日没が近付いてきた。それは、春祭りの終わりが近いということでもある。
その時、俺は館のみんなと一緒にいた。村の人たちが冬用の保存食の残りを持ち寄って作った大鍋のスープを食べていたところだった。
酒樽の方から、親方の声が聞こえた。
「そろそろ、やぐらを燃やそう」
見れば、親方の足下には酔いつぶれた人たちが転がってるけど、最後の締めは予定通りやるみたいだ。まあ、目を覚ますのを待ってたらいつまで経っても進められないしね。
親方が真新しいたいまつを手に取って、大鍋を焼いていた火をその先に点けた。
「さあ、これはリオンさんが持って」
言われるままに、たいまつを受け取った。
やぐらはこの広場からは少し離れている。炎が大きくなるから、万が一にも周囲に燃え移らないようにという配慮だ。
親方を始め、他にも何人か、たいまつを手にしてる。
この村にまだ残っている冬を、この火でやぐらの方へと追い立てていくんだそうだ。
春祭りの催しはもう、これを最後に残すだけ。
館のみんなも、村の人たちの大部分も、後ろについてきている。
たどり着いたやぐらは俺の背の三倍くらいの高さで、一応上に人が乗れるようにはなっているけど、もちろん、これから燃やすのだから今は誰も乗ってない。
その足下には、よく燃えるようにだろう、干し草が積まれている。
たいまつを持った人たちが、ゆっくりと歩いて、その周囲を囲んだ。
「冬を、追い詰めたぞ!」
芝居がかった調子で、親方が言った。
「燃やせ! 燃やせ! 冬を追い払おう!」
その声を合図に、火のついたたいまつがやぐらの足下に投げ入れられた。火はみるみるうちにやぐらを呑み込んでいき、やがて真っ赤な炎の柱になった。
これが『冬払いの火』だ。
やぐらが完全に火に包まれてしまうのを見届けてから、親方はみんなを振り返った。
「これで冬は終わりだ! 祝おう! 新しい季節を! 春を!」
歓声があがった。それと時を同じくして、冬払いの火に照らされた村はずれに、祭りの終幕を彩る楽器の演奏が響く。
素朴な楽器に、素朴な音。村に根付いている伝統の音色。
みんな、それに合わせて踊り始めた。最初はゆっくりと、だんだん激しく。それは季節の移ろいを表現しているのかもしれない。
俺も……故郷のことを思いだした。俺の記憶にある故郷でも、祭りの時にはこんな音が鳴っていた。
踊る人たちの邪魔にならないように、俺は端に移動した。座るのにちょうどいい丸太が転がっていて、助かるな。見れば他にも何人か、同じようにそこに腰掛けてる。……まあ、踊るのはつらそうなお年寄りが多いけど。
みんな元気だなあ。特にナタリーとミリアちゃんは、二人でくるくる回りながら踊ってるのを村の人たちからも絶賛されてるみたいだ。
と……。
「ねえ、リオンは踊らないの?」
声を掛けてきたのはニーナ。
普段と雰囲気が違うのは、服装のせいかな。演し物の衣装からはとっくに着替えてるけど、それでも普段よりはだいぶ着飾ってる。村の子たちからは「さすが都会の人は服装が洗練されてる」と注目されてたくらい。ニーナは雷王都市の出身だから、優劣はともかく、村の人たちとちょっと着こなしが違うのは確かだ。
「今日はみんなが楽しんでるのを見ていようかと思って」
俺がそう言うと、ニーナは「ふーん」と言いながら、俺の隣に座った。
「みんな楽しそうにしてるからね。……七割か八割くらいは、お酒のせいかもしれないけどね」
「あはは」
クレールの企画でお酒を飲み放題にして、多分一番飲んだのは親方だけど、他の人たちもかなり飲んだはず。そのせいってことは、大いにありえる。
「でも、前の領主の時にはお酒も厳しかったんでしょ? それを目一杯楽しめるんだったら、それも含めて、いい時代になったな、みたいな話じゃない?」
「それは、親方もそう言ってたよ」
そう……そういうのも含めて、この春祭りには大きな意味があったと思う。
この村はこれから、新しい季節を迎える。それは単に月日が経つという以上に、いろんなことが変わっていく。
俺がきっかけになったのは確かだけど、今は逆に、村の方の変化に俺が引っ張られてる感じがするな。
ここの暮らしは、結構気に入ってる。
まだ骨を埋めるつもりとまでは言えないけど、もう少し、この村の変化を見ていたいって気持ちはある。
「ニーナこそ、踊ってこなくていいの? ナタリーとミリアちゃんはすごく楽しんでるみたいだけど」
尋ねると、ニーナは「んー……」と少しだけ悩んでから、立ち上がった。
「そうだね。ちょっとだけ、踊ろうかな?」
俺はそんなニーナを見送ろうとして……
「踊ろう」
そう言ったニーナに手を掴まれ、引っ張られて、椅子代わりの丸太から立ち上がらされた。
何だかちょっと、普段のニーナらしくない……と思ったけど、ニーナの横顔を見たらなんとなく理解した。
冬払いの火の照り返しだけじゃ説明できないくらい、顔が赤い。
「……ニーナ、もしかして酔ってる?」
今日はニーナも館の仕事はほとんどお休みで、演し物も無事に成功した。ちょっとくらい羽目を外したとしても不思議じゃない。
「ふふっ、そうだね。酔ってるかもね?」
……仕方ないな。少し付き合うか。
ニーナの手を握り返して、俺も踊りの輪に加わった。
他のみんなほどには、うまく踊れなかったけどね。
*
空き巣が捕まった。
村の外から来た盗賊で、なんでも、祭りの隙を狙って竜牙館に盗みに入ったんだとか……。
そいつの供述によると、時はちょうど春祭りでやぐらが燃やされる頃。みんなの目が派手な炎に引かれている間に、という計画だったらしい。
「くっくっくっ……領主も祭りに出て、館はがら空き……盗みのチャンス到来だぜ。さてさて、俺のお宝ちゃんはどこにあるのかなーっと……」
住人がみんな祭りに参加してたのを確認してからの犯行で、足音も消さず、独り言も止めず、堂々と正面から侵入したそうだ。
うーん……村の人たちには門を閉ざさないように、という気持ちでいたけど、祭りの時は外からも少なくない数の人が来るのを失念していた。確かに不用心だった。反省して、今後の防犯についてはみんなと話し合うとして。
エントランスに入った空き巣は、そこで不思議な音を聞いた。
カラカラカラカラカラカラカラカラ……
最初は風が何かを揺すりでもしてるんだろう、と、さほど警戒していなかったそうだ。
でもその音は、風とは無関係に、鳴ったり、止まったり、また鳴ったり……
カラカラカラカラカラカラカラカラ……
空き巣は薄気味悪くなって、ともかく何か金目の物を取ってさっさと退散しよう……と、廊下に飾ってあったツボに目を付けた。そいつはそれを古王国時代の貴重な骨董品だと判断して、あらかじめ用意していた袋に、最初の戦利品としてそのツボを突っ込もうとした。
その時……
……………………。
あの不思議な音が、すっかり鳴り止んでいるのに気付いた。
不穏な予感を覚えないでもなかったが、やはり風の仕業だったのだろう、と気を取り直して作業を再開すると……
もふっ。
ツボの隣に、さっきまで影もなかった何かがあった。
……いや。
いた。
「何だ? 毛玉……」
それが何か確かめようと、掴んで持ち上げた次の瞬間。
「きゅい」
動きはまさに電光石火。侵入者に対する怒りが、必殺の前歯となって襲いかかった。
「ぎゃーーーーーーーーっ!」
その毛玉による攻撃は急所に当たり、効果は抜群だった。
俺たちが館に帰り着く頃には、空き巣は門の外まで放り出されていて、意識を失っていた。
もちろん、これらは全て、スペースハムスター……ハスターの仕業だ。
そこらの空き巣じゃ、戦闘力的には相手にならないだろう……。
「防犯はハスターに任せればいいんじゃないかな?」
空き巣の供述を自警団から聞いたクレールは結論としてそう言ったけど、ハスターは渋い顔をした。今回はたまたま館にいたからよかったものの、いつも見張ってるわけじゃない、ということらしい。確かにそうだ。
さしあたって決まったのは、全員が出かける時には戸締まりをちゃんとする、ということだった。ナタリー並の技術がある盗賊が来たら無力だけど、やらないよりはいいだろう。
でも、防犯のことより差し迫って深刻なのは……
「ネ、ネズミ……ネズ……うぐぐ……」
ペネロペのハスターに対する苦手意識がぶり返したことかな……。