「せっかくリオン様に抱いていただけたのに、まるで壁のようでしたわ……」
間にステラさんを挟んだ向こうに座ったペネロペから、そんな声が聞こえてきた。……さっきのあれは抱いたうちに入るのかな。
ともあれ、さっきので葬式と結婚式が無事に終わったそうで、レベッカさんはお悩み相談会の準備に向かった。やりたいって言ってたもんな。ペネロペもその会に出る予定だったけど、大変な目に遭ったから少し休憩ということになって、今は一緒に演し物を見てる。
最初は俺の隣に座ろうとしたけど、ステラさんに阻止されていた。素直に従ったのは、ペネロペなりにさっきのことを申し訳なく思ってるのかもしれない。
壇上はすでに次の演し物に移っていて、革細工屋の主人が自分の作った鞄がどれほど高性能なのかということを熱く語ってる。
ステラさんは興味深そうに聞いていたけど、他の人たちの反応はいまひとつ。酒樽の方から「それは聞き飽きたよ!」という親方の野次が聞こえたような。聞けば、酒場で酔った時は毎回その話をしているらしい。そりゃ聞き飽きるだろうな。
と、舞台の横に異様な風体の一団が現れた。みんな揃いの白い布で身体を隠して……
って、クレールたちか。俺が見ているのに気付いて、小さく手を振ってきた。
ようやく出番みたいだ。
他の人たちも気付いたようで、少しざわつき始めた。すると、壇上にいた革細工屋の主人はため息をついて話を中断し「ともかく革細工のことならうちに相談してくれ。修理もやってるぞ」と無理矢理まとめて舞台を降りていった。もう宣伝を諦めたのか……。
ともあれ、その革細工屋の主人の次に……
クレールたちが舞台に上がった。
マリアさん、ニーナ、クレール、ナタリー、ミリアちゃん。
見た目の年齢順……かな。横一列に並んだみんなは、まだ白い布で身体を隠している。
客席からは控えめなざわめき。やがてそれが自然に収まった頃……
クレールたちはお互いに頷き合った。そして。
ばあっ、と白い布を剥ぎ取って後ろに放り投げた。
隠されていたのは、五人お揃いの衣装。たくさんのフリルがついていて、まるでドレスみたいだ。ところどころに星の意匠があしらわれていて、それはキラキラと光っている。
「せーの……」
「僕たち、スターリー・シュガー・シスターズ! いぇい!」
クレールとニーナとナタリーが、その声に合わせてビッとポーズを決めた。
それを見た村の人たちは……
最初にそれを見た時の俺と同じように、頭の上に疑問符を浮かべたような顔になった。親方だけは「ヒューッ」と口笛を吹いて大喜びしてたけど。あの人はもうたっぷりお酒が入ってるからな……。
とはいえクレールたちは気にした様子もない。その動きに緊張は見られるけど、臆してはいない。マリアさんとミリアちゃんはその場でくるりと一回転してから後衛に移動して、それぞれ楽器を手に取った。マリアさんがリュートで、ミリアちゃんが縦笛だ。
楽器の準備もできてから、クレールたちは集合ポーズを解いた。
「今日は春を告げる妖精になって歌うよ!」
クレールが一歩進んでそう言えば、
「この歌が多くの人に届きますように」
ニーナもそう続けて、そして最後にナタリーが……
「…………」
ナタリーが……あれ?
「ナタリー、次だよ……」
クレールがナタリーを肘でつつきながらそう言ったのが、俺のいるところまで聞こえてきた。
「……あっ! え、えーっと……ちょっとセリフ忘れたですが、特級がんばるです!」
これには観客からも苦笑の声が聞こえた。
と、その声も収まらないうちに、何かが輝きながら飛来した。ハスターだ。回転しつつ何度かぽよんぽよんと跳ねてからクレールの前に着地して……
「きゅい!」
こちらもビシッとポーズを決めた。……ハスターもここまでやるのか。
ともあれこれで全員出揃って、いよいよだ。
俺もそうだし、壇上のみんなはもっとだろうけど、俺の隣のステラさんがものすごく緊張している。ステラさんにしては珍しい。どのくらいか具体的に言うと、ステラさんが俺の太股をものすごく強く握っていてちょっと痛い、というくらい。
まず、マリアさんがリュートをかき鳴らした。
靴が床を叩いて速いリズムを刻み、ミリアちゃんがそれに合わせて笛を鳴らした。
二人による前奏は、それだけでもう心が浮き立つような、明るい曲調だ。
「それじゃー、いっくよー!」
たんっ、と床を蹴って、クレールがまた一歩前に出た。
曲に合わせて、クレールが歌う。練習の時にあった伴奏とのズレはもうない。
春を待ちわびる気持ちを歌いながら大きく動いて、その動きのままにニーナと場所を入れ替わる。
ニーナは春の訪れを感じて高鳴る心を。
ナタリーは春と共に走り出す新しい日々を。
激しく踊りながら情感豊かに歌った。
マリアさんたちの演奏もそれをよく盛り上げている。
特にマリアさんの演奏は、本人は「なんとか素人ではない程度」と謙遜していたけど、相当の技量だ。
弦を押さえる左手も、弾く右手も、速さ正確さ共に並の吟遊詩人では比較にならないほど。
最初はただ好奇の目で見ていた聴衆も、曲の盛り上がりと共に気分が上がってきたのか、今では立ち上がっている人も多くなった。
曲に合わせてあいの手を入れたり、手拍子をしたり、手にした棒を振ったりして、大いに楽しんでる。
ハスターも壇上で踊っている。クレールたちと比べると踊り自体は不規則だけど、ちゃんと曲のリズムには合ってるし、何より楽しそうだ。
ステラさんもこの盛り上がりを感じて、安心したみたいだ。もう俺を掴んでないし、舞台にしっかりと視線を向けて、客席からのチェックという本来の目的に取り組んでいた。
やがて、曲は終わった。
振り返ればさして長い時間じゃなかった。でも、舞台の上にいるクレールたちはいっぱいに汗をかき、肩で息をしているというくらい、激しい生命の躍動が高密度に結晶したひとときだった。
一拍遅れて、大歓声。そして万雷の拍手。みな立ち上がって、素晴らしい演技に惜しみない歓声を送っていた。
壇上の五人は互いに顔を見合わせて、汗にまみれたその顔を満面の笑顔に変えて、互いの肩を抱き合った。
午後まで続いた様々な演し物の中で最も多くの支持を得て、クレールたちスターリー・シュガー・シスターズの演技が最優秀賞に選ばれた。結婚式をやった村の二人よりもウケたわけで、すごいことだと思う。賞品は竜牙館から提供した酒樽だったから辞退してたけど。
ともあれ、最優秀賞の名誉は確かに得たわけで、練習が実を結んだというのは、みんな……特に、進学のために勉強を続けてるミリアちゃんには、いい弾みになったんじゃないかと思う。
俺もみんなの歌と踊りには感動した。最初にクレールが言ってた新感覚というのも何となくわかった。
「通常、吟遊詩人の歌う題材の多くは叙事詩――過去にあったとされる神話や伝説が多い。しかし、今回の歌は季節の移り変わりとそれを感じる少女の感性が主題になってる。マリアの技巧で実現したとても速いリズムの伴奏、そして歌いながら踊るというスタイルも合わさり、これまでの歌曲とは一線を画している」
……と、ステラさんが解説してくれた。ステラさんは何でも知ってるな……。
何にせよ、俺がみんなに言いたいのは。
「おめでとう。すごく良かったよ。お疲れさま」
表彰を終えて舞台を降りたみんなにそう声を掛けると、その顔にも春の花が咲いた。