちろん、クレールと同じで見た目通りの歳じゃないけども。
思い返せば、ルイさんとはいろいろあったな。
俺を異界に引きずり込んだ張本人だし、その時に力の大半を奪われた。直接戦いもした。力を奪われてたからでもあるけど、かなり手強かったな。
「いったい、何の用事だろう」
俺の言葉に、クレールも首を傾げた。
「僕を心配して手紙をくれたのかな?」
クレールのことを溺愛してる人だから、ただそれだけの可能性もないとは言えない。クレールを自由にさせてるのは、まあ、心配ではあるだろう。こんな子だし。
という前提があって。
その上でクレールが俺の近くにいることを許してるんだから、俺とルイさんはちゃんと和解できてるんだな……たぶん。
「フクロウが留まっているのは……すぐに返事を書いて持たせた方がいいのかな」
「そうだね。まずは読んでみるよ」
クレールが手紙を読んでいる間に、ナタリーがそっとお菓子を食べていた。今なら敵が少ないと思っての行動だろうけど、そんなに慌てなくてもニーナは十分な量を用意してるんじゃないかな。
「えっとねー。僕の友達が訪ねてきたから、講義をしてあげてるって。ユリア、ちゃんと父様に会えたんだね。でも修行が終わるにはもう少しかかるみたい。それが済んでユリアをこっちに送り出したら、次は風の終焉地っていう古い遺跡を調べに行くんだって」
「ひとまず良かったね」
クレールの話に出たユリアというのは、少し前に知り合った女の子。といっても、俺より少しだけ年上か。
事情があって、身体の中に
うまくやってるなら良かった。
「それから、紫電の魔石が余ってたら譲って欲しいって書いてあるけど、ないよね?」
クレールの口から聞き慣れない魔石の名前が出てきて、俺は少し悩んだ。
「そもそも実在してるの、それ。見たことないけど」
魔石。握って意識を集中すれば、石に刻まれた術法を発動できる不思議な石のことだ。古王国時代に製造されて、今でもいろんな種類の魔石が出回っている。
俺も、故郷を出てからこれまでの間にいろんな魔石を見てきたし、実際に手にしたものも多いけど……。
紫電の魔石は、見たことがないな。
そう考えながら視線を送ると、ステラさんはお菓子を食べる手を止めて解説をくれた。
「古い文献にはその名前を見付けることができる。ただし、現物は発見されていない。また、〈
うん、やっぱりステラさんは何でも知ってるな。頼りになる。
「
「そう。人間は
ステラさんの視線は自然とクレールに向いた。クレールは
一方、
「大昔には紫電の魔石もあったのかもしれないね」
ステラさんの解説に、クレールが頷いた。
「
これまでの話を総合すると、そういうことになる。
「危ないもののような気がするけど」
と呟いたのは俺の本心。
俺がそう言えるのは、実際にその〈
他の系統の術と比べると、うーん……ただ痛いとか熱いとかじゃなくて、こう……身体の内側から食い破られるような。そんな激痛を受けたな。
「確かにね。もともと〈
そうクレールが言ったから、確かに魔石の仕組み上そうなるか、とは理解しつつも。
「それって、街が滅ぶレベルだと思う」
「この世ならざる者の領域」
「邪神とかだよね?」
俺に続いてステラさんとニーナがそれぞれの言葉で懸念を表明するも、クレールは特に気にした様子もなく……。
「まあ、父様はたぶん、魔石の補助がなくてもできちゃうけどね」
クレールの言葉に、みんなは顔を見合わせた。みんなはルイさんのことをよく知らないから、そういう反応になるよな。
邪神とまではいかないにしても、そうだな、魔王くらいなら名乗ってもおかしくない……と思ったけど、〈
「もし父様が悪いことを始めたら、また僕とリオンで立ち向かわなくっちゃだねー」
笑いながらそんなことを言うクレールだけど、俺としてはそれに軽々しく「そうだね」なんて頷くことはできない。本当に冗談で済まなくなったら大変だし。
「大人しくしててくれると助かるね……」
偽らざる本音を吐露すると、まあ、こんな言葉になる。
俺の気持ちはともかくに、クレールは早速返事を書くことにしたようで、紙とインクを取りに席を立った。
「……クレールのお父さんって、結構すごい人なんだね」
ニーナが呟いて、他のみんなも頷いた。
「でも羨ましいです。心配してくれる親がいるのって」
ナタリーにしては珍しく、少し寂しげな声音……
だけど、手に持ったお菓子で使い魔のフクロウを餌付けしようとしてるな?
……まあ、うん。
クレールの他にはニーナにお父さんがいるだけで、あとは俺も含めてみんな、すでに両親を失ってる。大災厄の時代だから多くの人がそういう悲しみを経験したとはいえ、やっぱり少し寂しさはあるな。
と、俺たちがそれ以上あれこれ言う暇もなく、クレールは戻ってきた。
「そんな大きな紙に書くの? あの鳥の足に付いてる筒に入れるんでしょ? 入らないんじゃ……」
「折りたたんだら、背負ってもらえばなんとか大丈夫じゃないかなーって」
そうかな。
見れば、フクロウも首を傾げていた。……わかってるんだろうか?
「んー、えっとー……」
ペン先にインクをつけてから、クレールは少し思案。
「父様へ。僕は元気です。みんなと一緒で毎日楽しいです……それから、えっとえっとー……」
言葉にしながらペンを走らせて、ふと。
「この紙でも書き切れないかも!」