春の朝。寝心地がいいのか、クレールなんかは朝食の席に呼ばれるまで自分の部屋で寝ていたりする。朝風呂をすっぽかしたクレールの髪の毛は、寝癖がすごいことになるんだけども。
俺は昔からの習慣で、寝起きは悪くない方だ。
いつも通り、日の出を待たずに起床して、まずは鍛錬。
冬の頃と違って、こんな早朝でも寒さはほとんど感じない。
不思議なことに、こうして毎朝鍛錬をするようになったら、魔獣と戦っていた頃より身体ががっしりしてきた。筋肉が付いてきたというかな。それも、農作業向きの身体でなく、戦いのための身体になってる感じ。
やっぱり俺の強さって、魔獣や竜を倒して得た
その強さに、身体が追いつくといいけど。そうすれば、見た目で弱そうと思われないで済むようになるはず。
一応、背は少し伸びた……と思う。どのくらいまで伸びるかはまだわからないけど、あと少しでレベッカさんの背を越えられると思うんだよな。そのあたりをひとまずの目標にしてる。
いつも通りおいしい朝食も終わって、みんなの予定の確認も済んだ。
俺は午前中のうちはステラさんとクレールに手伝ってもらって、書類の決裁をやる予定。二人によってすでに整理されてる案件を、それぞれ認めるか認めないか……と言ってもこれも助言に従うだけだから、俺の仕事はほとんどない。
俺に限って言えば、領主って楽な仕事だと思う……大変なところを引き受けてくれる人がいるからだけど。
食後の小休止の後で執務室に入る。ペンとインクの準備くらいは自分で……と思っていると、次に入ってきたのはクレール。
「ねーリオン。昨日の人が来てるけど」
「昨日の?」
昨日は陳情受付をしたから何人かと会ったけど、クレールなら村の人はほとんど覚えてるから、どこの誰なのかを名前で言ってくれるはず。
ということは、あの人か。
「傭兵組合詳報の記者だっていう……ネスケさん?」
「女の子の名前は忘れないよね、リオンって」
呆れたような声音で、クレールが言った。
「……男でもわりと覚えてるよ」
そのはずだ。
「それはいいとして、何か様子が変なんだよね。リオンに会いたいらしいけど、どうしよっか?」
クレールはそう言って首を傾げたけど、その説明じゃ俺も何が何だかわからない。
仕方がないから、ともかく会ってみることにした。
正門は開け放たれている。村の人に何かあればいつでも訪ねてこられるようにそうしてるんだけど、でも、ネスケさんはそれより外側に立っていた。
俺とクレールが館から出てきたのが見えたのか、姿勢を正して……を通り越して、がちがちに緊張した姿だ。
「昨日はどうも、ネスケさん。こんな朝から訪ねて来たのは、何かあったんですか?」
俺の方から声を掛けると、ネスケさんは何か喋ろうとしてはやめ、口を開いては閉じ……という動作を何度か繰り返した。
「す、すみません。あの、私、傭兵組合詳報の記者で、ネスケと申しまして……あの、取材を申し込もうと思ったんですが……」
やっと、そんな言葉が発せられた。
……でも不可解だな。
「昨日のでは足りなかったんですか?」
理由といえば、そのくらいしか思い浮かばない。
でも、途中途中に少し品のない質問があったとはいえ、結構時間を取って真面目な話もしたし、記者らしく熱心にメモを取っていたのも見た。
なのに、改めて取材をされたところで、昨日話した以上のことが話せるとも思えないけど。
首を傾げてから、ふと。
「そういえば、今日は酔ってないんですね」
言うと、ネスケさんの肩がビクッと震えた。
「あの……ご迷惑を、おかけしませんでしたでしょうか……?」
か細い声でそう尋ねられて、俺はまたクレールと顔を見合わせる。
確かに様子が変だ。昨日と全然違う。
……いや、昨日のあれは酔っていたんだから、こっちが普通の状態なのか。でも初対面の時の印象がアレだったから、今のこの様子にはちょっと違和感があるな。
で、迷惑をかけられたかというと……。
正直に言っていいものかな。
「……その沈黙が答えなんですね……」
ほとんど泣きそうな顔から呟かれた声が、俺の耳にも届いた。
「まあ、ねえ……」
酒の席でのことなら、あのくらいはお互い様かな、という気もするけど。
この人だけが酔っ払った状態だったから、同席した俺やクレールとの寒暖差は、正直かなり大きかったな。
ただ、確かに少しは迷惑な質問もあったけど、取材全体としては記者としての熱意も感じたから、不問にすることにしたんだった。
「あの……」
遠慮がちに、ネスケさんが続ける。
「実は私、先日ようやくこの仕事を一人で任されたところでして……そんな緊張をしていたら、あの……つい飲み過ぎてしまって……」
そういう経緯は、理解はできるけどね。許容するかどうかはともかく。
「朝起きたら取材メモらしきものがあって……あの……酔っている間にお邪魔したんです……よね……?」
「覚えてないってこと?」
クレールが質問で返すと、特に詰問する口調でもなかったにも関わらず。
「ごめんなさいごめんなさい!」
そう言って頭を抱えてしまったから、どうも重症だなこれは。
「あの、私、今回の取材は失敗するわけにはいかないんです。そういうことですので、あの……お手数でなければ、もう一度、取材のやり直しを……」
どうしようかな。今日は書類を処理してしまうつもりだったけど、取材を受ける時間もないというほど忙しいわけでもないから、受けてもいい。
でもその理由が、記者が酔ってて覚えてないから、となると。
軽々しく再取材を許していいものかな。
さすがに、ちょっとくらいはペナルティを与えるのがむしろ大人の対応のような気がするけど……。
「メモがあったんじゃないんですか?」
そう尋ねると、ネスケさんは空を見上げてうつろな笑顔を浮かべた。
「……読めないんです……」
「…………」
結局、かわいそうという思いが勝って再取材を許してしまうことになった。
クレールからは「リオンは女に甘い」って評価をもらうことになったけど……確かに、この記者が俺より年上の男だったら再取材を許してなかったと思うから、その評価は甘んじて受けるしかないところではある……。