クレールたちが祭りの演し物として女声音楽隊……スターリー・シュガー・シスターズを結成したことは、昨日の夕食の席で俺にも報告されて、みんなは今日もその準備を進めるつもりらしいけど。
それは今のところ、俺の今日の予定とは関係がない。
「ステラさん。今日は何か俺が出ないといけない予定ありますか?」
朝食を済ませて、黒板にみんなの予定を書き込んでいたステラさんにそう訊ねると、ステラさんはしばし黙考。
「……夜に親方達と会合。村の酒場でやることになっている。他には特段の予定はない」
そういえば言われてたな。今夜の予定だったか。
「その会合、議題は何ですか。春祭りのことかな」
「確認する」
酒場はこの村では集会所としても使われてるから、必ずしも飲み会というわけじゃない。ちょうど春の花が咲いたところだ。春祭りのことが議題の中心になるんじゃないかと、そのくらいは俺にも予想できる。
ステラさんは、鞄から雑記帳を取り出して俺の質問に答えてくれた。
「今後の村の発展を祈願する会合。飲食物は各自で注文すること、との補足もある」
……ただの飲み会か。まあ、そこではいろんな噂話も聞けるし、愚痴を聞けば改善すべき点も見えてくる……かもしれない。
「わかりました。じゃあ、ニーナ。俺の分の夕食は要らないよ」
「はいはい」
ニーナの料理が食べられないのは残念だけど、村の酒場の料理もまあまあ美味しい。ニーナのと比べると味が濃くて、そうだな、ちょっと塩辛いか。お酒と一緒に楽しむともっと美味しく感じるんだろうけどね。俺はそんなに飲まないからなあ。
「そうすると、昼の間は手が空いてるな」
クレールたちの練習を見学してもいいけど、ちゃんと仕上がるまでは見ないでいた方がいいような気もするし、どうしようかな。
少し悩んでいると、ステラさんが近付いてきて、俺の目の前に立った。
「何かやるなら手伝う。何でも言って欲しい」
嬉しい申し出ではある。ステラさんも一緒なら、やれることの幅は広がるな。
「ありがとうございます。でも、音楽隊の方はいいんですか?」
「私は裏方。ずっと見ている必要は無い」
そういうものかな。まあ、何かあればすぐ合流できるように、壁一枚くらいのところにいれば大丈夫か。とすると……
「それなら、領地の経営についていろいろ確認しておこうかな」
会合は実質的には飲み会とはいえ、あるいは、だからこそ、村の人たちが大勢集まる。今後のことについて要望を伝えられたり、見解を求められたりもするだろう。そこはステラさんとクレールに任せてるから、で逃げるのは一応とはいえ領主としてちょっと情けない。
「良いと思う」
ステラさんも頷いたので、方針はこれで決まった。
一応、音楽隊を仕切ってるらしいクレールにも視線を向けると、笑顔で頷いていたから、まあ、特に問題はないんだろう。
「それなら早速、村のことで確認してもらいたいことがある」
「ん?」
ステラさんはそう言って、鞄から今度は一枚の紙を取り出して、俺に手渡してきた。
「港湾設備の建設、見積もりが来ている。確認したが、ジョアンの要望はほぼ満たされていると判断する」
「あ、僕にも見せてー」
俺の横から、クレールもその紙を覗き見る。
話に出たジョアンさんは船乗りで、しばらくは俺と一緒に邪神と戦う仲間の中にいたけど、戦いが終わってからは本業に戻ってる。大きな船を何隻も持っていて、今は巨額の貿易を指揮してるんだそうだ。
この村の港の整備は、そのジョアンさんからの提案。
紙には様々な建築資材の単価と必要量、そして総額が一覧にされていて、その他に、必要な人数とその人たちに支払う賃金、それに期間も記されている。工事は夏季に行う予定、か。
「すごい額だけど、これで妥当なんですか」
「私の試算とほぼ合致する。次の冬の農閑期まで待つなら人は集めやすいが、夏なら賃金を上げないと人が集まらない」
なるほど。確かにこれほどの材料にこれほどの人数だと、お金はかかるか。俺の普段の金銭感覚をかなり越えてるから、ちょっと理解が追いつかないけど。
「大型船向けの港になるんだね。将来的には近くの港より大きくなるのかな。大丈夫かな……」
クレールは金額のことではなく、別のことを心配していた。こっちに港ができることで、すでにある港に出入りする船が減る……つまり税収が減ると、抗議を受けるかもしれない、ということらしい。
ただ、ステラさんはそれもすでに想定していたみたいだ。
「まだ内陸側の交通網が未整備で、村に特産品と呼べる物もないので、現在の計画では貿易港として拡大する可能性は大きくない。軽めの補給や、船から船への荷物の積み替えなどはこの港で行われる可能性もあるが、主に沿岸を航行する貿易船が風を避けるために一時寄港する程度、あるいは旅客船の寄港地としての使用を想定している。他港の権利を侵害する規模にはならないと推定する」
ステラさんがそう説明してくれたけど、俺としては全部を理解できた自信はない。
「んー、それなら大丈夫かなー」
説明を聞いて、クレールはほぼ納得した様子。
俺としては、やっぱり人同士の調整って難しいな……という思い。相手が魔獣なら戦って倒すだけだから簡単なのにな。
「ジョアンからは、多くの商会が巨大帆船の建造に注力しているとも聞いている。今後のことを考えると、港も大型化する必要がある。既存の港とは、いずれはひとつの経済圏を構成し、お互いを補完する形になると予想する」
「念のため、近くの港町には手紙を送っておくよ」
完全に納得したらしいクレールがそう言って、ステラさんも頷いた。
まあ、この二人が大丈夫だと言うなら、そうなんだろう。
「じゃあそれで進めておいてください」
最終的な承認だけは、領主である俺の仕事。
やっぱり、俺としても自信を持ってやれるように、もう少し勉強しないとな。