「あれ。レベッカ、帰ってたんだ。おかえりー」
様子を見に中庭から出てきたらしいクレールが、久しぶりに館に戻っていたレベッカさんに気付いて、ごく気軽な挨拶をした。
「みんなー! レベッカが帰ってきてるよー! で、何の話?」
クレールが中庭に向かって声をかけると、演し物の練習をしていた他のみんなも集まってきた。
そこで改めて俺から、俺を神格化してるっていうレベッカさんの後輩のことについて説明したんだけど……
「そういうことなら、せいぜいこき使ってやればいいよ」
クレールの提案がそれ。
「それはちょっと……」
いくらなんでも、と思う。
「リオンを神格化してるっていうんだったら、そういうことを望んでるんじゃないの? 救主教の人ってそういうとこあるでしょ」
いい考え、とばかりに自説を披露するクレールに、みんなは苦笑。クレールが何となく大教会に批判的なのは、古竜信仰をしてきた家系の出身だからかもしれないけど。
それにしても。
「救主教って……」
指摘すると、クレールが「あっ」という顔をした。
「自由と光の教団の古い呼び名よ。よく知ってるわね」
レベッカさんの補足で、他のみんなは「ほう」という、ちょっと感心したような表情。クレールは少しうろたえた様子だけど。
「ま、まあ、僕って勉強家だからさー」
そういうことにしておいてあげよう。
――ともあれ、レベッカさんの事情はわかった。
「その後輩さんについては、こちらも心構えはしておきます」
「お願いね……」
言って疲れた笑顔を向けてきたレベッカさん。体より心の疲れの方が大きそうだな……。一体どんな人が来るのやら。
「この館に滞在する予定なんですよね? 期間は決めてますか?」
「まだはっきりはわからないわ。教会のこともあるから、少し長くなるかもしれない」
村の教会、結構荒れてるって言ってたな。村の人たちも、ずっとそのままにしておくつもりはないにしろ、今は他のことで手一杯。預かる人もいなくなってる教会が後回しになってるのは仕方ない。村の人たちの信仰心の表れでもあるけど、前任の司祭の人望でもあるかな、そこは。
「後輩は……私と同じ部屋に泊めてもいいかしら。みんながいいなら、だけど」
レベッカさんが、少し申し訳なさそうにそう訊ねてきた。
「同じ部屋でもいいってことは、その後輩も女性なんですか」
「ああ、まだ言ってなかったわね。ええ、そうよ。女の子で、出身地方が私と近いのもあって、私の預かりになったの。名前はペネロペ。歳はリオンより少しだけ下ね」
「なるほど」
そこまで説明されて、やっと完全に納得がいった。
俺のことをほとんど信奉してるっていうその後輩が女の子だから、俺とその……不適切な関係になるのを心配してたのか。
何かあればレベッカさんの責任問題にもなりかねないわけで、慎重になるのも当然だな。
……決して、俺が女の子にすぐ手を出す男だと思われてるわけではない、はず。
「まあ、実際どんな子か見てから最終判断だけど、とりあえず許可ってことでいいんじゃない? レベッカの後輩なら、そこまで常識知らずでもないでしょ」
言葉にしたのはクレールだけど、様子を見渡す限り、他のみんなもそう変わらない意見みたいだ。
「一番東の部屋なら二人で使える広さがあるな。今は空いてるよね?」
ニーナに訊ねると、すぐに「うん」と頷いてくれた。館の管理はニーナがやってくれてるから、使われてない部屋の鍵は全部ニーナが持ってる。ただ開けるだけなら、ナタリーに針金を何本か渡せばすぐに開けてくれるけどね……。
「ちょっと待ってね。あの部屋の鍵は、えーっと……」
言って鍵束を確認しようとしたニーナを、レベッカさんが止めた。
「荒水の町で後輩と合流してからまた来るから、鍵はその時にお願い」
「そういうことなら、それまでに二人で泊まれるように部屋の中も準備しておくね」
「うん、ありがとう」
ニーナはレベッカさんと歳が近いのもあってか、お互いに気安い感じで話す。俺はレベッカさんには敬語を使いがちだな。ニーナとは気軽に話せるんだけど。
「そうだ。教会に見られたら困るようなものがあれば、今のうちに隠しておいて」
自身も教会の聖騎士であるレベッカさんが、そう忠告してくれた。ちょっと笑ってしまったけど、まあ、ありがたいことではある。
「……何かあったかな?」
ニーナに訊ねてみる。俺自身には思い当たることはない。様子を見るに、ニーナもそうらしい。
「特にないと思うけど……レベッカの目ではどう?」
「そうね、服装くらいかしら。自宅の気分だと、結構緩くなりがちでしょう? ペネロペがいる間だけでも、きちんとしておいてもらえると助かるわね」
その指摘に、クレールが「ふふん」と胸を張った。
「そこは心配ないね。みんな、普段からきちんとしてると思うよ」
まあ、そこはそうかな、と思うけど。ひとつだけ。
「風呂上がりにみんなわりと薄着でいるような」
俺がそう指摘すると、みんなそれぞれ少し考えこむ様子を見せてから……
「女の子同士ならあのくらいへーきへーき」
言ったのはクレール。ニーナとナタリーとミリアちゃんはおおむね賛成、という感じ。
「俺もいるんだけど」
「そうですよ」
マリアさんが味方をしてくれた。ありがたい。
「それはリオンが見なければ済むだけだから」
クレールは、無茶を言うなあ。
「リオンは男性というか、リオンという生き物だと思うです」
「えぇ……」
ナタリーの認識はさらにひどかった。
「そ、そこは……きちんとした方が、いいと思うわよ?」
レベッカさんがそう言ってくれても、まだどうも分が悪いな。いや、まあ、みんなが俺に見られても構わないっていうなら、いいけどさ。俺としても見たくないわけじゃないし。
「……書庫には禁書とされる本があるかもしれない。しかし、大教会による禁書認定の基準がわからなければ、こちらでの特定は困難」
突然そう言ったのはステラさん。強引に話を戻したというよりは、最初の議題で考えをまとめてたらこのタイミングになったんだろう。
「それは多分ペネロペもわからないと思うから、適当に誤魔化しましょう」
レベッカさんもそこについてはわりと適当というか……こっちとしては気楽だけど、いいのかな、それで。
「それじゃあ、用件だけで申し訳ないけど、もう行くわね」
言って、繋がれていた白馬を解放すると、レベッカさんはひょいっとその背の鞍に乗った。馬は特に嫌がる様子もなく、むしろそれが正しいありようであるかのように、軽くいなないてレベッカさんを鞍上に迎えた。
「そんなに急ぎなんですか」
訊くと、レベッカさんはまたあの疲れた笑顔になって。
「私、まだ荒水の町にいることになってるから……」
それでみんなも「あぁ……」と同情する顔になった。かなり無理をしてまで、事前の警告に来てくれていたわけだ。ありがたいことだけど、これからまた隣町か。大変そうだ……。
「それじゃあ、また近いうちに!」
レベッカさんがそう言うと、馬はその意をくんだように駆け出した。さすが聖騎士というか……馬上のレベッカさんは絵になるな。乗馬の腕については、俺はレベッカさんの足下にも及ばない。
そのままみんなでレベッカさんを見送った。
馬の駆ける音が遠くなり、姿が見えなくなると、みんな館の中へ戻っていく。その時に、クレールがぽつり。
「レベッカも忙しそうだね」
「も?」
クレールはそんなに忙しくは暮らしてない気がするけど……
「……今、僕を暇人扱いしなかった?」
おっと……。思ったことが顔に出たかな……。
「言っとくけど、僕はいま演し物の練習してるんだから、どっちかって言うとリオンが暇人なんだからね!」
それはまあ、確かにそうだ。
そのクレールたちが中庭での練習に戻っていくのを見届けて……
「……そういえば、春祭りについて知らせるのを忘れてたな」
俺がそう呟くと、それに応じたのは隣にまだ残っていたステラさん。その赤い瞳でレベッカさんが去った方向を眺めながら……
「またすぐに戻る。春祭りには間に合う。そのはず」
そう言った。まあ、それもそうか。
きっとレベッカさんの滞在中に、春祭りは開催される。せっかくだから、楽しんでもらえたらいいな。
なんて。俺はほとんど見てるだけだけどね……。