いま俺が住んでいる村。
以前は『寒寂の村』っていういかにも寂れた寒村を思わせる……というか、そのまんまの名前で呼ばれていた漁村だ。
東に広がる調和の海を定期船が通るのは見えるけど、立ち寄ってはくれない。もっとも、もし停泊したところで降りる人はいないし、乗る人もいない。そんな場所。
道に迷ってたまたま立ち寄った俺は、この村の人たちが領主の横暴と圧政に苦しんでいるのを見聞きして、何とかできないかと動いた結果……。
領主を倒して、追放して、俺が代わりに領主になってしまった。
そこまでやるつもりはなかったんだけど、成り行きでそうなってしまった。
村の人たち……特に、親方にはうまいこと利用された気がしなくもない。
その親方の発案で、村は『竜牙の村』に改名された。俺の異名である〈竜牙の勇者〉にあやかったらしい。俺が反対する暇もなかった。
それで俺は今、村の北にある高台に建つ領主の館に住んでいる。
前の領主が領民に重税を課して建てた館だ。当然、相当にお金がかかっている。高価な調度品なんかは知り合いの商人に引き取ってもらって、今後の復興のためのお金に替えてもらった。
でも館自体はなかなかそうもいかない。
俺がそこに住むように村の人たちから勧められたのは、扱いに困ったからだろう。村の人たちは誰も住みたがらないけど、また前の領主のような横暴な金持ちが住んでも困る……という感じ。
で、その館にも新しい名前が必要だと言われて、今の名前は『竜牙館』。名付けたのは誰だったかな。なんとなく、自然に、流れで、そうなったような気もする。
ともあれ、故郷の村を滅ぼされてからは仮住まい続きだった俺が定住地を得たということで、かつての仲間たちが訪ねてくるようになり、そのうちの何人かは一緒に住むようになって、今に至るというわけだ。
*
海沿いの高台にあるこの竜牙館に戻って、荷物を降ろし、ほっと一息……
……の前に、やらなくちゃいけないことがあった。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
反省の意を示すため、俺とクレールは床に膝をついて、ニーナに頭を下げていた。
ニーナは腕組みをして、そんな俺たちを見下ろしている。
「つまみ食い、しちゃったんだね」
冷たい声。普段は温和なニーナがこの声を出すと、みんな震え上がる。
「箱いっぱいに入ってたから、一個くらいいいかなーって……」
「お、同じく」
ぼそぼそと言い訳をする、クレールと俺。
それを聞いたニーナは、腕組みをしたまま大きくため息。
「ちゃんと自分から謝ってくるのは進歩だね」
「でしょでしょー」
調子に乗ったクレールが顔を上げた瞬間、ニーナの持つお玉がクレールの額を直撃して、クレールは「あいたっ!」と悶絶した。
「罰として、クレールはお風呂の掃除。ぴっかぴかにすること。私が見てオッケー出すまで」
罰が言い渡され、それを聞いたクレールの返事は。
「そのぉ……もうお昼過ぎてるし、今から始めても、夕食までに終わらないんじゃないかなー……って、思ったり……」
すかさずニーナが冷たい声で追い打ち。
「返事は、はい」
「はいっ!」
クレールは完全に敗北してうなだれた。
続けて、俺への判決。
「リオンはリンゴの皮むき。私がいいって言うまで」
目の前には、箱いっぱいのリンゴ。
「はい」
返答にそれ以外の選択肢はない。
「よろしい。じゃあ、さっそくはじめっ!」
ニーナはうちで主に料理当番を買って出てくれている、俺のいとこだ。歳はニーナの方がひとつ上。夕陽みたいな色の赤毛が特徴的で、顔は結構かわいい。まだ綺麗ではないかな。かわいい。でも将来は綺麗な女性になりそうな気がする。
元は雷王都市で叔父さん――ニーナのお父さんと一緒に、何でも屋をやっていた。俺がこの村に移り住んでからは、彼女も雷王都市から手伝いに来てくれている。
うちに集まってる俺の仲間たちはみんな、元は冒険者だったりで自分の身の回りのことは一通りできるとはいえ、話が家全体の管理となると、ニーナの知識と経験には敵わない。
彼女が来てくれて、俺としても本当に助かってる。
ちなみに一応、何でも屋の仕事のひとつ、として来てくれている。というのも、そうでないと叔父さんが納得しない感じだったから。娘が男の家に行ったまま帰ってこない……という状況に理由をつけたい気持ちだったんだろう。
……そういえば最近は、帰ってくるように催促されてはいないみたいだ。
元々、俺と叔父さんも仲は悪くない。
俺の故郷が剣鬼に滅ぼされたと聞いてすぐ、安否確認に動いてくれた人だ。
その時は、俺は俺で叔父さんを頼って雷王都市に向かっていて入れ違いになってしまったけど、その後は自分の家に住むように勧めてくれたり、一緒に何でも屋の仕事ができるように手はずを整えたりもしてくれた。
あのまま何事もなければ、俺は今でもニーナと一緒に何でも屋をやってたかもしれない。そういう可能性もあった。
台所の隅でリンゴの皮剥き。これも、たまにやるとわりと楽しい。故郷ではよく野菜や果物の皮剥きをやったのを思い出す。日常の仕事というか……平穏な時だからできることかなって気がする。
リンゴ一個分の皮を一度も切らさずに剥ききる、というチャレンジが成功に終わって、ちょっと満足。
「リオン。クレールには内緒にしといて欲しいんだけど……」
かまどの火加減を確かめながら、ニーナが呟いた。
「果物はね、たぶん途中で食べたくなっちゃうと思って、多めに頼んでおいたの。だから数は心配しなくても大丈夫だよ」
「……なるほど」
ニーナの方が一枚上手だったというわけだ。
もっとも、もしこのことをクレールが聞いたら、
「たぶんそうだろうと思ったから遠慮なく食べたんだよー」
なんて言うんだろうけど。
「でも、たまにはつまみ食いにも罰を与えないとね」
まあ……ニーナとクレールも、お互いにそういうのがわかっちゃうくらい打ち解けてる間柄だっていう、そういう話だ。
「うん、皮むきはそのくらいでいいかな。後は私がやるから、大丈夫だよ」
「ん。ずいぶんあっさり終わったけど」
全部合わせても確か二十個はないくらい。一人で食べるなら相当多いとは思うけど、普段からこの館に住んでるのは俺も含めて七人だから、このくらいはすぐに食べ終わってしまうと思う。
「一度にあんまりたくさん作ってもね。同じのが続くと飽きちゃうでしょ?」
「なるほど」
そういうところ、ちゃんと気を付けてくれてるから、いつも美味しく食べられるんだろう。ありがたい。
「もう少し手を加えたらクレールの仕事ぶりを見に行くから、先に行っててくれる?」
「わかった。何か伝言はある?」
「んー……ちょっと脅かしておいて」
そんな秘密の指令を受けて、俺は浴場へと向かった。