特に邪魔な外套だけ脱いで酒場のマスターに預け、まずは村の様子を見学することにした。
一緒にいるのはステラさんだけだ。
レベッカさんとペネロペは、教会の司祭がやるお勤めをやると言っていた。今は村に司祭がいないからその代わりに、ということらしい。特に葬儀は、司祭がいなくなってから正式なものをできていないそうで、溜まっている分を今日いっぺんにやってしまうんだそうだ。大変だな。ちなみに、お悔やみの品はクレールとも話し合って手配済み。それが無事に終わったらお悩み相談会をやりたいと言っていた。
「非常に美味」
ステラさんが食べているのは、魚肉のすり身を棒に巻き付けて焼いたもの。さっき酒場のマスターの露店で買った。俺も一口もらったら、確かにおいしかったな。内陸育ちだから、まだなんとなく海の魚の料理には慣れないけど、これは食べやすいと思う。
ステラさんは俺と同様、他のみんなが演し物をやるまでは暇……というと聞こえが悪いな。予定がない、という状態だ。
ステラさんは当初、他のみんなの演し物が始まるまで広場の隅で本を読んで過ごすつもりだったらしいけど、せっかくだから俺から誘って、一緒に祭りを見て回ることにした。
広場の近くに、露店が数軒。酒場のマスターが開いている軽食の店の他に、祭りと聞いてこの村に来た旅商人のものがいくつか。品揃えはいろいろだけど、春を感じる野菜や果物が多いかな。
村の人のほとんどは、今日は仕事を休んでいるから、店はそんなところ。
驚いたのは、ユウリィさんがニコルくんと一緒に露店を開いていたことだ。
こんな時でも商売……いや、こんな時だからこそ、かな。ユウリィさんは自分なりに祭りを楽しむって言ってたけど、こういうことか。商売するのが趣味だと言ってたのも頷ける。
「何を売ってるんですか?」
「ここだけの話、店で売れ残ってた商品だ。ニコルの見通しが甘かったな?」
言われて、ニコルくんは「すみません」と肩を落としていた。
「それでまあ、人目に付くところに引っ張り出してきたってわけだ」
「これまで売れてなかったのに、売れるんですか?」
「全く需要がない場合はほとんど売れない。が、そういう商品があるってことが知られていない……認知不足の場合は、人目に付けば売れることもある。まあ、今日一日、やれるだけやるさ。領主様もどれか買っていくか?」
少し迷って、香水の小瓶を買った。瓶自体が宝石みたいにきれいなガラス細工だったから、目を惹いたな。香りには詳しくないから、あの花の、なんて特定はできないけど、いい匂いだ。商品名は『冬の残り香』で、なるほど、そんな雰囲気はある。ただ確かに、店に置いて村の人たちに買ってもらうには時期が悪い気はするな。
「じゃあ、これはステラさんに」
俺がそう言って渡そうとすると、ステラさんはしばらく首を傾げていたけど。
「……ありがとう。大切にする」
やがてそう言って、受け取ってくれた。
「いい買い物したよ、あんた。それじゃああとは、他の子たちにも買って帰らないとな? これなんかどうだ。旅鳥の町の老舗レデッカ・エト・ルカーナの紙細工で――」
「みんなが豪勢にお肉を食べてる時にステラさんがひとりだけ特に小食なので、その分の埋め合わせですよ」
ここぞとばかりに買わせようとするユウリィさんをかわして、店を離れる。長居すると危険な店だ。きっと村の人たちも何人か捕まってしまうだろう。他の村から見物に来た人や、もしかすると旅商人すらも……。ああ怖い、怖い。
広場の外周に並んだ露店をひやかしながらぐるっと一回りしても、思ったほどの時間はかからなかった。
祭りを見物に来た外の人も合わせたって千人はいないわけで、無理もない。普段から人の出入りが多い街道沿いの街での祭りと比べたら、規模が違って当然。
まあ、これでも村の規模からしてみれば盛り上がってると思うけど。
やっぱりメインは舞台での演し物みたいだ。村の人たちが一人一芸、みたいなノリで様々な演し物を見せてくれている。
順番から言って、クレールたちの演し物まではもう少しかかりそうだ。
舞台の前に横たえられた椅子代わりの丸太には多くの人たちが座っていて、俺が座るところもなさそう……と思っていたら、村の人たちが気を利かせて舞台の正面を空けてくれた。
端で良かったんだけどね。あまり目立ちたくないし、演者も領主の俺がこんな所で見てたらやりにくいだろうし。何より一緒にいるステラさんがのんびり本を読んで過ごせる場所じゃないから。
「問題ない。演し物も興味深い」
ステラさんはそう言って、実際、鞄は閉じたまま。気を遣ってくれてるのかもしれないけど、単純に、本は後でも読めるからという損得勘定からかもしれない。
この場所からだと見やすいっていうのは、まあ、確かだ。
ちなみに今は、どこだかの奥さんがものすごいハイペースで旦那さんについての愚痴をぶちまけている。
内輪の話だから俺にはいまいちよくわからないけど、村の人たち……特に、酒樽の周囲にたむろした酔っ払いたちには大ウケ。その酔っ払いの筆頭はもちろん、親方。
この雰囲気の中で歌や踊りを披露するのは、結構、度胸がいるような気がする。子供達の演し物には評価が甘い傾向はあるけど。
と……次に壇上に立ったのは、それまでの何人かとは雰囲気の違う男女の二人組。このあたりの伝統的な衣装だと思うけど、どっちもかなり着飾ってる。気合いが入ってるなあ。
そしてなんと、その二人の後ろからレベッカさんとペネロペも壇上に立った。
何事かと思っていると……
「俺たちは今日、結婚します!」
先に上がった男女から、まずはその報告があった。
……ああ、それはめでたい。
一瞬の間を置いて、広場全体から巻き起こった歓声と拍手が二人を祝福する。
あまり村の方に頻繁に行かない俺でも、二人が一緒にいる姿は時々見かけていたくらいだから、前々からそういう話はあったんだろう。
そういえば、村から大教会の司祭がいなくなって、葬式だけでなく結婚式もできないままだったと言ってたな。それでレベッカさんたちが壇上にも同行してるのか。
「二人が夫婦となることを祝福します。悲しみの冬を越え、芽吹きの春に新たな人生を歩み始める彼らに、みなさんからもどうか祝福をお願いします」
レベッカさんがそう告げると、観衆からの拍手はより大きくなった。
「あなた方に、自由と光の祝福と加護がありますように」
お決まりの言葉が出ると、新郎が新婦を抱え上げ、その場でくるくると回ってみせた。二人とも満面の笑顔で、見ているこっちまで嬉しくなる。
でも、あれ……?
これはさすがに、お祝いを贈らないといけないよな。どうするかな。
「祝いの品は手配済み。心配ない」
隣で拍手をしていたステラさんがそう言った。……ん?
「……手配済みなんですか」
聞き間違いかもしれない。念のために確認すると、ステラさんは改めて「手配済み」と頷いた。
「この村ではこういう場合に領主が贈るべき物は『銀製のスプーンを二人分』と決まっているとのこと。慣習に従って手配した」
なんとも手際がいい……。いやまあ、俺だって事前に知ってたらさすがに用意したと思うけど。
「何でみんなこんな大事なことを俺に知らせてくれないんだろう?」
「……サプライズ?」
小首を傾げながらのステラさんの言い分は、つまり、驚かせたくて秘密にしていると。そりゃあ、驚いてはいるけどね。そりゃあね。
俺の気持ちは釈然としないままだけど、壇上での結婚式はもう終盤。
酒樽の方から聞こえてきた強い要望に従って新郎新婦が情熱的なキスを交わすと、周囲の盛り上がりも最高潮になった。
そして最後に、花嫁がブーケトスというものをやることになった。
俺は、というか村の人たちもそうみたいだけど、初めて聞く演出だ。
新郎新婦によると、最近、北の方から伝わった風習だそう。花嫁が投げた花束を取れた人に幸運が訪れる、特に取った人が未婚の場合は婚期が近付くんだとか。幸せのお裾分け、ということらしい。なるほど。
ステラさんの補足では、花嫁にあやかろうとする未婚の女性たちが花嫁を取り囲んで私物をむしり取った事件がきっかけで、花束で勘弁してもらおうという風潮になったんだとか。さすが、ステラさんは何でも知って……いや、本当かな、その話。
ともかく、それだ。
花嫁の投げるブーケを取ろうという強い意欲のある人は誰からともなくぞろぞろと前の方に出てきた。
その中で特に異彩を放ってるのが……
「花嫁のブーケはこの私がゲットいたしますわ!」
ペネロペだった。さっきまでレベッカさんと一緒に壇上にいたのに、いつの間にかブーケを狙う集団の中に混ざってる……。
ちなみに、レベッカさんはまだ壇上にいる。ステラさんは俺の横にまだ座っている。二人とも積極的に参加するつもりはないらしい。まあ、花嫁の友達の誰かがもらうのがいいんだろうな、こういうのは。
それだけに、ペネロペの空気の読めなさが際立つというか……熱意はわかるけど。
その姿を見ていると、ペネロペがふとこっちを振り向いて、ものすごくいい笑顔で俺に手を振ってきた。
……俺へのアピールなのかな、この行動は。
なんてことを考えているうちに、新婦がみんなに背中を向けた。ブーケはその状態から、みんなの方を見ずに投げるんだそうだ。
他の参加者と比べると、聖騎士の訓練に耐えてるペネロペの身体能力は相当上だと思うけど、ここでそのちからを発揮するのかどうか。……怪我人が出たりはしないよな? 少し心配だ。
「それーっ!」
俺の心配をよそに、新婦がブーケを投げ上げた。
多くの人が注目する中、高く舞い上がったブーケは、ふらふらと風に煽られ……
あ、まずい。
何がまずいって、ブーケがそのまま飛んできたら、まさにちょうど座ったままのステラさんの所に落ちる。
そしてそこに、ペネロペの突進が!
「もらったあぁーっ! ですわーっ!」
ペネロペが他の参加者より一歩先んじている。そして他の参加者達もまだチャンスを諦めてはいない……!
「あ……」
ステラさんがようやく、事態に気付いた。
そして……。
ずんっ。
と、さすがにかなりの衝撃があった。
「ぐえぇーっ! ですわ……っ」
悲鳴を上げたのはペネロペ。後ろから殺到したみんなに背中を押されて、つぶされそうになっている。
「ちゃんと周りを見て行動しないとだめだよ」
俺の胸にへばりついたままのペネロペにそう言ったけど、はたして聞こえてるかどうか。まだ無理かな……。
しかし今のは危なかった。俺が気付くのがもう少し遅かったら、ステラさんとペネロペが激突した上に、他の参加者に押しつぶされていたかもしれない。
俺がとっさに立ち上がって、二人の間に割って入ったのがちゃんと間に合って良かった。普通の人より頑丈な身体が、久しぶりに役に立ったな。
……ペネロペはまあ、どっちにしろ押しつぶされたんだけど。
「ステラさん、大丈夫ですか?」
背中の方に視線を向けながら尋ねると。
「うん。……ありがとう」
ステラさんの声が返ってきた。
その手には、花嫁が投げたブーケがちゃんと握られていた。