ステラさんの指導で俺もこの村の現状についてさらに理解を深めた……と思う。これなら、会合で村の人たちからあれこれ聞かれても大丈夫……のはず。
いまいち自信がない。普段はほとんどをステラさんとクレールに任せきりだからな……。
念のため手提げランタンを持って館を出た俺は、日が沈んで少し経った頃に、村の集会所を兼ねてる酒場に到着した。両開きのいかにも重々しい扉が、半分だけ開け放たれていて、中からは賑やかな声が聞こえてきている。確か……前の領主といざこざがあった時に、扉を頑丈な物に替えたんだと言ってたな。重鎧の男たちが勢いよく体当たりしてきても壊れなかったんだそうだ。
「リオンさん! こっちこっち!」
中に入ると、一番奥の席から俺を呼ぶ声が聞こえた。親方のいるテーブルだ。
見回すと、村の主立った有力者はすでにほとんど集まってる。だいたい同じ職種で同じあたりのテーブルに固まってるみたいだ。商人さんたちが集まってるテーブルには、ユウリィさんの弟子のニコルくんもいた。距離もあるし、お互いに軽く手を振るだけで済ましたけど。端の方には魔女の店の『おばさま』もいるな。
それぞれ小集落のまとめ役だったりする人たちが集まってて、これでおよそ四十人。以前に親方から聞いたところでは、村の総人口は五百前後だということだ。寒寂の村、なんて名前だったにしては結構多いと思う。俺の故郷はもっと少なかったし。
「こんばんは。まだ予定の時間より早いと思うんですが、俺が最後だったかな」
親方にそう言うと、親方は口を大きく開けて笑った。
「あっはっは! まあ、竜牙館はちょい離れてっからな! もーちょい近いと便利なんだが、移築するわけにもいかねーわな!」
親方は前の村長の奥さん。ニーナやナタリーの赤毛とはちょっと違う、燃える炎のような色合いの髪が特徴的。
前の村長は前の領主との争いで亡くなって、今は俺が領主で村長を兼ねてるから、この人は『親方』って呼び名になってるけど、本来なら村長をやってるべき人だ。
とはいえ、いま親方も話した通り、竜牙館は村から少し離れてることもあって、実質的には親方が村長として頑張ってくれてる。一応、役職的にも村長代理には任命してあるし。
歳は、はっきりは知らないけど、少し上だな。俺の母さんより上ってことはないだろうけど。
「そうだ、リオンさん! 聞いたぜ、また嫁っこが増えたって! 今度は女騎士なんだって? いやー若いっていいな! これで嫁がひいふうみい……七人? 八人?」
そう言いながら、親方は俺の背中をばしばしと叩いてきた。
「ええぇ。また無責任な噂を……」
親方はいい人なんだけど、噂好きなところがあるな。それ自体は構わないんだけど、俺自身が噂の的になるとちょっと、俺としては対処に困る。否定すればするほど、余計に何か言われそうだ。
それにしても、レベッカさんはこれまで数に入ってなかったのに、今日一時的に館に戻ったところで数に入れられてしまったか……。
ただ「その噂があると村の人たちから毎日求婚されないで済む」と言ってたのはニーナだったかな。そういう事情らしいから、俺として強く否定はしないことになってる。
「というか親方、もう飲んでるんですね」
酒場なんだからお酒があるのは当然だけど、会合を正式に始めないうちからこの始末だからなあ。
「いやーっ、はっはっは! こーんなに酒が飲めるなんて、昔と比べたらもうほんと天国だよ! みんなそう思ってるさ!」
親方がそう言うと、周りの人たちからも賛同の声が聞かれた。
「それは良かった」
見回すと、前の村長の時代から村を支えてきた重鎮たちだ。俺の父親どころか、祖父でもおかしくない歳の人もいる。そして例外なくもうすでに飲んでいる……。
「話し合いをするっていう感じでないこともわかりました」
「今日は発展祈願をするだけだからいーんだよ! ほら、リオンさんも飲んだ飲んだ!」
やっぱり飲み会だ。まあ、仕方ないか。他に娯楽がないとまでは言わないけど、主要な娯楽であることは確かだ。それに実際、前の領主の時にはそれもできなかったそうだから、反動もあるだろうな。
「じゃあ少しだけ」
それを断るのもね。俺ももう十五だ。遠くの街では子供の飲酒を禁じているところもあるらしいけど、このあたりの地域では俺はすでに『飲んでもいい歳』ってことになる。とはいえ、まあ……進んで飲みたいかというと、今のところそれはないな。楽しめるようになるのはもう少し先か。
「……そういえば、春祭りの準備はどうですか?」
葡萄酒をすする程度に飲みながら、親方に訊ねてみた。もうだいぶ酔ってそうだから詳しく説明されるのは期待してないけど。
「ああー、みんな張り切って進めてるよ。二、三日中には村の外れにやぐらを組んで、飾り付けして、当日になったらそのやぐらを……」
「そのやぐらを」
「燃やす」
「えぇ……」
せっかく組んで飾り付けまでするのに、燃やしちゃうのか……。
そんな俺の様子を見た親方は、大きく口を開けて笑った。
「冬の時代を終わらせるっていう祭りなんだから、盛大な方がいーんだよ」
なるほど。つらかった冬のことは燃やしてしまって、新しいことが始まる春を祝う、って意味か。それなら確かに、春祭りらしい趣向かもしれない。
「そういうことならわかりました。何かこっちの方から手伝いが必要なら言ってください」
「いやー、何でもかんでも領主様に任せっきりじゃーな! なあみんな」
親方が意見を求めると、近くの人たちもしきりに頷いていた。
「あの地獄から救い出してもらっただけで、あたしたちゃ、もう感謝しきりだよ。そりゃあね、頼りたくなっちまう気持ちもあるさ。けど、リオンさんは勇者なんだ。いつかもっと大事な用ができて、この村を出て行っちまうかもしれねーだろ? 早いとこ、あたしたちだけでもやってけるようにならなくっちゃーな」
その気持ちは、村の人たちみんなで共有してるみたいだ。それは俺も感じる。自警団を組織した時も、春祭りのことも、村の人たちから言い出した話で、俺は頷いただけだ。
それは前の領主に押さえつけられてた気持ちが噴き出しているだけかもしれないけど、俺としては、村の人たちが村のことを自分たちで決めるっていうのは、応援したいと思う。
親方が言うように、俺もまた何か新しい敵と戦うためにここを出て行く可能性は、確かにあるわけだし。
「そういうことなら……。でも、本当に手伝いが必要になったら遠慮はしないでくださいね」
「ありがてえお言葉だなあ、おい。これだけでも発展祈願の会を開いた甲斐があった!」
親方がそう言って笑いながら麦酒を呷ると、周囲からは「だなだな!」と賛同の声があがって、その人たちも笑顔でジョッキを傾けていた。
「ははは……」
これだけの人がいればお互いに利害が衝突したり、あるいはもっと個人的なことでだって喧嘩になることもあるだろうに、それでもみんな新しい季節のために力を合わせてる。
みんなが前の領主の横暴に対して一緒に立ち向かったからかもしれないし、単純に、親方の人望のおかげかもしれないけど……
何にしても、この空気ならきっと、村ももっと良くなっていくだろう。
そう思えた会合だ。
でも、うん……それからしばらく時間が経つと、そうとばかりも言えなくなった。
少しだけって言ったのに、ずいぶん飲まされたな……。
俺はこれまでの体験のおかげで毒への抵抗力があって、それが酒精も防ぐ、つまり酔いにくい体質のはずだとステラさんが言っていたけど、それでも軽く酔いを感じるくらいだ。
親方の周りにいた何人かは、親方のペースに付き合わされた結果、すでに端の方で壁を背にぐったりしている。そうでない人も、これからそうなる運命に見える。
ニコルくんは俺より年下だからお酒は断ってたみたいだな。でももう姿が見えないから帰ったんだろう。当然か。特に重大な議題があるわけでもないし、時間も遅い。
「じゃんじゃん飲もうぜー!」
親方がジョッキを掲げると、まだ生き残ってる人たちが「おおーっ!」と気勢を上げた。まあ、最初よりだいぶ減ってはいる……。
俺もそろそろ帰ろうと思うけど、失敗したな。人数が少なくなったから、今から動くと目立ってしまう。見付かって捕まったらまた長引くな……。
そう思った時にちょうど、出入口の方から聞き慣れた声がした。
「リオーン。迎えに来たよ!」
クレールだった。まさに天の助けというやつだ。いやあ、本当に助かった。
「ああ、クレール。ありがとう。それじゃ親方、迎えが来たから俺はこれで……」
と言った俺が立ち上がるより早く、
「おーっ! クレールちゃん! いいところに来た! 一杯飲んでいきな!」
親方の矛先がクレールに向いた。非常にまずい。クレールまで捕まったら、帰れるのはいったいいつになるか。クレールには断って欲しいところだけど……。
「えー、親方はしょうがないなー。一杯だけだよ!」
ダメだったか。
新しく用意されたジョッキに麦酒がなみなみと注がれて、立ち上った泡はジョッキから溢れんばかり……。いくら一杯だけと言っても、これは大変だぞ。
「この村の発展とリオンさんの前途に乾杯だー!」
親方がそう叫んでジョッキを掲げる。クレールもすぐさまそれに応じた。
「いえーい!」
そしてなんと。
「…………ぷっはー! ごちそうさま!」
何度もまばたきしないうちに、全部飲み干してしまったという……。
「じゃあ今日はこれで! またね、親方!」
「おー! 気を付けて帰れよー!」
そしてなんともあっさりと解放されたのだった。
「……すごいね、クレールは」
「えー。そんなに強いのじゃないでしょ、あれ」
お酒自体のこともそうだけど、なんかこう、勢いで乗り切っちゃう感じがすごい。俺にはちょっと真似できないな……。
「お代は結構ですから、またいつでも来て下さい」
そう言ってくれたのは酒場のマスター。この漁村には不似合いな……というと村の他の人たちには失礼かもしれないけど、ともかくそんな感じの老紳士だ。
「ありがとうございます」
会釈して外に出ると、ちょうど夜風が吹いた。酒精の回った身体にはこれが気持ちいい。以前に感じたような肌寒さはあまり感じないな。それは、酔いのせいだけじゃないと思う。
「そろそろ冬が終わるって感じは、確かにするな」
季節が変わる。そのことを、全身に感じる。
「ちょっと賑やかになるかな?」
クレールがそう言ったから、俺も「そうだといいね」と応じた。