ランタンを片手に、夜道を歩く。月明かりがあるから、ランタンも要らないくらいだ。とは言え、俺はそれでいいとしても、クレールの足下はやっぱりなるべく明るい方がいいだろうと思う。念のためね。
また風が吹いて、隣を歩くクレールの髪がふわっとなびいた。クレールはそれを片手で押さえながら過ぎ去った風に向かって文句を言っていたので、俺はちょっと笑ってしまう。
ふと、クレールがこっちを振り向いた。俺が笑ったのを気付かれたかな……。
「ね、リオン」
言われて、ちょっとどきりとした。
クレールが、思っていたよりずっと真面目な表情で、俺を見たからだ。
「そろそろ、また冒険に行きたいなーって、思わない?」
雑談……うん、雑談だ。でも、ちょっとだけ、真剣な話だ。
「なんかね、リオンとこうして暗い中を歩いてたら、古き契約の宮のことを思い出しちゃってさ」
俺とクレールが挑んだ異界の地下迷宮の名前を、クレールは呟いた。
前にナタリーと歩いた時にだったか、そういえば俺もそんなことを思ったな。
地下迷宮での冒険なんて、やってる時は本当に苦しくて危なくて大変だったのに、終わってしばらく経ってみると……ああ、あれはあれで楽しくもあったなって、思い返したりはする。ナタリーもそう言ってたし、よくあることなんだろう。ただ……。
「俺はここでの生活を気に入ってるよ。冒険は、いつも誰かに命の危険がある感じだったから」
実際に死にかけたこともある。死から逃れられなかった人を見たこともある。そして、もうほとんど人間じゃなくなっていた相手とはいえ、他人の命を絶ったこともある。相手が魔獣なら、お互いに容赦もない。どっちかが死ぬまで戦うのが当たり前。
そういう、命のやりとりをする日々だった。
絶対に死にたくないと願ったから、強くなりたいと願ったから、そしてたまたま、戦った相手より強かったから、俺は生きてこられたけど。
だけど……
「それで怖くなった?」
少し立ち止まって、クレールが俺の顔を覗き込む。
また、風が吹いた。木々が揺れて、ざあっ、と音がした。
と――それが過ぎ去ったら、急に静かになった。あれだけ騒がしかった酒場の喧噪も、もう聞こえてきてはいない……。
「俺自身はいいんだよ。絶対に死にたくないって気持ちはもちろんまだあるけど、俺自身の判断でそうなるなら仕方ないとも思ってるし。だから、俺自身のことよりも、みんなのことかな……」
そう。クレールの言う通り、怖いのは怖い。
でもそれは、天秤に載るのが俺の命だけじゃないからだ。
「もし俺がまた何かと戦うってなったら、みんなきっと手伝ってくれると思うんだよね。俺の自惚れでなければ、だけど」
「それは、そうだね」
クレールがすぐに頷いたから、俺としては、きっとみんなもそうだろうと思ってしまう。もしかしたら、うん……みんな、じゃないかもしれないけど。でも、少なくとも一人はいるわけだ。すぐ目の前に。
「だけどね。今はみんな、それぞれ自分の目標に向かって頑張ってる。だから、危険なことには付き合わせたくはないんだよ。……もちろん、みんなもいざとなれば自分の判断で危機を乗り越えるとは思うんだけどね」
俺の仲間のみんなにそれだけの実力があるってことは、俺も知ってるつもりだ。
「それに、俺は……」
続けて言おうとして、はっと口をつぐんだ。
……でも、よく考えたらもうそんなに重大なことでもないよな。
この生活を続けてれば、俺が
「それにね、俺はみんなが頑張ってるのを応援して、できれば手助けして、これまでの恩を返したいって、そう考えてるんだ。今はね」
それだって本心だ。ただ、戦い以外の場面では俺って本当に役に立たないなって、痛感する日々だけど。
……ああ、だからかな。クレールがこんなことを言い出したのは。
そろそろ俺にも鬱憤が溜まってるだろうから、気晴らしをさせたい……と、そんなところか。だとしたら、いかにもクレールらしい気配りだと思う。
あまり心配させないようにしないとな。
「クレールも何か頑張りたいことや、困ってることがあったら言ってよ。俺もできる限り、手伝うからさ」
俺がなるべく明るくそんな風に言うと、クレールもやっと笑顔に戻った。
「んふ。リオンって、困ってる女の子が好きだもんね?」
元に戻ったと思ったら、いきなりその話か……。
「あのね……」
小さくため息をついて、館への坂道を歩く。
「前にも言った気がするけど、困ってるのが男の子でも助けるよ」
クレールもわかってくれてるとは思う。たぶん、俺をからかってるだけなんだろう。
「わかってるよ」
と……言ったクレールの声が、また、妙に真剣なものだったから、俺は慌てて振り向いた。
でも、クレールはいつも通りの、俺と冗談を言い合う時の顔で笑っていた。
気のせいだったのかな。……少し気にしすぎなのかもしれない。
「……よし、それじゃー僕も目標に向かってがんばって、リオンに応援してもらおうかな?」
クレールは少し足を速めて、俺の隣に並んだ。
改めてそうすると、クレールは小さいな。俺は最近少し背が伸びたかなとは思うけど、クレールは初めて会った時から全然変わらない。
「いいことだと思うよ。どんな目標?」
「そーだなー。とりあえずだけどー……リオンのお嫁さんになろうかなって思ってるんだー」
……息が詰まるかと思った。いきなり何を言い出すんだ、まったく。
ちらりと視線を向けると、クレールは俺の方を見ながら、にへら笑いをしていた。
俺の反応を面白がって言ってるだけなんだろうな、とは思うけど、そんなことを直接言われたら、そりゃあまあ、動揺くらいする。
「僕のために父様と対決するリオン、格好良かったなー」
「あれは……いや、クレールのためでもあったけど……」
クレールのお父さんと対決したっていうのは、その部分は本当。お互い本気で戦ったから、どっちかが死んでもおかしくなかった。スレイダーさんが割って入ったから、運良く、二人とも死なずに済んだけど。
あの時の問題は〈魔杯〉のことで、決して、クレールとの接し方について保護者から苦情があったとか、そういう争いじゃ、ない。
「ちなみにねー、親方は僕に賭けてるんだってー」
「何の話?」
「誰がリオンの正妻になるかの賭け」
「えぇ……」
そんな賭けがあるらしいことは、他の子からも聞いてたけど……親方まで関わってるのか。胴元は、ユウリィさんあたりかな……。
「んふ。まあ、それはそのうちでいいや。僕が他の子たちとちゃんと決着を付けてからね。みんなのことも好きだから、後々恨まれるようなことはしたくないし」
そんなことまで考えてるのか。するとこれは、まるっきり冗談で言ってるわけでもないらしい。
それほどの気持ちなら、それはもちろん、嬉しくないわけはない。
でも……
「前にも言ったと思うけど、邪神と戦うために異界に行ったりしたから、身体にどんな影響が残ってるかわからなくて、だから俺はそういうのはまだ……」
実際、
異界に行ったのも、どうなんだろう。目立った異変は感じてない。でもまだ、もしかするとこれから出てくるかもしれない。
結局、自分がちゃんと人間かどうかを確認する手段は、まだ考え出せていないんだよな。
そのことについて、あんまりみんなを巻き込みたくない、悩ませたくないって気持ちはある。
「わかってるよ。でもさー、異界がどうとかっていう話なら、僕も同じだし。それに、一緒にいたいって思うくらいは、別に構わないでしょ?」
「それは……そうだけど」
正直なところ、クレールがいてくれないと領地のことについてうまく処理できる自信がない。
……気持ちを知りながらそれを利用して引き留めてる、と言われても反論できないな。
「ま、急がなくてもいいよ。僕ってわりと一途だし、気は長い方だからね。リオンが心を決めるか、そうじゃなかったら、天寿を全うするくらいまでだったら、待ってあげられると思うからさー」
「それは……気が長すぎるんじゃない? さすがに冗談にしか聞こえないよ」
「んふ。僕の心変わりが心配なら、早く決めた方がいいね?」
……ここであんまり動揺してもクレールの思うつぼだな。
「とりあえず、クレールがいてくれて助かってるよ。領地のこととか」
「あ、誤魔化したね? まーそこは、どういたしまして、ってとこかなー」
お互いに笑い合って、この話はこれで終わり。
だけど……クレールが俺を手伝ってくれてることに、俺はどう報いていけばいいのか、もっと真剣に考えていかないとな。