竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ニコル

 ペネロペのことも一区切りついたから、俺は午後からユウリィさんの店を訪ねた。春祭りはもうすぐ開催されるのに、そのために頼んでおいた葡萄酒と麦酒がまだ届いてないからだ。

 この用事、他の誰かに頼むことも考えたけど、レベッカさんとペネロペを迎えるにあたって館の方も慌ただしくなってたし、ペネロペの発作がいつまた起きるか少し不安なのもあって、俺はしばらく館から離れておくことに……。

 ユウリィさんの店は村の中心にある広場からは少し海寄りの方にある。ユウリィさんが来る前から主に釣り具を扱う雑貨屋があったらしいけど、前の店主はすでに結構なお歳で、前の領主といざこざがあった時に店をやめてしまったんだそうだ。

 今はユウリィさんが賃料を払って、その建物を借りているらしい。

「あれ、リオンさん。珍しいですね、お店に来るなんて」

 店に並べた商品の埃を払っていたニコルくんが、俺に気付いて駆け寄ってきた。

 

 ニコルくんはユウリィさんの弟子。ユウリィさんによれば「数字の天才」らしい。それで、まだ若いを通り越して幼いというくらいなのに、この店を任されてる。

 歳は俺よりずっと下で、ミリアちゃんと同じくらい。でもミリアちゃんと比べると、その歳に似合わないくらい落ち着いてて、大人びて感じるな。

 髪は茶色、瞳は青。顔立ちは中性的で、女の子と言われたら信じてしまいそうだ。

 困窮した故郷を旅商人のユウリィさんが訪れた時に、自分を「買ってもらった」と言っていた。ユウリィさんはその時の積荷全部を代価として支払って、故郷の村はなんとか持ち直すことができたんだそう。

 いつかはユウリィさんに「いい買い物だった」と言わせたいらしい。

 俺から見ると、なんだかんだでニコルくんのことは認めてると思うけどね、ユウリィさんは。

 

「今日はちょっと聞きたいことがあって。ユウリィさんに頼んでた荷物のことなんだけど」

「ああ……師匠、しばらく戻ってないですもんね」

「他の日用品はいいけど、葡萄酒と麦酒は春祭りのために頼んでるから」

「はい、承知してます」

 話が早い。打てば響くという感じだ。俺がニコルくんくらいの歳の頃はどうだったかな……なんて思い返すと、ちょっと自分が恥ずかしくなるくらい。

「ユウリィさん、何かトラブルでもあったのかな」

 それについては「今のところ特に連絡はありません」とのこと。

「間に合わせると言ってたので、もう少しお待ちいただければと思います」

 そうか。まあ、仕方ないかな。俺が今ここでニコルくんに怒鳴ったって、ユウリィさんが戻るのが早まるわけじゃない。

「ユウリィさんなら無理だと思ったら引き受けないだろうしね」

「身内を褒めるようで恐縮ですけど、はい、その通りだと思います」

 その点では、俺もニコルくんも見解は同じ。

 とはいえ一応、お酒を注文したクレールとも話し合って考えてきたことは伝えておく。

「念のため、もし間に合わなかった時には替わりのお酒を出せたらと思うんだけど、どうだろう」

「そうですね……」

 ニコルくんは少しだけ考えて……その立ち姿、なんかユウリィさんに似てきたな。

「蜂蜜酒と林檎酒なら、すでに注文された量の二割ほどまでお譲りできます」

 二割か。クレールは飲み放題にしたいと言ってたけど、その量だとちょっと厳しいかな。とはいえもちろん、全然ないよりはずっとマシだ。

「祭りまでの間、取り置いてもらえるかな。ユウリィさんに注文したのが届けば必要ないけど……」

「んー……わかりました。後から注文が来るかもしれませんが、リオンさん直々の予約となれば、村の皆さんも納得せざるを得ないでしょう」

「申し訳ない……」

 あんまり使いたくなかった強権を使うことになってしまうかもしれないな……。とはいえ、独り占めしたいからじゃなくて、村のみんなに配りたくてしたことだから、大目に見てもらいたい。

「師匠のことですから、きっと間に合わせると思いますので、あまり心配しないでください。師匠が注文量を揃えてきたら、こちらのご予約は破棄ということでいいですか?」

「そうしてくれると助かるよ」

 話がまとまると、ニコルくんはすぐにそのことを紙に書き記した。ステラさんもそうだけど、そうやって記録に残す習慣が身に付いてるのってすごいな。

 俺も日記はつけてるけど、いまだに時々、日記をつけること自体を忘れそうになる……。

 それはともかく、ここでの用はもう済んだ。そろそろ館に戻ろう。

 と思っていると、メモを終えたニコルくんが、俺に営業用の笑顔を向けてきた。

「せっかくだから何か買っていきませんか?」

 逃げ遅れた、と今更気付いてももう遅い。

「お勧めの品はこちら、はるか東にある碑岩の街で作られた、金の首飾りです! 碑岩の街は昔から金細工で有名でして、例えば、魔剣王時代の教皇レナトゥス三世は特にこの街の金細工を好んだという話ですよ。大教会の頂点である教皇をも魅了する金細工……どうです、欲しくなってきませんか?」

 そう言って、ニコルくんは立派な化粧箱に入った金の首飾りを見せてくれた。確かに素晴らしいものだと思う。俺ごときの鑑定眼じゃ純金かどうかまではわからないけど、施された細やかな意匠やちりばめられた宝石の数々……宝飾品にあんまり興味の無い俺でも、見ればため息が出るような華麗さだ。職人技ってやつだろう。

「……でも、高価なものなんだろうね」

「女性に贈ると喜ばれますよ」

 まあ、それはそうだろう。これだけの物だ。これを身に付けた自分の姿を想像するだけでも幸せな気分になれるような、そのレベルの装飾品だと思う。

 それは認めるけれども。

「俺の立場だと、誰かを特別扱いはできないんだよ。後のことを考えると……」

「全員に贈ればよろしいじゃないですか」

 俺は買わないための理由を探してるんだけど、ニコルくんは買うための理由を即答してくれる。さすが、ユウリィさんの弟子だ……。

「……その手には乗らないよ」

「あら、残念。リオンさんが買わないとなると、売れ残っちゃうな……どうしよう……」

 うう。今度は泣き落としで来たか。

 それは俺の事情じゃない、って突っぱねることももちろんできるけど、この店との今後の付き合いもあるしなあ……。

「……仕方ないな。ひとつだけ買わせてもらうよ」

 誰かにとっての特別な日、例えば誕生日なんかに贈る分には、なかなか悪くないんじゃないかな……と、一応は理由を付けてみる。でもそれはそれで、みんなを一巡するまでは同程度のものを贈ることになるのかもしれない。他でどうにか節約しないとな。

「ありがとうございます! きっとお気に召しますよ!」

 弱った顔をしていたのも演技。あからさまだったし、もちろん知ってたけど。

 でも、さすがユウリィさんの弟子というべきか。あっという間に買わされてしまった。ニコルくんの将来が恐ろしくなる手際の良さだ。

 それとも、ただ単に俺の意思が弱いから買わされてしまうのか……?

 ……ニコルくんの手腕、ってことにしとこう。うん。

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