竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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暗黒司祭アゼル(後)

「私の姪にあたる子なのですがね。数年前の災害で、一家がちりぢりになってしまったそうです。私も先日久しぶりに故郷に戻ってそのことを知りましてね。今もどこかで無事に生きているのなら会いたいのだ……と『堅実』を擬人化したような私の兄が、わざわざ私に涙ながらに訴えてきまして。そこまで言うならと、私も行く先々で尋ね歩いているという次第です。生きていれば、歳は十四という頃でしょう。名はペネロペと言います」

 アゼルさんの解説で完全に理解した。

 ストロベリーブロンドの髪。名前はペネロペ。歳もほぼ合ってる。似顔絵にも面影がある。間違いないだろう。

 ただ、うーん……。

 アゼルさんも根は悪い人じゃないから、捜してる理由はまさに言ったとおりで、誘拐とかそういう悪事のために捜してるわけじゃないはずだ。そこは心配ない。

 問題は今のペネロペの方。アゼルさんとしては、大丈夫なんだろうか?

 少し迷いつつも、知ってるのに黙っているわけにもいかない。

「……知ってますよ、この人」

「おおっ、本当ですか! 生きているんですね? なんたる僥倖!」

「ええ、まあ」

 アゼルさんの喜びようを見てると、事実を伝えるのが少しためらわれるな。

「それで、今はどこで何をしているんです?」

「うちにいますよ」

 そう言うと、アゼルさんの顔色が変わった。

「……私の姪も手込めに?」

「違います」

 アゼルさんも、俺のことをそんな風に見てたのか。これはもしかして、みんなそう思ってるのかな……。

 まあ今はそれは置いとこう。本題が先だ。

「でも、アゼルさんには辛い話かもしれません……」

 心の準備をしてもらうために、俺はそう言っておいた。アゼルさんは神妙な顔つきで頷く。

「覚悟はできていますとも。生きていてくれただけで、他には何も望みません……」

 さすが聖職者だ。そこまで言うなら大丈夫だろう。包み隠さず話そう。

「……ペネロペは、大教会の聖騎士見習いになって、レベッカさんと一緒にここへ――」

「ぐわーっ!」

 俺が言い終わらないうちに、アゼルさんが吠えた。

「何でよりによって聖騎士に! 他にもっとマシな職業あるだろ! 何で! 何でよりによって聖騎士なんぞに! ぐわーっ!」

 叫びながら、足でドンドンと地面を踏みつけている。まるで、そこに見えない魔獣でもいるみたいに……。

 まあ、こうなるかもしれないと予感はしてたな。アゼルさんは大教会のことが嫌いみたいだったし。だから先に心の準備をしてもらったんだ。足りてなかったみたいだけど。

「落ち着いて下さい。生きてさえいれば、他には何も望まないんでしょう?」

 そう言ってなだめると、荒い息を吐いていたアゼルさんも、何度か大きく深呼吸して、ようやく見た目には平静を取り戻した。

「……人の欲望とは限りがないものです」

「はあ」

 今さら聖職者っぽく話されてもね。

「しかし、わかりました。教会なんぞにいるということは、両親は災害で亡くなったと思っているのでしょう。こちらに両親からの手紙があります。ペネロペに会えたら渡してくれと頼まれたものです。渡してあげて下さい」

 言って、アゼルさんは旅の荷物からまた巻いた羊皮紙を取り出した。さっきのより重みを感じるのは、単純に枚数が多いから……というだけじゃないかもしれないな。

「アゼルさんが直接渡してはどうですか? 今日はレベッカさんと村の教会にいるはずですし、ここからならそう遠くはないですよ」

 きっとその方がいいだろう。そう思って勧めたけど、アゼルさんは首を左右に振って固辞した。

「聖騎士と同席はできないのです。これはもう、我が家の古くからの家訓で、私にもどうにもならないことなのです……」

 古くからの家訓か。そういうことなら仕方ない。俺だって、父さんや母さんから「絶対にやってはいけない」ときつく教えられたことがいくつもある。その中にたとえ不合理に思える家訓があっても、その家ごとの事情もあるだろうし。

「あれ? ということは、アゼルさんのお兄さんは、聖騎士になったペネロペと同席できない?」

 ふとそのことに思い当たって尋ねると、アゼルさんの動きが止まった。

「…………そこは、親子なら特例となるでしょう」

「はあ」

 単にアゼルさんが個人的に聖騎士に会いたくないだけなのを、家訓だと言って誤魔化してたのかもしれないな。

 まあ、いろんな意味で、聖騎士と喧嘩しそうな人ではある。本人が会いたくないと言ってるのを無理に引き合わせる必要はないか。

 とはいえ。

「遠目にでもいいので、ちゃんとペネロペ本人かどうか、顔を見ていってくださいよ。手紙を渡したけど別人だった、じゃ笑い話にもならないですから」

「それは確かにそうです。確かめに行きましょう」

 これにはすんなり応じてくれて良かった。

 

「最後に会ってから随分成長していますが、ええ、間違いありません。私の姪のペネロペです。命が助かっていたのは本当に良かった」

 教会の庭で修繕の相談をしていたレベッカさんとペネロペを少し離れた茂みから観察して、フードを目深にかぶったアゼルさんが頷いた。

 こうして遠くから見ていると、ペネロペもレベッカさんの部下としてよく働いてる。発作さえ起きなければ、基本的にはいい子なんだろう。

 ……改めて考えてみると、アゼルさんの血縁ってことで、何かいろいろ納得がいったな。

「これで私も肩の荷が下ります。……それにしても、聖騎士なんぞになろうとは、何か育て方が悪かったのでしょうか……。ああ、育てたのは兄夫婦ですが……」

 ペネロペの両親は多分、アゼルさんみたいになって欲しくなかったんじゃないかな……という言葉は口から出さずに呑み込んだ。

「リオン。これは私の個人的なお願いなのですが、どうかペネロペが間違った道――つまり、この場合は聖騎士のことですがね――そちらに進まないように、適切に助言してやってください。どうか、お願いします」

「はあ……」

 俺としては、聖騎士も立派な仕事だと思うけどね。

 そんな話をしていると……。

 たまたまちょうどこっちを向いたペネロペと、目が合ってしまった。

「あーっ! リオン様ーっ!」

 ペネロペは大きく手を振りながらこっちに向かって走ってきた。

 アゼルさんは大慌てで茂みの中に潜り込んで、頭を抱えてうずくまってるのが視界の端に見えた。

(うまく誤魔化してください)

 そんな囁き声が聞こえた……気がした。

「リオン、そんな茂みで何してるの?」

 レベッカさんも一緒に来て、そう俺に尋ねた。どう言おうかな。

「えーっと……そう、ハスターがこっちの方に来たような気がして……」

「ネズミっ!」

 ハスターの名前を出しただけで、ペネロペはレベッカさんの後ろに隠れてしまった。

 レベッカさんはそんなペネロペに苦笑しつつ。

「私は見てないわね。ペネロペは?」

「見たとしてもすぐに記憶から消しますわ」

 そこまで苦手なのか。ハスターは例外になったのかと思ったけど、どうも根が深いみたいだな。

「ところでリオン様。さきほど、こちらにもう一人、どなたかいらっしゃいませんでしたか?」

 ペネロペがきょろきょろとあたりを見回しながらそう言った。

「え? い、いやー、どうだろう? 俺ひとりだったと思うけど……」

「そうですか?」

 アゼルさんも見られてたんだな。一緒に居たんだから当然か。念のためフードで顔を隠していてよかった。

「暗黒司祭のような格好の人物が、リオン様の背後にいたような気がしたのですけれど……」

 首を傾げるペネロペに対して、レベッカさんが「そういえば」と口を開く。

「リオンの知人にも暗黒司祭みたいなのが一人いたわね。この村には来てないみたいだけど」

 レベッカさんが多分アゼルさんのことを言ったけど、『仲間』じゃなくて『知人』扱い。アゼルさんはレベッカさんがいる時は一緒に行きたがらなかったし、いまいち絆が深まっていなくても仕方ないとこではあるけどね……。

「リオンが認めてるのだから、きっと、根っからの悪人ではないんでしょうね。それは私もわかってるわ。ただ……そう、ヘビみたいな、生理的嫌悪感があるというか……」

 それはそれで酷い言われようではあるけど、アゼルさんの方も近いことを思ってるだろうから、そこはお互い様か。

「まあっ! そんな害虫のような輩と関わっては、リオン様の品位が落ちますわ! いずれ駆除しませんとっ!」

「ははは……」

 ペネロペは、そうと知らないとはいえ、自分の叔父を害虫扱い。

 本人がまさにすぐそこにいるけど、やっぱり顔合わせは無しだな。

 

 二人が教会の方に戻ったのを確認して、アゼルさんとは村の正門のあたりで落ち合った。

 ひとつ幸いなのは、アゼルさんが酷い言われようにもまるで動じてなかったこと。……言われ慣れてるのかもしれない。

「ペネロペの無事は確認できました。聖騎士を目指そうなどとは親不孝なことですが、リオンの傍にいる間はこれ以上悪いこともないでしょう」

 所々に葉っぱがついたままの法衣をはたきながら、アゼルさんはそう言った。

「リオンの傍にいると、別の心配はありますが……」

 さて、何のことかな。

「ともあれ用は済みましたし、私はもう立ち去ります。手紙のことはくれぐれもよろしく頼みましたよ。私の名は伏せて『両親から』とだけ伝えれば、あの子も変な先入観は持たないでしょう。では、またいずれ……」

 そう言って、アゼルさんは村に背を向けて街道を歩き始めた。

 アゼルさんの巡礼と布教の旅はまだまだ続く――。

 

 ……と、アゼルさんの歩みが止まった。

「…………?」

 俺が首を傾げていると、こちらを振り向いたアゼルさんは駆け足で村に戻ってきた。

 そして。

「リオン。せめて夕食だけでも、とか言って引き留めないのですか?」

 ああ……。なるほど、言いたいことはわかるけど。でもね。

「……せめて夕食だけでもどうですか?」

 誘ってもどうせ来ないだろうと思う。数日前ならともかく、今はレベッカさんがいる。アゼルさんもそのことは知ってるわけだし、レベッカさんと同席するはずがない。

「お言葉は大変ありがたいのですが、私もこれで忙しい身。あまり長居はできないのです。残念ですがね」

「…………」

 ほらね。

 まあ、そうとわかってても一応訊くのが礼儀だったかな……。

 でもアゼルさんがそれを言うのか、という気もする。

「リオン……いま『こいつ面倒くさい奴だな』と思いましたね?」

「そりゃそうですよ」

 俺が正直にそう言うと、アゼルさんはいつもの、目が笑っていない笑顔になった。

「我が神の与える試練ですよ。これからも精進なさい、リオン」

「はあ」

 それで今度こそ本当に、アゼルさんは旅立っていった。

 ……面倒くさい人だな、ほんとに。

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