竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ハスター

「ねー、ハスターがどこに行ったか知らない?」

 夕食の後の雑談で、クレールがみんなにそう訊ねた。

 ハスターは俺の仲間で、この館にも一緒に来た。俺が異界に捕らわれた時はわざわざ手助けに来てくれたくらいの功労者だ。

「そういえば最近、見てない気がするな」

 薄情と思うかもしれないけど、ハスターは束縛されるのが嫌いらしいから、こっちもあまり口出しはしない。どこかに出かけて行く姿を見かけたとしても、行き先はわからない。

 それはみんなも同じらしくて、有力な手がかりは出てこない。

 前に見たのはいつだったかとみんなで確認しあうと、どうも年明けのお祝いをした時が最後だったみたいだ。もう随分前のことになるな。

「冬眠してるのかな?」

 諦めのため息をついてクレールが呟く。

 冬眠してたとしても、もう春になる頃だ。さすがにそろそろ出てくると思うけど。

「するのかな、冬眠」

「資料が不足しているため、どちらとも断言はできない」

 ステラさんも知らないとなると、完全にお手上げだな……。

「冬眠じゃないとしたら、どうしたんだろう?」

「人間の言葉は話さないが、高度な知性のある生物……自らの意思で自由に行動する」

「まあ、それはそうだけど……うーん。ちょっと頼みたいことがあったんだけどなー」

 クレールが首を傾げるも、ステラさんは終着点のない議論よりも手元の本に夢中らしい。

 ハスターに頼み事か。ハスターはすごい力を持ってるから、逆に少し不安だ。クレールがまた変なことを言い出すんじゃないかと……。

 とはいえ、幸か不幸か、今はハスターはこの館にはいない。

「そのうち帰ってくるんじゃないかな。中庭の回し車も気に入ってるみたいだったし」

 お茶の香りを楽しみながら、ニーナがそう発言すると、ステラさんも「そう思う」とぞんざいに頷いた。

「回し車って、中庭のアレですか! ちょっと見てくるです!」

 言って、ナタリーが食堂を飛び出していった。そろそろお風呂入るんじゃなかったのかな。いいけどさ。

 回し車――水車みたいな形の、中に入って遊ぶ道具だ。下の土台に、上の円筒を支える形で車輪がついていて、円筒が回ってもその場から動いてしまうことがない。中に入った動物は、その中を延々走り続けることができる。

 そういうものがある、とステラさんが教えてくれて、村の職人さんに作ってもらった。ステラさんは何でも知ってるな……。

「もしかして、広場にハスターの像を置く予定だったのに、リオンの像に変更になったから怒ったのかな……」

 はあーっとため息をついて、クレールがぼやいた。

 ステラさんも「可能性はある」と投げやりに返事をした。

「え、なにそれ」

 驚いたのは俺。

「あれ、秘密だったっけ?」

 クレールが首を傾げて周囲に確認すると、ステラさんが手元の本から顔を上げて応じた。

「公開情報であるはず」

「だよね? リオンにも確か、言ったと思うけど……」

 そうかな。思い出せない。

「確かー……そう、神託の霊峰から帰ってくる時だよ。親方がリオンの像を建てたいって話してたよって、僕、ちゃんと言ったよ。リオンも頷いてたし。聞いてなかったなら、リオンが悪いね?」

「……そういえば、聞いたような……」

 いろんな雑談をしながらの旅行だったし、他にも話題が多すぎて、記憶の網をすり抜けたのか。そういえば、親方が何かの陳情に来た時、その顔を見て何か引っかかると思ったんだ。このことだったか……。

「広場の中央にすでに設置済み。春祭りの最初に除幕式が開催される予定。そのはず」

 村の広場か。近くは通りかかったけど、全然気にしてなかったな。思い返してみると確かに、布に覆われた像らしきシルエットがあったような。

 もっと早くに気付いてれば、強権を使ってでも、予定通りハスターの像にするよう命じたのにな。ステラさんの解説は、今から動いても完全にもう手遅れであることを示している……。

 俺の銅像なんか建てても、何の役にも立たないと思うんだけどなあ。

 ……まあ、当初の予定通りハスターの像だったら役に立ったかって言うと、別にそんなことはないって話ではあるけど。

「ハスターって、誰ですの?」

 それまで黙って聞いていたペネロペが訊ねてきた。

 そういえば、ペネロペはハスターには会ったことないな。

「誰っていうか……」

 クレールがハスターの説明を始めた。

「ハスターは、スペースハムスターっていう生き物だよ。モフモフしててかわいいんだ。大きさは仔犬くらいかな? 魔獣……じゃないな。聖獣とか神獣とかそういうやつ。不思議なちからでリオンを助けてくれたこともあるよ。結構気に入られてたみたいだね」

「古王国時代にも目撃例がある。謎が多い。……興味深い」

 ステラさんも補足を入れた。古王国時代にもハスターみたいな生き物がいたのか。まさかハスター本人ではないと思うけど。でもそう考えると、わりとあちこちに結構いるのかな、スペースハムスター。

「そうなんですね。仔犬は好きです。私も会ってみたいですわ」

「そのうち会える」

 目を輝かせるペネロペに、ステラさんが応じた。

 かわいい生き物が好きなのかな。まあ、そういう子は多いよな。ステラさんも猫好きだし。

「んっんー。でもハスター、あたしのおやつを食べちゃったんだよ。見た目はかわいいけど、食い意地は汚いよねー」

 ミリアちゃんが言ってるのは最初にハスターを見付けた時のことだと思うけど、そういえばその後も食料庫を荒らしたりしてたな……。確かに、食べ物のことになると必ずしも理性的とは言えない。

 そんな話をしていると、中庭の方からなにやら妙な音が聞こえてきた。

 カラカラカラカラカラカラカラカラ……

「! 回し車の音だ! 帰ってきたのかも」

 そう言ってクレールが席を立ったから、俺たちも続いた。

 中庭の隅に置かれた回し車。そこで俺たちが見たものは……

「……なんだ、ナタリーか」

「これ結構面白いですっ! ヒマつぶしにはちょうどいいです!」

 回し車の中に入って遊ぶナタリーだった。ものすごく楽しそうに回していて、いっそこれを水車代わりの動力にして小麦を挽けそうなくらい。

「あははははっ!」

 速い速い。大笑いしながら走りまくる姿からは、相当楽しんでるらしいのは伝わってくる。その姿を見たミリアちゃんも興味がありそうだけど……。

「ナタリーの知的レベルに対する評価を、スペースハムスターと同程度もしくはそれ未満、と修正すべきかもしれない」

 ステラさんの評価は厳しい。

「あははははははははっ!」

 この笑い方は何だか微妙に、ナタリーの正気を疑わせる響きがあるな……。

「もー! ナタリーは早くお風呂入りなよ! 僕たちが遅くなるとその分リオンの寝る時間がなくなるんだからね!」

 結局、ナタリーが遊び疲れ汗だくになって風呂場に向かうまで待っても、ハスターは帰ってはこなかった。

 本当に、どこに行ったんだろう?

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