竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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傭兵組合詳報

「傭兵組合詳報の記者?」

 何日かに一度開いている陳情受付の時間に、そう名乗る人物が訪ねてきた。

「あい。名前はネスケっていうっす。よろしくっす」

「はあ。よろしく、ネスケさん」

 服装からして、どうやら旅の人らしいのはわかった。

 陳情は村の住民じゃないといけない……とは決めてないから、旅の人が訪ねてきてもそこは問題ない。

 女性の一人旅だとしたら珍しいと思ったけど、組合に所属してるって事は、記者とはいえ傭兵なんだろう。それなりに腕に覚えのある人なのかもしれない。

 セミロングの、収まりの悪いダークブラウンの髪に、同じ色の瞳。

 あまり言うとまたクレールあたりからからかわれそうだけど、まあ、美人だ。歳は、俺より上なのは確かだ。童顔だけど、体つきが俺より年下とは思えないし、それに……。

「……何かお酒の匂いがするような」

 いつも通り、左右にはクレールとステラさんもいるけど、俺も含めて、三人ともそう酒量が多い方じゃない。特にステラさんはまだ飲めない歳だし。

 なのに実のところ、匂いがするような、どころじゃなくて……。

 ぷんぷん、というくらい、お酒の匂いが漂っている。

 この記者の人が俺より年下ではありえない、と思ったのは、これが一番の理由だ。

「村の方でちょっといただいたっす。いやー、いいっすね、あのお店。新鮮な牡蠣がワインに合う合う。もーサイコーっす」

 料理とお酒と言ったら、村の酒場しかないな。確かにあそこは料理も美味しい。お酒も、以前は領主の目を盗んで作った密造酒しかなくて味はいまいちだったらしいけど、今は旅商人のユウリィさんを通して余所の町や村から良いものを仕入れてるんだそうだ。

「……で、飲んできたと」

「いやー、最初は食事だけのつもりだったっすけど、生牡蠣。一口食べたらお酒が欲しくなっちゃったっす。そしてその判断は間違ってなかったっす」

「はあ」

 酒場にいたら、お酒を飲みたくなって、飲んだ。

 それはいい。そういうお店なんだし。

 でも……その足で来ちゃったかあ……。

 赤い顔に、どことなく焦点が合ってないようにみえる目つきで、傭兵組合詳報の記者……ネスケさんが、にへらっ、と笑った。

「それで、取材なんすけどー」

「はい」

「……ひっく」

 正直に言うと、これでよくこの館まで来られたな……という状態。

 大丈夫なのかな。少し心配になる。

「中庭に出た方がいいんじゃない? 椅子とテーブルあるからさ。座ってもらった方がいいよ。たぶん……」

 クレールの提案で、広間から中庭に場所を移して、記者であるネスケさんからの取材に答えることになった。

 中庭には春の午後の柔らかな日差しが降り注いでいて暖かい。端の方ではスペースハムスターのハスターが丸くなってる。夢でも見てるのか、寝言みたいなうめき声を出してるけど。

「えーっと、これは前に発行した冬号の普及版っす」

 そう言って、ネスケさんが鞄から何枚かの紙を綴じた小冊子を出してきた。一番上の紙には『傭兵組合詳報』の文字。それと確かに、冬号普及版とも記されていた。

「俺は初めて見るけど、どういうものなのかな」

 尋ねると、返事をくれたのはステラさん。

「傭兵たちの間で出回る情報紙。街道の封鎖情報や、各地の領主の格付けなどを掲載している。今は季節ごとの年四回発行。要点をまとめた速報版と、少し遅れて発行されるが完全な情報が掲載される普及版がある。四百年近い歴史がある」

「おおー、詳しいっすね。その通りっす」

 ステラさんの説明に、ネスケさんは拍手。ステラさんは何でも知ってるな……。特に今の説明は、ネスケさんから聞くより良かったかも。何しろあっちは相当酔ってるみたいだし。

 で、肝心の内容だけど……。

「格付けとかあるのか」

 確かに、傭兵……特定の誰かと主従関係を結ばずに、一時的な雇用関係を結んで給金をもらって戦っている人たち……からしてみれば、雇い主が信用できる人かどうかは大事な情報だろうと思う。

 それに対して、格付けされる方がどんな気持ちになるかは……。

 これからわかるかな。

「あい。各地を旅する傭兵の間では美味い店の情報が求められているっす」

「格付けって、そっち?」

 同じテーブルで話を聞いていたクレールが首を傾げた。その気持ちは俺と、たぶんステラさんも共有したと思う。

「もちろん、領主についても厳正な格付けをしてるっす。でもそっちはおまけみたいなものなんで、あまり身構えなくてもだいじょーぶっす」

 そうなのか。……そうなのか?

 実際に言う通りなのか、ただの冗談なのか、酔ってるから正確じゃないのか、どれとも判断できないな。

「ということは、前の領主も格付けがあったんでしょ? どんな感じだったの」

 そう質問したのはクレールだけど、それは俺も気になる。

「えーっと、それについては昔のから写してきたんすけど……」

 ネスケさんは鞄をごそごそとかき回して、一枚の紙を取り出した。

「……汚れ仕事が多い、傭兵を使い捨てにする、と悪評があったっすけど、金払いは良かったってことで、星三つっすね。ちなみに星五つが最高評価っす」

 そういう情報が出回った結果、金がもらえれば何でもいいっていうならず者が集まってきて、前の領主の私兵になったわけだ。なるほど。

 そう考えると、どう書かれるかは結構重要な気がするな。

「リオンはどのくらいになりそう?」

 回りくどい駆け引きもなしにまっすぐにそう訊ねたのはクレール。

「それはまだ決まってないっすねー」

 返答はそれ。取材はこれからなんだから、まあ、当然か。

「複数の記者の評価で総合的に判断するっす。だから、はっきりとは申し上げられないっす。正しい評価をするためにお土産とかもお断りしてるっす。正体を隠して視察している記者もいるっす」

「正体を隠して!」

 そんなことまでするのか。取材も大変だな。

 書かれて困るような行いはしてないつもりだからいいけどさ。

「でも、この村ってそんなに旅人がいるわけじゃないから、すぐバレるような気がするな」

「それは、気のせいっす」

 そう言われてもね。気付かない振りをするのも面倒くさそうな。

「ともかく、私は主に対談の担当なんで、ぜひ正直にお答えいただければと思うっす」

「はあ……。嘘をつく理由もないですし、いいですけど」

 訊かれてもわからないことはありそうだけどね。まあ、クレールとステラさんもいるからフォローしてくれるだろう。

 ネスケさんは鞄から手帳と、それから小さなインク壷を取り出して、右手にはペンを握った。本格的だと思ったけど、記者なんだからそれで当たり前か。

「そいじゃ、えー……基本的なとこから、っす……」

 いざという瞬間になって、ネスケさんの声が細くなった。

 心なしか、まぶたが落ちかけているような。

「……大丈夫?」

「いやっ、ねてないっす。ちょとふわっと……しただけっす」

 ……酔ってるのか。

 それでもここを訪ねてきたのは、やる気があるからなのか、それとも、正常な判断力を失っているのか。

 生命に関わるほどの痛飲ではないとは思うけど、果たしてこれで取材できるのかな。

 俺のそんな心配をよそに、明らかに泥酔状態のネスケさんは質問を繰り出してきた。

「えっとー……リオン・ドラゴンハート男爵閣下はー、ご結婚のご予定はあるっすか?」

「ん?」

 何だ、その質問……。思わず聞き返してしまった。

「跡継ぎがいるかどうかは、安定的な領地経営に関わることっすよー」

 ああ、そういう意図か。それは、うん。わからなくもない。

 ちょっと、左右からの視線が気にはなるけど。

「いや、今のところは」

 隣に座ってるクレールが、聞こえよがしのため息。言いたいことは何となくわかる。ただ、今は俺がまだ、誰かとそういう話を進める準備を済ませられてない。

 ちょっと申し訳ない気持ちでいると、目の前の記者からは……

「結婚はしてないけどお子さんはいらっしゃる、とかはないっすか?」

 さらにそんな質問が来た。

「ないです」

 それに関しては、はっきりきっぱり簡潔に答えたけど。

「そうなんすかー。よりどりみどりって感じに見えるっすけどー? うへへぇ」

 ネスケさんが、なんというかこう……下品な笑顔を、向けてきた。

 そんな言葉、女性の表情に対して使うことになるとは思わなかったな。

「取材って、こういう質問が続くんですか」

「いやあ、これは取材っていうか、私の個人的な興味っすー」

「…………」

 取材じゃなかったのか。違うなら違うとあらかじめ言っておいて欲しい。

 という気持ちでため息をつくと……。

「ついでに聞いちゃいますけど、いま傍にいるお二人ではどちらがお好みなんすか? ん? ん?」

 さらにひどい質問が来た。笑顔の下品さも度を増して、最初に美人だと思ったのを取り消そうかと思ったくらい。今の顔を先に見てたら、そもそもそんな評価はしなかっただろうし。

「真面目な話じゃないようだし、取材の話はなかったことに」

 そう言って席を立つそぶりを見せると、ネスケさんは大慌てで頭を下げた。

「あっ、失礼したっす……。何か話しやすそうだったから、つい素が出ちゃったっす」

 うーん……それって、俺に威厳がないってことかな。経験も浅いし当たり前だけど。

 なんてことを考えていると、神妙な顔つきだったネスケさんが……

「あとでこっそり教えていただければオッケーっすから」

 と囁いてきた。

 この人は……まったく、しょうがない人だな。

「……今後の立入禁止もつけましょうか?」

「あー、いやー、それはホント勘弁してほしいっす……」

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