ステラさんから様々な報告を受けて、自分の領地についての理解を深める時間。それは必ずしもうまくいってはいない。
何しろ、俺の故郷と全然違う。俺の故郷は内陸だったけど、こっちは沿岸だ。気候も違って、自然と産物も変わってくる。
唯一特産品と呼べる物は牡蠣くらい。それと魚は、北にある荒水の町まで持って行けばそれなりの値が付く。ただ、これから暖かくなってくると魚の輸送は大変そうだな。
その他の産物は、小麦やオリーブ、ワインの原料にする葡萄なんかがあるけど、多くが地産地消……この土地の産物はこの土地の人で消費する、という状態だ。
前の領主の時代、つまり去年の秋までは、その産物のほぼ全てに重い税がかかっていて、領主の私兵たちが武器を手に税の取り立てに来ていた。領主が集めた産物は他の町から来た商人に売り払われていて、ほとんど村の人たちの口には入らなかったらしい。
かろうじて税の対象になってなかった海藻を食べて何とかお腹を誤魔化していたという状態で、俺がここに迷い込んだのはまさにその頃だったな。
俺が領主になった時にまだ館に残っていた産物は村の人たちに分配して、ステラさんの勧めで、さらに一年の間は税を免除することになった。村の人たちはもちろん喜んだけど、今後のことを考えると徴税はいずれどうしても必要になる。
どのくらいが適切なのか、よく考えないとな。
それにしても、今更ながらこれらのことを学んでいる俺に対して、ステラさんとクレールは早い段階でほぼ掌握して理解していたらしい。もし二人がいなかったら、今ここにはもう俺の次の領主がいたかもな……。
「だいぶ合うようになってきたね!」
中庭で演し物の練習をしている声が届いてくる。
風通しの良さで今日の居場所に選んだエントランスからは、ほんの数歩の距離。ただ、なるべく見ないようにしてる。ちゃんと整ったところで見て、あっと驚きたいしね。
と、そんなことを考えていた時。
前庭に人が入ってくる気配がした。人……だけじゃないな。馬だ。
「誰だろう。急いでるみたいだけど」
村の人じゃなさそうだ。村には俺の館にいる二頭以外に馬はいない。以前は何頭かいたらしいけど、前の領主に税の代わりに取り上げられたらしい。今は村で荷車を牽いてるのは牛だ。
さて、じゃあ……誰が来たんだろう。
ステラさんと顔を見合わせる。ステラさんも小さく、首を傾げた。心当たりはないみたいだ。
念のため、鞘に納めたままの剣を持って、表へ出ると……
ちょうど、立派な白い馬から騎手が降りるところだった。その姿を見て、俺は緊張を解いた。よく知った顔だ。
「リオン! 久しぶりね」
俺の姿を向こうも見付けたようで、そう言って手を振ってきた。
そこにいたのは聖騎士のレベッカさんだった。
レベッカさんは〈自由と光の教団〉の聖騎士。俺より少し年上の女性で、長い金髪が目を惹く。瞳は琥珀色で、左目の下の泣きぼくろが特徴的。
その立ち居振る舞いはまさに女性聖騎士の規範、という凛としたもの。青と白を基調とした服装も、その印象を強くするな。
元々は大教会からの指示で邪神の気配を追っていて、俺たちに合流してくれた。大盾と戦鎚を用いる伝統的な聖騎士の闘法で、攻守ともに頼りになる。俺の戦いを特に間近で支えてくれたひとりだ。
一時は、その盾を俺に捧げる――命を懸けて俺を守ると言ってくれた。実際に助けられたことも、一度や二度じゃない。
戦いの後は大教会の本拠地である天命都市に戻って、俺と大教会の間で連絡役を引き受けてくれている。
俺の爵位と領有権について天命都市に申請した手紙も、レベッカさんが運んでくれた。
それで、その次にここに戻るのはその件の視察も兼ねて、春の半ばを過ぎた頃になると……そう、他ならぬレベッカさんから手紙が届いていたんだけど。
レベッカさんはどうやら大急ぎでここまで来たらしく、人馬ともども息を切らせている。予定よりもずっと早いし、もしかして……
「そんなに急いでるのは、もしかして、何かまずいことがあったんですか」
本人が目の前にいるんだ。直接訊ねるのが早い。
馬を水場の近くに繋ぎながら、返った言葉は「うん、まあ……」なんて、いかにも歯切れが悪いもの。
よほどのことだろう。そうなると、爵位と領有権についての話がこじれたんだとしか思えない。
「とりあえず、何か飲みますか? 話は少し落ち着いてからに……」
「ああ、いえ、大丈夫よ。……ちゃんと話さなくちゃね」
そう言って、レベッカさんは大きく深呼吸。
続く言葉を待って、俺もごくりと息を呑む。
「……次の訪問は視察を兼ねてるってことは、前に手紙で知らせたわね」
やっぱり、その話か。だよな。
視線を向けると、ステラさんも……よく見ないとわからないくらいとはいえ、緊張しているような。
いったい、どんなトラブルがあったのか。
心して聞かないといけないな。
俺が覚悟をして頷くと、レベッカさんも頷き返した。
「視察と言っても、爵位と領有の件は大教会も前向きだから、そう緊張することはないわ。でも、ちゃんとした返事はその報告をした後になるから、予定よりちょっと遅くなってしまうわね」
ん? あれ?
それだけ……なのか? 何だか拍子抜けだ。
「それは構いませんが……」
と言ってから気付いたのは、レベッカさんの表情がまだ晴れないこと。
爵位の件じゃないのか。レベッカさんが抱えてるのは。
「話はそれだけじゃなさそうな感じですね。どうしたんです?」
訊ねて、それでも、レベッカさんはなかなか口を開こうとしない。
どうしたものかとステラさんに視線を振ると、ステラさんは杖を手に立ち上がり、その杖の先で、こん、と床を叩いた。
「何かあるならば、早く言った方が良い。ためらっていても悩みが長引くだけ。得策ではない」
ステラさんのそのばっさりと切り捨てた物言いに、レベッカさんは言葉に詰まった。ただそれは、反発からという様子でもない。話そうという気持ちはあるんだろう。
やがてレベッカさんも観念したのか、渋々とだけど、口を開いた。
「……その時に、私の後輩も一緒に来ることになったの」
「後輩っていうと、大教会の聖騎士?」
レベッカさんは頷く。
「まだ見習いだけどね。ぜひリオンに挨拶したいって」
他の聖騎士の存在を意外に思ったのは、単純に、俺が会ったことのある聖騎士がレベッカさんだけだったからだ。
レベッカさんの後輩か。何となく、想像できない。
でも、よく考えてみれば後輩がいるのも当たり前。レベッカさんは聖騎士団という組織に属していて、当然、上司や先輩もいれば部下や後輩もいるだろう。
「教会の改築の件もあるし、きっとしばらく滞在することになると思うのね」
確かに、前の領主の横暴に耐えかねてか、教会の司祭はずっと前にこの村から離れて今も戻ってないと聞いてる。村の人たちにも余裕がなくて、教会は荒れ果てたままらしい。
ただ、そういう事情を足しても、レベッカさんが何をそんなに言いにくそうにしていたのかはまだよくわからない。
「でも、その……」
口調や態度からすると、ここからがやっと核心の話。
レベッカさんは、ふうぅ、と大きくため息。
「その後輩ね。リオンのことを神格化しすぎてる子で……会わせたらどうなるか、ちょっと予測できなくて、でも、ほっといたら勝手に来そうな勢いだったから、それよりは引率してきた方がマシだと思って……ああ、頭が痛い……」
そこまで言って、レベッカさんはまたため息を吐きながら、右手で頭を押さえた。
「……それほどなんですか」
「それほどなのよ……」
あれほど勇敢に戦ったレベッカさんがそこまで泣き言を言うんだから、相当のことなんだろう。
にしても神格化って。そりゃ俺は邪神とも戦ったし、何もしてないなんて謙遜でも言うつもりはないけど、かと言って、あんまり分不相応に褒められるのもな……。
やっぱり、あんまり噂先行で有名になるのも考え物だ。