竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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フューリス

 春祭りが終わってもう数日。村はそれ以前よりも少しだけ賑やかにはなったけど、おおむね、元の姿に戻った。

 広場にあった酒樽は、後片付けの時に酒場に移された。村の人たちにあげたお祝い品だから、すっかりなくなるまで飲んでもらえたらいい。酒場のマスターは快く引き受けてくれた。ただ、どうせ二、三日で無くなるだろうという予想ではあったな。そろそろ無くなってるかもしれない。

 竜牙館の方も普段通り。俺は書類の処理が終わったから、ちょっと散歩中。

 すれ違う村の人たちは気さくに挨拶してくれて、そこからは、まあまあ慕われてるんじゃないかな、という気持ちになる。恨まれてるよりはずっといい。

 気になるのはあの像だ。祭りの時はゆっくり見る暇をとれなかったから、今日こそはと思って、村の広場まで出てきたんだ。

 改めて見るとやっぱり、かなり美化されている気がする。先にこれを見てから実際の俺に会ったら、がっかりするんじゃないかというくらい。

 かといって不細工にして欲しかったかというと、それもなあ。

 どうしても後の世にまで残らざるをえないなら、美化されてる方が幾分マシかな……。

 そして、今日になって気付いた。

 台座に文章が刻まれてる……。

『〈竜牙の勇者〉リオン・ドラゴンハート。幾千の竜を倒して無敗。村は勇者によって救われ、新たな春を迎えた。その業績を忘れぬよう、像にする』

 ……そんなに間違ってはいない……かな?

 でも『幾千の竜を倒した』って部分だけは言い過ぎだ。千は絶対に行ってない。だって、毎日三頭倒しても一年かかる計算。実際に竜と頻繁に戦ってたのは半年もないくらいだったから、幼竜を除いて成竜に限ったら、倒したのは百頭前後じゃないかな。

 ……改めて考えると、百頭でも十分多いな。悪竜から〈竜を絶滅させるもの〉なんて渾名をもらうのも仕方ないか。

 それにしてもこの像、村の誰かが造ったんだと思うけど、よくできてると思う。俺が題材じゃなければ、もっと穏やかな気持ちで楽しめるんだけどな……。

 そんな風に像を眺めていると……

「もしかして、あなたが〈竜牙の勇者〉リオン・ドラゴンハート男爵でしょうか」

 声を掛けられた。

 振り向くと、そこにはこの村に似つかわしくない、どことなく高貴な感じの服に身を包んだ人がいた。歳は二十歳を過ぎたくらい。ダークブロンドの髪とブラウンの瞳の美男子だ。

 でも少し違和感が……なんだろう。

 もちろん、街道から離れたこんな村に来るような人に見えない、というのが一番の違和感だけど。

 後は……だめだ、違和感の正体がいまいち掴めない。

「私は西に領地を持つ者で、名はサンジェルマンといいます。初めまして、になるでしょうか」

「ああ、どうも初めまし……ん? ええっと……」

 声を聞いて、違和感が大きくなった。

「どうしました?」

 サンジェルマンと名乗ったその青年貴族が、俺の様子を訝しんだのかそう声を掛けてきたけど。

 ……やっぱり、そうだ。

「フューリスさん……ですよね?」

 俺がそう言うと、サンジェルマンはまず驚き、それから、笑った。

 次の瞬間に起きた変化は劇的だった。

 サンジェルマンが指をパチンと鳴らすと、その全身から、ぶわっ、ともやがあふれ出てその身体を覆い隠した。

 そのもやが晴れた時、そこにはサンジェルマンという青年貴族ではなく……

「……ふふ。やはり少しばかり変装しても君にはすぐに見破られてしまうね。どうしてだろう?」

 俺の旅の仲間だったフューリスさんが、立っていた。

 

 フューリスさんは……謎の多い人だ。俺はその一端を知っているけど、本人はあまり他人に話してはいないみたいだし、俺も詳しくは言えない。

 見た目には二十歳を過ぎた頃。マリアさんと同年代か、少し年上に見える。控えめに言っても美女だ。絶世の美女、と言う人もいるかもしれないくらい。

 ただ、その……胸の大きさは、クレールが「これは僕が勝ってるよね?」と言って誰からも反論されない程度。中性的な雰囲気は、そのせいでもあるかな。フューリスさん本人は「軽くていいだろう?」と笑ってたけど、本心かどうかはわからないから、俺からは話題にはしない。

 肩まである髪は赤ワインの色。目の色もそう。落ち着いた性格にも合ってると思う。

 俺がフューリスさんと出会ったのは雷王都市。何者かに追われていたフューリスさんをかばったのがきっかけ。その追っ手が警備兵で、王家の宝物庫に盗みに入った賊を追っていたと知ったのは後日のこと……。フューリスさんの言い分では「侵入はしたけれど盗んではいないね」ということだったけど。

 さっき見せてくれたように、変装の名人でもある。自分の姿を変えることができる魔導器を持っているとも、一族に伝わる特殊な秘術があるとも、正体は不定形の生物で人間ではないとも、仲間内でさえいろんな噂が飛び交ったけど、フューリスさんは笑っただけ。

「手品なんてものは、ねえ。タネを明かしてしまったら、途端に面白くなくなってしまうよ」

 一番食い下がっていたのがステラさんだったけど、最後には結局諦めてた。

 それと同じちからなのか、フューリスさんがいると魔獣に気付かれにくくなるってこともあったな。

 本当に不思議な人だ。

 

 ただ、俺はどういうわけだか、フューリスさんの気配はわかる。なんとなく、という程度ではあるけど。今回のも、変装を見破ったというよりは、フューリスさんの気配に気付いた、というだけだ。

「そうなのかい? 上手く消しているつもりでいるのだけれど。もしかして、匂いかな?」

 言ったフューリスさんは、自分の腕の匂いをすんすんと嗅いでみているけど。

「匂い……ではないと思います」

 俺自身、よくわからない。前々からだから、竜気(オーラ)が溜まってるのも関係ないと思うし。

「まあ、一瞬騙されそうになりました。男装だったからかな」

 フューリスさんは女性だから、男装の時は結びつくのに時間がかかるというのはありそうな話だ。フューリスさんを追っていた警備兵たちはその逆に、ひげ面の男に変装したフューリスさんを追っていたせいで、変装を解いたフューリスさん本人が「そいつならあっちへ行きましたよ」なんて言っても全く気付いていなかったし。

「男装もなかなか似合っていただろう? 名はサンジェルマン、西に大きな領地を持つ伯爵で、妻子はいない。歳は二十二。最近は錬金術に凝っていて、それにまつわる面白い話があればぜひ聞きたいと思っている……という設定なのさ」

「設定」

「そういう細かい設定を決めておくとね、思いがけないことを訊かれた時にも対処しやすいのだよ。やはり変装には気分が大事だね」

 なるほど。嘘をつくのも、本気でやろうとするといろいろ大変そうだ。正直に暮らすのが一番楽だな。

「今の私には、本当に領地があっても煩わしいだけだから、設定だけだけれどね。日々を暮らしていけるだけのお金があれば十分。だろう?」

 それは確かにそうかもしれない。俺もここで領主なんかになって、以前とは違うことでいろいろ悩みが尽きない。戦っちゃいけないって事情さえなければのんびりしてる理由もないから、とっくに放り出して冒険の旅に出発していたかも。春祭りなんかは特に、誰かに後を任せて旅立つのにいい機会だったし。

 まあ領地のことは、ようやく少し面白くなってきた感じもするけどね。

 とはいえ、フューリスさんは、俺とはまた事情が違う。過去のこともあるし、領地や領民を気に掛けるのを煩わしく思って避ける気持ちも、わかるな。

「でも、爵位の詐称は死罪と聞いてますけど……」

「ああそうだった。けれど、君はもちろん黙っていてくれるだろうね?」

 ……まあ、フューリスさんを告発しても俺には何の得もないな。

「さて、本題に入ろうか。私が今日ここに来たのは、少し事情があってのことなのだよ」

「事情……ですか」

 呟きながら、その事情とやらを推測してみるけど。

 心当たりは……ある。

「何か俺が手伝えることがあれば、手伝いますよ」

 そう言うと、フューリスさんの顔がほころんだ。

「うん。それじゃあまずは確認だけれど、私が探しているもののことは覚えているかい?」

 やっぱり、という思い。フューリスさんの事情で、一番重要なのはやっぱりそれだろう。

「確か〈太陽の聖石〉という魔導器を探してるんでしたよね」

 フューリスさんとゆかりの深いその品は、俺の知る限り、この大陸に現存する魔導器の中でも特に強力なもののひとつだ。しかもそれが古王国の技術でなく、比較的近年に作られたものだというから驚く。他に〈賢者の石〉という別名もある。

「そう。正確には、その複製品だけれどね。いま探しているのが最後のひとつだ。他はもう回収したからね。サンジェルマン伯爵として社交界に出入りして、ようやくその足取りを掴めた……と思っているところなのだよ」

「そうなんですか。おめでとうございます」

 ありきたりな言葉になったけど、本心。

 相当長い年月をその捜索に費やしてたと聞いてる。雷王都市で宝物庫に侵入したのもそのため。それがやっと報われるなら、俺としても嬉しい。

 フューリスさんは「うん」と微笑んだ。

「それで、最後のひとつの行方を知る人物に、会いに来たのさ」

「こんな辺鄙なところに住んでるんですか」

 稀少な魔導器を集めてるような人、この村にいたかな。いないと思う。ぎりぎり、魔女の店のおばさまが何か持っていそうではあるけど、そのくらいだ。

「君の領地だろう?」

 フューリスさんはそう指摘したけど、俺としては苦笑するしかない。

「辺鄙なところだっていうのは事実ですよ。これから発展する可能性はありますけど」

 どのくらい辺鄙かというと、街道でよく売られてる旅行地図には記載されていないことがほとんどで、大きな街道からこの村に入る道は細くて見付けにくい。海に面してはいるけど、外からの寄港はない……まあ、少なくとも都会だという人はいないだろう。

 とはいえ。

「まあ、今後に期待というところだね?」

「そうですね」

 フューリスさんの言葉に俺も頷く。

 春祭りにも、事前に考えていたよりたくさんの人が外からも来ていた。その一部はユウリィさんが紹介したそうで、さらにそのうち何人かからは出店の相談も受けた。近いうちに親方たちも交えて改めて話し合うことにしてるけど、この村にない業種だったから、出店を許可することになると思う。

 そういうこともあって、村の発展を期待するのは、おかしいことじゃない。

 ……まあ、明日からいきなり大都会、とまでは期待してないけどね。

「それで、誰を探しているんですか? ここの住人なら案内できますよ。……まあ、わかる人を紹介するくらいまでなら」

 本当は自信を持って「村の人なら全員わかる」と言えたらいいんだけど、辺鄙な村と言っても五百人くらいいるわけで、あまり接点のない人はなかなか顔と名前が一致しない。

 館でそこに一番詳しいのは、マリアさんかな。ニーナも噂話はいろいろ聞いてるみたいだけど、魔女の店で働いてるマリアさんほどじゃないだろう。

 さてそれで、フューリスさんが探しているのは……

「ステラだよ」

「……ステラさんなら、館にいます」

「うん、知っている」

 言って、フューリスさんはくすくすと笑った。

 ステラさんなら確かに、この村にいる人のうちに入るな……。

「補足するとね、かの高名な〈西の導師〉が石を手に入れたというところまでは、突き止めたのだよ。しかしその人物はどうも長くひとところに留まらないようで、今どこにいるのかは見当も付かない。さてそこで思い出したのが、ステラのことだ。彼女は〈西の導師〉の弟子のひとりで、かの人物が件の石を手に入れた頃にちょうど、その傍で暮らしていたはずなのだよ。……まったく、そうと知っていれば初めから彼女に尋ねていたのだけれどね」

「ずいぶん遠回りしましたね」

 フューリスさんが自分のことをもっとみんなに打ち明けていたら、もっと早く済んだかもしれなかったわけだ。

 ただ、太陽の聖石を巡る話は、フューリスさんにとって決して楽しい話じゃない。他人とあまり共有したくないと思っても、無理はないか。

「まあ、これはこれで面白い体験だったよ。さて、ではステラに会いに行こうか」

 そういう葛藤を感じさせない口調で、フューリスさんはそう言った。

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