竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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村はずれの教会

「これが教会か。確かに、ちょっとひどいな」

 午前の内に村の教会を確かめようということになって、レベッカさんとペネロペの二人を案内してきた。ステラさんも一緒だ。

 まあ、俺も行くのは初めてだから、本当に案内してるのはステラさんだけど。

 途中、村の広場の真ん中に布を掛けられた何者かの像らしきものがあるのを確認した。布の外から推測される形状は、確かにハスターの姿ではなさそう……。

 気を取り直して、教会。

 荒れてるとは聞いてたけど、実際に見ると、周囲はもうほとんど廃墟の様相だ。

 以前は畑があったと見える場所も、雑草が伸び放題で無残なもの。

 建物は離れたところから一見すると大丈夫そうに見えたけど、近付いてみれば、入口の両開きの扉が大きく壊されていた。外壁にも所々、暴力が振るわれた跡が残ってるし、教会の建物に似つかわしくない色の塗料をぶちまけられた様子もあった。

 前の領主の手下たちがかなり暴れたらしいって話は聞いてたけど、確かにひどい。

 ここを預かってた司祭が逃げ出してしまったっていうのも、無理もないことだと思う。

「修繕は大変そうね。リオンからも寄付という形で費用を負担してもらうことになるけど……」

 レベッカさんが申し訳なさそうにそこまで言うと、ペネロペが続けた。

「寄付の金額が大きいほど、神の恵みもより多くなることでしょう」

 ……要するに、今後も教団から便宜を図って欲しいならたくさんお金を出してくれと。

 まあ、驚きはない。そこのところは事前にクレールやステラさんとも確認済みだし。二人がちゃんとこういう場合の寄付の相場――慣例的な金額を考慮した上で、少し色を付けた金額を試算してくれた。他に特段の事情が出てこなければ、その額を寄付する予定になってる。

 やっぱり二人がいないと、俺ひとりだったらそこまでできた気はしない。ありがたい。

 教会の中は、外よりもずっと荒れていた。

 以前はここが村の集会所になっていたそうだ。村の人たちが前の領主に抵抗しようとした時もここに集まって、それで、前の領主も抵抗の意思を折るためにことさら徹底的にここを叩いた……ということらしい。

 金目の物は前の領主の私兵たちが持ち去ってしまった。重くて持ち運べなかったものは、飾られていた宝石だけ外されたり、壊されたり。

 前任の司祭は逃げ出してしまって、それきり。

 教会の聖印である陽光十字を背負った聖者の石像は、何だか悲しそうな顔をしてるように見えるな。

 

 レベッカさんとペネロペが被害状況の確認をする間、俺とステラさんはかろうじて無事だった椅子で待機することになった。

 ステラさんは椅子で本を読んでいる。ペネロペから渡された教会の聖典だ。大教会の存在は知りつつも教義にはあまり興味がなかったそうで、この機に読んでみることにしたらしい。そういえば、俺も読んだことないな、それ。

 少し見せてもらったけど、古王国語で書かれていた。

 大教会で司祭以上の聖職者になるにはこれがちゃんと読めないといけないらしい。

 ペネロペはまだ勉強中で、同じ年頃のステラさんがすらすら読んでいるのには少なからず衝撃を受けたみたいだ。そこは育った環境もあるだろうし、仕方ないと思うけどね。ミリアちゃんなんかもっと年下なのに、古王国語も平気だし。

 と……

「ギャーーーーーーーーッ!」

 突然悲鳴が聞こえて、俺とステラさんは顔を見合わせた。

 レベッカさんは……そこにいる。ということは、今の悲鳴はペネロペか。

「どうしたのペネロペ!」

 レベッカさんが慌ててペネロペに声を掛ける。

 ペネロペは奥の廊下から飛び出してきて、床に倒れ込んだまま、震える指先で奥の部屋を示した。

「なにか……」

 駆け寄った俺たちに、怯えた表情を見せたペネロペが、言葉を紡いだ。

「なにか……モコモコしたのがいますわ!」

 もこもこ?

 いまいち要領を得ないけど、何か得体の知れないものがいるのかもしれない。

 剣の柄に手を添えて、警戒して待つ。すると……

 カサ……カサカサ……

 そんな足音が聞こえた。

 奥の部屋から廊下を通って、それが姿を現す……!

「ギャー! 巨大なネズミ! こわい!」

 それを見たペネロペが大声で叫んだ。

 俺はそれを聞きながらも、息を吐いて警戒を解く。ステラさんとレベッカさんもそれに続いた。

「なんだ、ハスターか」

「きゅい」

 顔見知り、でいいのかな。まあ、知らない仲じゃない。

 そこにいたのは、スペースハムスターのハスターだった。

「これが……スペースハムスターっ? ネズミじゃないですか!」

 そうかな?

 姿は……まあ、長い前歯なんかは特に、ネズミに似てなくもない。ただ、頬が膨らんでたり明るい色の毛並みだったりで、ネズミより愛嬌のある顔つきだと思うけど。

 大きさは、後ろ足で立った時に俺の膝くらいまで。ふかふかの毛の色はお腹の方が白、背中の方がオレンジ色。つぶらな目は黒色。尻尾は短くて目立たないな。

 群れは見たことないな。というより、ハスター以外のスペースハムスターを見たことがない。

「ネズミじゃないよ。多分」

 総合すると、ネズミというより、リスとかの仲間なんじゃないかと思う。

「ほら、おとなしくてかわいいよ」

「きゅい!」

 ぴょんっ、と俺の肩に登り上がったハスターもそう言ってる。まあ、そうされるとちょっと重いけど。

 でもペネロペは納得していない……というか、なんかこう、汚物でも見るかのような目を向けてきている……。

「でも、ネズミのなかまですわ!」

「きゅい」

 ん? ハスターも否定しないのか……。

 ちなみに、ハスターは人間の言葉を喋らないけど理解はしているらしい。「はい」と「いいえ」と「わからない」に関してはしぐさで反応してくれることが多い。気まぐれなところがあるから、何でも答えてくれるわけじゃないけど。

「古王国でもネズミの仲間と認識されていた。別名ダイテンクウキヌゲネズミ」

 ステラさんが解説を挟んだ。ステラさんは何でも知ってるな。

「ネズミは不浄の生き物です! 教会にいてはいけません! どこかへもってって!」

 ペネロペの言い分にも一理ある……ということになるのかな。

 ネズミが病気を運んでくるって話は、俺も聞いたことがある。それを予防するための、大教会の決まりなんだろう。

 そういえば大教会では猫を神の眷属、聖獣とみなしてるってのも聞いたな。それでネズミとは相性が悪いのかもしれない。

「ここは改装するから、館に移った方がいいよ」

 ハスターにそう言うと、その返事があるより早くにペネロペが叫んだ。

「ネズミを竜牙館に! やだやだ! キャーキャー! こわいこわい!」

 ……どうも、ペネロペが個人的にネズミ嫌いなだけのような気がしてきた。

 ハスターは奥の部屋に視線をやってから、またこっちを見た。

 奥に何かあるのか?

「きゅい!」

 ハスターが一声鳴いたあと奥に向かって歩き出したから、俺もその後に続く。他のみんなもそれについてきた。ペネロペは嫌そうだけど。

「クレールもハスターに何か頼みごとがあるって言ってたよ。館に戻ろう」

 前を行くハスターにそう言うと「きゅい」と返事があった。……今の声が賛成のか反対のかは、ちょっとわからなかったな。

 と、奥の部屋の前でその足が止まった。

「きゅいきゅい!」

 覗き込むと、そこは荒れ果てた書斎だった。

 といっても、ハスターが荒らしたわけじゃなくて、前の領主のせいだろう。

 ここにあった本は全部持ち去られてしまったらしい。今は館の書庫に入ってるのか……それとも、荒らした手下たちが持ち出して売り払った可能性もあるな。

 と、ハスターが空になった本棚の一番下の段に『入っていった』。

 ……ん?

「あれ。あの子、どこに行ったの?」

 レベッカさんは他に気を取られていたのか、ハスターの姿が急に消えたように見えたらしい。

「きゅい!」

 声がした。どうやら、本棚の向こうにまだ空間があるらしい。

 俺とレベッカさんで本棚を動かすと、そこには隠し部屋。

 ここはどうやら、前の領主の手下には見付からなかったらしい。他の部屋よりも整然としたままで残されていた。

 そこにあったのは……!

「……住みやすいように整えてたのか」

 ハスターの寝床だった。どこから拾ってきたのか、藁や布を材料に作ってある。

「まるっきり、ネズミの巣じゃないですか!」

 ペネロペはそう言うけど、ネズミの巣よりはかなり清潔そう。そのへんはハスターの性格なのか、それともスペースハムスターってのはみんなそうなのか。

 それにしても、なかなかよくできてる。もしかすると、俺が故郷で使ってた寝床よりマシかもしれないくらいだ。

 俺の昔の寝床があまりに酷かったって話でもあるけどね。干し草を積んだ上にシーツを敷いただけだったし。子供の頃はそれが普通だったから気にしてなかったけど、今の寝室にある高級ベッドに慣れてしまったらな……。

「これはどこか新しい住処に移すことにしておいて、ともかく退去はしてもらわないと。この教会はこれから修繕してまた使うからね」

「きゅい……」

 どうやら、渋々ながら納得した、という様子。

 具体的な方法は、どこに引っ越すか決まってから考えるけど、荷車を借りてくるくらいはなんとかなるだろう。

 ハスターの方はそれでいいとして……

「ネズミー! がるるるるーっ!」

 レベッカさんの背中に隠れたまま、ハスターを睨み付けてるペネロペをどうするか。

「あのねえ……」

 服の裾を引っ張られながら、レベッカさんがため息。

「ハスターは他のネズミと違っていい子だから、そんなに怖がらなくてもいいのよ」

「こっ、怖がってなんかいませんわ! ただ、汚らわしいと思っているだけです!」

 ……これ、俺が言われたらちょっと傷付くな。

 ハスターにも聞こえてるはずだし、あんまり続くと仲がこじれかねない。

 喧嘩でもしてペネロペが怪我しないように、ここは少し脅かしておいた方がいいな。

「あんまり刺激しない方がいいよ。ハスターは怒ると強いから」

「強いと言っても所詮はネズミ! そーんな脅しで、私が怖がるはずありませんわ!」

 足、震えてるけどね。

 ……と、棚に残っていた本を調べていたステラさんが、補足。

「ハスターは攻撃の天術である〈煌天(シャインフォール)〉や〈輝彗(コズミックライナー)〉を使うことが可能。普通の人間が耐えうるとは到底思えない。ハスターは手加減すると期待されるが、無謀な挑戦はお勧めしない」

 その言葉がペネロペの頭に浸透しきった頃、真っ赤だった顔が、さあっと青白くなっていった。

「……それって、奇跡のわざでは? おとぎ話で天使が使うような……」

 効いたかな。少し態度が変わったような。

「スペースハムスターってそういう生き物だから」

 そこについては、俺としてもそうとしか言いようがない。

 ハスターも「きゅい」とひとつ頷いて、胸を反らしている。

「……よく見ればネズミというほどでもありませんでしたわね」

 言葉の意味はよくわからないけど、ともあれペネロペもハスターのことを見直した……とまではいかなくても、積極的に争う気持ちはしぼんでしまったみたいだ。

 

 結局、ハスターは竜牙館に帰ってくることになった。

 寝床の移設もその日の内に済ませたけど、形が微妙に気に入らないのか、何度も乗ったり降りたりを繰り返していた。

 回し車は一晩中ずっと、カラカラカラカラ……

 俺の部屋が中庭に一番近いから、ちょっとうるさかったな。

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