竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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春祭りの始まり

 日の出に合わせて、村の方から何度も何度も鐘が打ち鳴らされ、それを合図に、村のあちこちに火が掲げられた。

 俺はそれを、館のある高台から見下ろしている。

 いよいよ、春祭りが始まった。

 この祭りに合わせて、俺は『領主の仮装』とでも言うような、仕立ての良い服に身を包み、金糸で縁取りされた外套をまとっている。これから春を経て夏になったら、とても着ていられないような厚着だ。

 とはいえ「こんな時くらい領主らしい格好を」という勧めがクレールたちからあったからには仕方がない。幸い、今朝はまだ少し肌寒いくらいで、この厚着もちょうどいい。

「似合ってるよ。童話に出てくる王子様みたい」

 と、ニーナはそう言ってくれたけど、本心からのことかどうかはわからないな。

 まあ、馬子にも衣装ってやつかとは思う。

「いよいよお祭りです!」

 ナタリーが拳をふるふると振るわせながら意気込んだ。

「楽しみだねー」

 クレールも、今にも走り出したくてうずうずしている、という様子。本当に走り出したら転びそうな気がするけどね。

 レベッカさんやペネロペも含めて、館の住人はほとんどここに揃って、村の様子を眺めている。いないのは、先に村に降りているマリアさんだけだ。

 みんなも普段着より着飾っていて、うん、何だか華やいで見える。

 中でも特にレベッカさんは、完全武装ではないものの聖騎士の鎧を身に付けていて、朝日に照らされると神々しささえ感じるほどだ。

 正直なところ、村の人たちも、俺なんかより周りのみんなに注目すると思うな。

 ……と、村の方にひときわ大きな火があがった。

 冬を追い払うこの祭りを照らす『春迎えの火』というものらしい。俺たちはこれが見えたら村に向かうことになってる。

 みんなで頷き合ってから、連れだって村へと続く道を進んだ。

 村へ着いたのは、太陽がすっかり水平線を離れてしまう頃。

 ……村の人たちがこの祭りを派手にやりたいというのは、いいことだと思うんだけど……。

 たいまつを手に俺たちを大歓声で待ち受けてるとは思わなかったな……。

 俺はあんまり派手にして欲しくないけど、クレールに言わせると「これも貴族の義務」ってことらしい。仕方がない。

 村の人たちから案内されるままに、俺は村の真ん中にある広場まで歩いた。

 その俺の袖を引いたのはクレール。

「まずは、除幕式だよ」

「えぇ……やっぱりやるのか」

 耳打ちされて、俺の気持ちは沈んだ。

 俺の銅像が建つ……というかすでに完成していると聞いて、今からでもやめさせようかと迷っているうちに、結局何も手を打てないまま、この日になってしまったなあ……。

 幸い、大きさはせいぜい等身大ってところらしくて、それは良かった。巨大なやつだったら恥ずかしくて村から逃げ出したくなりそうだった。普通の大きさでも十分恥ずかしいけど。

「僕たちは演し物の準備があるから、そっちはそっちでがんばってね」

 俺の葛藤を知ってか知らずかクレールがそう言うと、

「きゅい」

 今度はハスターがそう言って、クレールの肩にひょいっと跳び乗った。

「ハスターも?」

「うん。僕たちのマスコットを引き受けてくれたんだー。お祭りまでに戻ってくれて良かったよ。じゃねー」

「えぇ……」

 ハスターに頼みたいことがあるとか言ってたのはそのことだったのか。

 今回のことに関しては、どうも俺の理解が及ばない部分が多かったな……。

 クレールに続いて、他のみんなも列を抜けていく。

 あとに残ったのは、レベッカさん、ペネロペ、それと、ステラさん。

 レベッカさんたちは今回あまり関わってないから当然として。

「ステラさんは、いいんですか?」

「客席から出来映えを確認する係。特別な前準備は必要ない。そのはず」

 なるほど。ステラさんは最初から舞台に立つ予定にはなってなかったし、結局、そのまま変更なしか。

「じゃあ、その時には一緒に」

 そう誘うと、ステラさんは「うん」と頷いた。

 けどその前に、まずは除幕式を乗り切らなくちゃな……。

 そうしてようやくたどり着いた広場には、木造の立派な舞台が組まれていた。

 この春祭りは派手にやりたいと言っていた親方の、その強い意気込みを感じさせる……ような。

 舞台の上にいる親方が俺にも登ってくるよう示したから、俺は、盛大な拍手に迎えられてその上に登った。

 見下ろすと、さすがに村の人たちはほとんど集まっているように見える。それだけじゃなく、知らない顔もちらほらいるな。祭りの開催を聞いて来たのか。この村の人とも親しげに話してるから、近くに住む親戚か、あるいは元住民かもしれない。

 ステラさんたちは壇上まではついてこずに、脇の方から俺に視線を向けていた。俺はいよいよ孤立無援。親方はすぐ横にいるけど、正直、この場では本当に味方かどうか……。

 その親方が片手を上げると、それまで大騒ぎしていた人たちが、さっと静まった。

 それを満足げに見渡してから、親方が声を張り上げた。

「無事にこの日を迎えられて、あたしは本当に嬉しい! 前の年に逝ったあたしの旦那も、あの世で嬉し涙におぼれてることだろーと思う! 生き残ったあたしたちは、この村をもっと良くしていかなくちゃーならない! そういうわけで、今日の春祭りを開催する!」

 ごく簡単な挨拶が終わると、改めて大歓声があがった。

 ここまではいい。俺は見てるだけでいいし。

 問題はこの後だ。

「さあ、リオンさん。銅像のお披露目だよ!」

 そう言った親方の声はうきうきしていて、何だかまるで子供みたいだ。

 マリアさんを通して村の噂を聞いたところによると、この村にはこれまで銅像を建てるほどの偉人はいなかったそうだ。その上、前の領主が自分の像を建てようとしたのは村のみんなで阻止した……ということらしい。

 俺の像だって、特に建てる価値があるとも思えないんだけどな。

 マリアさんは「村の人たちはきっと、村がいい方に変わっていってることを、何かで示したいんですよ」なんて言っていて、わからなくもないけど。

 できてしまった像がどんな扱いを受けるかは不安だな。雑に扱われても嫌だし、あまりに敬われすぎても恥ずかしい。

 いずれにせよ、俺が自分で建てたがったわけじゃないってことは、声を大にしたいところ。

「今からでも他の何かに建て直した方が……」

 一応、最後の抵抗を試みるも。

「何を言ってるんだい! リオンさんがやらないなら、あたしがやるよ!」

 やっぱりだめか。仕方ない……。

 親方が「さあ」と手渡してきたのは、像を覆う幕の一端。

 ため息が出る……悪い意味で。でも、やるしかない。

 諦念と共に、像に掛けられた幕を引きずり下ろした。

「おおーっ!」

 歓声。そして拍手。

 みんなが見ている方に俺も目を向けると、石造りの台座の上に『俺』が立っていた。旅装束の俺が、腰に佩いた魔剣の柄に手をやりながら、厳しい視線をはるか西の空へ向けている。

 俺も初めて見たけど、確かに、わりと似ていると思う。……実物よりは、ちょっと美男子のような気はするけど、まあ、無理のない範囲かな。

 ここはとりあえず流しておいて、後日、何か理由をつけて廃棄する手もあるな、なんて思っていたけど……。

 これが真っ赤に熱せられ、金槌でガンガン叩かれて、ぐしゃぐしゃべこべこと元の金属塊に戻るのは、見るに忍びないところではある。

 しばらく経って歓声が収まる頃、親方に促されて、一歩前に出た。

 みんなが俺に注目する。

「ええっと……」

 ……うう、緊張するなあ。戦いの時とは別の緊張だ。

 あらかじめ用意しておいた言葉を言うだけなのにな。

「ここのいるみんな、多くの辛いことを乗り越えてきたと思うので、これからは楽しい時が続くように、今日のお祭りがその一歩になればと、思います」

 何とか、ほとんど詰まらずに言えた。

 ただ、返った拍手は少し遠慮がちなものだったな。

 辛いこと、という言葉を入れたからか、あるいは単純に、親方との人気の差かもしれない……。

「よし! 堅苦しいのはここまでだ。みんなの熱気で冬を吹き飛ばして、春を迎え入れよう! ここでなんと! 竜牙館からのお祝いとして、葡萄酒と麦酒がたっぷり届けられた!」

 広場の端に置かれているのはもちろん、あらかじめ注文しておいた酒樽だ。見れば、ユウリィさんとニコルくんはそのすぐ近くにいて、俺が見ているのに気付いたのか、ひらひらと手を振っていた。

「しかもこれが飲み放題! 領主様によーく感謝して、適量を見極めながら飲むよーに!」

 親方がそう言い切ったあたりが、歓声の最高潮。

「領主様バンザイ!」

 どこからか声があがった。

「リオン様バンザイ!」

 その声は大きなうねりになって、村全体を包み込んでいく……。

 ……やっぱりみんな、俺なんかの銅像より、お酒かー。

 いいと思うけどね、それで。お祭りなんだし。

 

 春祭りはそんな感じで始まった。

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