竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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失われた聖意物

 冬の終わりから春にかけて立て続けにいろいろあったけど、それもそろそろ落ち着いてきた。

 あとは、そろそろ帝麟都市に行っていたクルシスが戻ってくる頃だと思うんだけど、今のところ音沙汰ない。何か面倒ごとに巻き込まれてないといいけど。剣の腕は俺より上だけど、口下手なところも俺以上だからな……。

 ともあれ、日々は概ね平穏。

 最初はどうなることかと思ったペネロペも、もうだいぶ馴染んできたし。レベッカさんがあれこれ世話を焼いているからでもある。どっちが補佐だかわからないよ、なんて、ミリアちゃんにつっこまれてたけどね。

 さて、そのレベッカさんとペネロペが俺を訪ねてきた。

 俺はその時、フューリスさんとステラさんが遊戯盤を挟んで戦火を交えているのを、横で見てたところだった。一応、不正がないか監視する審判の役に任命されてるけど、出番はない。

 二人ともこのゲームに関しては俺よりはるかに強いけど、その二人の内では、フューリスさんが少し強いみたいだ。

 いわく「持ち時間に制限があればステラが勝つけれど、無制限なら私が勝つよ」とのこと。確かに、そんな雰囲気はある。

 まあそれは、今はいい。

 後ろにペネロペを伴ったレベッカさんが、少し深刻な表情なのが心配だ。

「リオン。少し相談に乗って欲しいんだけど……今、いいかしら」

「どうしたんです、そんなに改まって」

 ステラさんたちのゲームは、フューリスさんが長考に入ったところ。視線を向けると、二人からは「こちらに聞こえてもいい話なら、そこでしても構わないよ」「問題ない」と返事があった。

 レベッカさんも頷いたし、それならまあいいか。

 俺とレベッカさん、それにペネロペの三人で、隣の円卓に移った。

「それで、どうしたんです?」

 続きを促すと、レベッカさんが口を開いた。

「教会の建物の再建については目処が立ったのだけど、ひとつ困ったことがあって。聖意物のことなんだけど……」

「聖意物……ですか。それって、どういう物なんです?」

 どうも、俺がこれまであまり意識してこなかった言葉だ。

「過去の聖人の遺骨や遺品のことですわ。今の教会法では、そうした聖なる意思の宿る物品、聖意物を教会に少なくともひとつは祭っておかなくてはならない、と定められていますの」

 なるほど。俺は教会でお祈りするって時には、大教会のしるしであるあの陽光十字紋を見ていたけど、実体……と言っていいのか、ともかく信仰に本当に重要なしるしは別にあった、ということだ。

「それが、ない?」

「そうなのよ。前の司祭が持ち出したか、前の領主に取り上げられたか……ともかく、聖意物を祭るべき祭壇が空だったの」

 それは確かに大事件だ。すると、もしかして……?

「もしかして、それがないと教会の再建が進められないんですか」

「そうね……」

 俺の旅の仲間であると同時に、レベッカさんは大教会の聖騎士。ここへ来た目的の中でも特に大きなものが、前の領主に弾圧され破壊された教会の再建。

 建物だけじゃなく、聖意物という貴重で大切なものまでなくなっていたのか。

 レベッカさんが深刻な表情をしてる理由がわかった。

「こちらでどうしようもなければ、大教会から分けてもらうことになるけど、かなり高額の寄付を要求されることになると思うのよね……つまりその、リオンが」

 ……なるほど。今はここの領主は俺だから、この土地の教会のために寄付をするとなれば、まずは俺からか。

「だいたいこのくらいっていう金額があれば、何とか用意できる、かも……。できるといいな……。いや、どうかな……」

 かなり高額、とわざわざ言うからには、俺の金銭感覚を大きく上回ってる可能性が高い。

 そうなると正直、いったいどのくらいの額になるのか理解が追いつかないな。

 港や堤防の整備なんかも、こんな田舎村のものでさえ、俺個人の財布から出すにはかなり重い金額だった。

 そのくらいになると、俺の頭は『とにかく多額』という以上の認識を拒否してしまう。俺の所持金の上限は、それよりもっと下ってことなんだろう。

 ちゃんと理解できる人はすごいと思う。この館では、クレールとステラさんがそうだ。

「金額の問題だけに留まらない。教会の司祭自体も大教会からの推薦者を断れなくなる。大教会の利益を優先して、村の利益に寄与しない人物が来る可能性が高まる」

 フューリスさんの長考がまだ続いているからか、ステラさんも話は聞いていたらしい。その上でそんな指摘をくれた。

 とすると、必ずしもお金で解決できる話ってわけでもないのか。

「……処分した財産の中に、聖意物は?」

 念のため、ステラさんに尋ねてみる。

「こちらの記録によると、聖マウロの遺骨の一部があったはずですわ」

 ペネロペからの補足を受けて、ステラさんはしばらくぼーっと中空を眺めていたけど……。

「なかった。そのはず」

 最終的にはそう返答した。

「やっぱり持ち出されたと考えるのが自然かな」

 もしも前の領主の弾圧に耐えかねて村を出た司祭が持ち出したなら、いずれ戻してくれるかもしれないけど……そうだとしてもいつになるかわからない。期待はできないか。

「どうにかならないかしら。何か代わりになる物があるといいのだけど……ああ、頭が痛い……」

 うーん。お金で取引できる物なら、ユウリィさんに頼んでみればなんとかしてくれそうではある。いずれにせよ高額なのは同じだけど……。

「あてはある」

 突然そう言ったのはステラさん。

 頭を突き合わせて唸っていた俺たちがみんな「えっ」と声を揃えてしまったのも無理はないだろう。

 視線が集中してもステラさんは動じないで、言葉を続けた。

「師匠の家にがらくた同然に置いてあった。そのはず」

「がらくたって……」

 思わず、という感じで声を上げたのはレベッカさん。気持ちはちょっとわかるな。

「聖人の遺骨が普通の人間のものとどう違うか、師匠が実験した余りだという話だった」

 レベッカさんとペネロペが揃って絶句。

 信仰にさして熱心でない俺でさえ、さすがにそれはどうかと思ったくらいだし仕方ない。

 二人の様子を見たステラさんは、相変わらず表情はほとんど動かさなかったけど。

「……その詳細を語るのは控える」

 そう言ったのは、レベッカさんがいるから配慮したのかもしれない。

 でも、配慮するならその前の段階からの方が良かったかな……。

「ま、まあ。それを譲ってもらえるなら、解決するわね」

 どうにか気を取り直した顔でレベッカさんが言うと、ステラさんも頷いた。

「手紙を書く。返事が来るまでしばらくかかる。希望があれば伝える」

「私は特にはないけど、ペネロペは……」

「聖ルクレツィアのゆかりのものがいいですわ!」

 それまで頭を悩ませ唸っているばかりだったペネロペが、急に元気になってそう主張した。その聖人のことを深く尊敬しているみたいだ。目が輝いてるし。

「希望通りのものがあるかどうかは不明だが、書くだけは書いておく」

 ステラさんはそう請け負ったけど……。

 それって、実験材料にされた残りなんだよな? 特別に尊敬してる聖人のものなら、そこにない方が幸せな気がする……。

 ともあれ、強くこだわらなければ、何らかの聖意物を譲ってもらえる可能性は出てきた、かな。

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