竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ペネロペ

 レベッカさんが館に戻ったのは、前の一時帰館から二日後、その昼前だった。

 予告通り後輩の聖騎士を連れていたから、一応、初顔合わせということで、大広間での謁見……みたいな体裁を整えた。俺の左手側にはクレール、右手側にはステラさんもいる。

 レベッカさんが促すと、後輩の子は一歩前に進み出た。そして優雅に膝を曲げ、挨拶をしてくれた。

「お初にお目にかかります、リオン様。私は自由と光の教団の聖騎士――見習い、ペネロペと申します。お目にかかれて光栄ですわ。これも我が神の思し召しというものでこざいましょう……」

「ああ、どうも……」

 どこかのお嬢様かな。身のこなしが、いかにもそんな感じだ。……とはいえ、本当にお嬢様なクレールがあんな風だから、自信はない。

 

 ペネロペ、と紹介されたこの子は、レベッカさんの後輩。聖騎士の見習いで、修行中の身らしい。レベッカさんと故郷が近い同士と言っていたから、結構、北の方の出身になるのかな。

 歳は、俺よりも下だと聞いた。見た感じも確かにそうだ。十三か十四か、そんなところ。特徴的なのは薄桃色の髪。ストロベリーブロンドという珍しい髪色だと、後で解説をもらった。ステラさんは何でも知ってるな。

 レベッカさんと同じ、青と白を基調にした服をきりっと身につけていて、まだ見習いとは言え聖騎士だなあ、と感じる。

 

 そのペネロペが、俺をじっと見つめている。

 レベッカさんから事前に、俺のことを神格化しているらしい、と聞いてるから、少し緊張するな。

 ただ「あれ?」と思ったのは、その視線がどうも、尊敬とか崇敬とかじゃなくて、なんだろう……疑念? そんな感じだったことだ。

 無言で見つめ合う、というか、睨まれる時間がしばらく過ぎて……

 ペネロペが、ようやくもう一度口を開いた。

「普通の人に見えますけれど、本当にリオン様?」

 何だ、その感想。

「そりゃまあ、翼が生えていたりはしないと思うな……」

 隣に居たクレールが少し呆れたような声音でそんな風に返答した。まあ、うん、竜の翼なら、そのうち生えかねないのが怖いところだけど。

「……おかしい」

「はあ」

「こんな普通の男に、レベッカお姉様が傾倒するはずありません。さてはあなた、偽者ですね? 影武者? 影武者なんですね?」

 ペネロペは俺に指先を突きつけて、そんなことを言い放った。

 あまりにもいきなりの、予想外のことで、さすがに少し面食らったけど、でも俺としてはちょっと面白い。もしかしたら俺ってもう普通じゃないのかもしれないと思い始めてたから、この初対面の子から普通の男だと言われて、何だか少し安心した。少なくとも見た目はそうなんだろう。

 それにしても。

「レベッカ……お姉様?」

「なんか、レベッカから聞いてた話と違うような……」

 クレールと顔を見合わせる。そうしている間に、ペネロペがさらに捲し立てた。

「お姉様を呼ぶ時は敬称をつけなさい! レベッカお姉様は聖騎士団の中でも超エリート。若くして単独での任務を与えられ、暗黒神、死神、邪神と数々の戦いで大活躍され、もうこれまでの功績だけで大教会の伝説となるお方ですのよ!」

「はあ」

「そのレベッカお姉様がこれと決めた勇者なら、それはそれは特別な存在であるはず。こんな普通の男なはずありませんわ!」

「…………はあ」

 どうも、認識に行き違いがあったみたいだな。

 ペネロペは今にもまた吠えだしそうな気配を漂わせて、俺を睨んでいる。

 その隣のレベッカさんは、頭を押さえて目を閉じている。頭痛に耐えているようなしぐさだ。本当にそうだったとしても、まあ無理もない。

「あのね、ペネロペ。この人が間違いなく、私が勇者と認めてこの盾を預けた〈竜牙の勇者〉リオンなのだけど?」

 諫めるようにそう言ったレベッカさんだけど、ペネロペの勢いはもう止まらない。

「お姉様がそう言っても信じられませんわ! だってこんな平凡男!」

 レベッカさんが言ってすら、この始末。確かに扱いにくそうな子だ。

 しばらくここに住むんだよな。さすがにこれは、何かトラブルがありそうな予感がする。

 どうしたものか、と、クレールやステラさんに視線を送ると、クレールはしぐさで「やれやれ、どうしようもないね」との意思を伝えてきた。ステラさんは……

「勝負すれば良い。そうすれば、リオンが普通の男などで無いことは理解できる。そのはず」

 えぇ……。確かに、それはそうかもしれないけど。

 聖騎士とはいえ見習い。それも、俺より年下の女の子。俺が負ける理由はない。

 こんなわかりきった勝負、持ちかけても相手が受けるはずがない。

「望むところです! こーんなごく普通のどこにでもいるいかにも軟弱そうな男に、私が後れを取るはずはありませんものね!」

「えぇ……」

 受けるのか……。どうも、見た目で判断された場合には相当弱そうに見えるらしいな、俺。自分ではそれなりに筋肉も鍛えてるつもりなんだけどな。

「まあ、練習用の木剣でいいなら……」

 俺としての譲歩はそのあたり。当たれば痛いだろうけど、死ぬほどのことはないだろう。それに力量差は明白だから、竜気(オーラ)が活性化する危険も、多分ない。素振りと同じ。

 裏庭から俺の練習用の木剣と、同じく練習用の戦鎚をクレールに持ってきてもらって、勝負自体は前庭でやることになった。中庭はちょっと、戦うには狭い。

 少しずつ長さや重心の違う戦鎚がいくつかあったそうで、クレールは一応、それらを全部持ってきた。そして、前庭に出るところで盛大に転んだ。最近大丈夫だったから俺も油断してたな……。

 どれを使うか、ペネロペにはじっくり選ばせて、俺の木剣に不正がないことも確かめてもらう。その間に、俺はレベッカさんと話す機会を得た。

「レベッカさんから見て、あの子の実力のほどは?」

「神官戦士団と比べたらだいぶマシだけど、やっと聖騎士の最低限が身に付いたってとこかしらね。将来には期待できるけど、今はまだね」

「なるほど」

 正式な聖騎士じゃない、ということは、初めて会った頃のレベッカさんよりも実力は下ということ。手加減はちゃんとした方が良さそうだ。

 さて、ペネロペによる確認も終わって、俺の手元に木剣が届けられた。

 ペネロペは練習用の木製の戦鎚を右手に持って……

「あれ、ずるくない?」

 クレールが指摘したのは、ペネロペが左手に持った盾。いかにも頑強そうな、金属製の大盾だ。ペネロペの身体には不似合いなくらいの大きさで、俺としては、脅威を感じるよりも、むしろちょっと微笑ましい。

 あれを扱えるんだったら、鍛えてるのは確かだろう、とは思うけどね。

「別に構わないよ。聖騎士の戦い方なんだろうし。それに、ここには練習用の大盾はないから」

 戦鎚と大盾を用いた闘技は聖騎士の伝統だって聞いてる。レベッカさんもそうだった。それを禁じて後で文句を言われるのも面倒くさい。

 二人で前庭の広い部分に出て、背中合わせからお互いに五歩ずつ離れた。合わせて十歩の距離で、改めて向き合う。

 ペネロペは戦鎚を握る右手を胸の前に留めて、礼の姿勢を取った。俺もそれに倣って、同じ姿勢を取る。

 それから、構え。

「手加減は無用ですわ!」

 大盾の陰に全身を隠したペネロペは自信たっぷりにそう言ってるけど、審判として間に立っているレベッカさんは嘆息して、

「ほどほどにしてあげて」

 と要請してきた。

「そうします」

 俺としても、女の子にそんなに手荒な真似をするつもりはない。

 

       *

 

「まいりました」

 ペネロペはそう言って膝をついてうなだれた。

「うん。レベッカさんもそうだけど、聖騎士の戦い方は遅すぎるよ」

「後の先をとるのが聖騎士本来の戦い方だけど、リオンには通用しないわね……」

 ペネロペは大盾をどん、と前に構えて、どんな攻撃も防ぐという意気込みを示してはいた。これに木剣を叩きつけたら、木剣の方が当たり負けるのは確かだ。それを覆すなら、闘気(フォース)を木剣に届かせて強度を底上げするしかない。でもそれはしないことにした。

 じゃあどうしたかというと、単純に、横に回り込んだだけ。

 簡単に聞こえるだろうけど、聖騎士はその程度のことは当然想定していて、盾で相手の選択肢を狭めつつ、戦闘を展開していくものだ。レベッカさんがそう言っていた。

 ただ何というかまあ、大きな盾のせいもあるけど、俺からすると本当に遅い。

 木剣でペネロペが持っていた戦鎚をはじき落とし、柄頭を盾の裏側に打ち付けて、体勢を崩した相手の目の前に切っ先を突きつけて、終わり。

 やっぱり、ペネロペはまだ見習い。レベッカさんほどの巧者じゃなかった。相手がレベッカさんなら、俺ももっと苦戦したと思う。

「まさかこの男、本当にリオン様……?」

 うなだれたままのペネロペが呆然と呟くのを聞いて、レベッカさんが苦笑した。

「ごめんね、リオン。迷惑をかけたわね」

「まあ、わかってもらえたようで良かった」

 それにしても、こうやってちゃんと戦ったのはしばらくぶりだけど、やっぱり「戦って勝てば良し」っていうのは明快でいいな。気が楽だ。

 というわけで、やっとわかってくれたらしいペネロペと、改めて自己紹介をすることになった。自分のことをリオン、だけじゃなく、リオン・ドラゴンハートなんて言うのはまだ慣れないけど。

 そういえば、こういう時はことさらに自分の爵位をひけらかさないように、とクレールには強く言われたな。名前だけでいいって。そういうものなのか。

「改めまして、私はペネロペ。リオン様の愛の奴隷……」

「……はあ」

 何か妙な自己紹介が聞こえた気がするな。

「感服いたしました。まさかこんなにもお強く、素晴らしい方でらしたなんて……。レベッカお姉様の気持ち、今ならわかります。私もリオン様にこの身の全てを捧げます。私のことは、どうぞ、いつでもお好きになさって下さい……」

「ちょっ、何言ってるのペネロペ! もっと自分を大事にしなさい!」

 レベッカさんが慌てて止めに入らなかったら、俺はペネロペから抱きつかれてたところだった。そうならなかったのは、ちょっとだけ残念ではある。……みんなの手前、口には出さないけど。

「古い伝承の通り。……ピンクは淫乱」

 そんな伝承があるのか。ステラさんは何でも知ってるな……。

「はは……」

「笑い事じゃないよ!」

 ステラさんもクレールも、ペネロペの豹変に警戒を強めたみたいだ。

 聞いてたのと違うと思ったら、最終的には聞いてた通りになったと、まあ、そんな話。

 ……ちなみにこの後、レベッカさんによって物陰に引きずられていったペネロペは、戻ってきた時には平静を取り戻していた。あれはどうやら、発作みたいなものらしい……。

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