執務室に場所を移して、結局、昨日話したことをもう一度最初から話した。
さすがに二度目だから口も滑らかになるな。
ステラさんは、昨日と全く同じ道筋の取材にはあんまり興味をそそられないみたいで、何かあれば呼ぶように言い残して書庫に行ってしまってるけど。
「将来的には村の人たちの合議で領地運営をしていけるように道筋をつけてから、領主というより住民の一人として領地に関わっていけたらと」
「なるほどなるほど」
聞く方も意識がはっきりしてるから変な遅滞もない。
取材に熱心なのは昨日の時点でも感じていたけど、今日はなおさら強く感じる。
「最後に、あの、これは真面目な話なんですけど」
熱心に書き込んでいた手帳から顔を上げて、ネスケさんが俺を見た。
「記事の中に独身アピールは入れますか?」
……酔ってるわけでもないはずなのに、よくわからないことを言うなあ。
「それ、入れるとどうなるんですか」
「男爵夫人の座を狙う傭兵女子からのアタックを期待できるようになります」
なるほど、そういうことか。
何だか男女とも下心が見え見えな話だけど、お互いに下心があるのをわかって付き合うなら、ある意味では対等な駆け引きなのかもしれない。
とはいえ、それにしても。
「傭兵女子……の、アタック……」
俺の呟きに、クレールが苦笑。
「わりと痛そうだよね……」
結局、独身アピールはしないことにした。単に言葉の選び方の問題なんだろうけど、傭兵女子から
そんな最後の質問も済んで、取材は終わり。昨日とほぼ同じ量を話したわりには、かなり早く終わったな。
まあ、本来なら今日の取材なんてそもそも不要だったんだけど。
「そういえば、ネスケは独身なの?」
突然、クレールがそう訊いた。
そういう質問って、失礼にならないのかな。俺もネスケさんから訊かれたからお互い様かと思わないでもないけど、女性に対しては少し慎重にした方がいいような気がする。言い方を変えると、あまり触れない方がいいというか……。
「そうですけど、それが?」
別に気分を害した風でもなく、ネスケさんが首を傾げた。ふう。
「いまこの領地ではいろんな税が免除されてるから、このうちに結婚したいっていう人がいるんだよね。だから、村にいたら求婚されるかもね?」
「そうなんですか。なるほど……」
そういえば春祭りの時にも一組、結婚式をしてたな。そういう事情があったのか。……なんていま知るあたりから、俺の領主としての能力は偉そうに取材を受けるほどのものじゃないってことがよくわかるな。
ネスケさんはというと、見た目には美人だし、酒癖の悪さはあるけど、そのくらいなら愛嬌と感じる人もいるだろう。
「まーね、ここで結婚したいなら構わないけど」
と、クレールが続けた。
「断りたいなら『リオンの許可がないとできない』って言ったらいいよ。みんな『それなら仕方ない』ってなるから」
「……不本意だけど、そう言うと有効なのは確かです」
俺としても頷かざるをえない。何しろ、この館にいる何人かですでにその効果が実証されてる。
「困った時は使わせてもらいます」
ネスケさんは神妙に頷いた。
「まあ、断る必要がないくらいの良縁があることを願っておきます」
「ご丁寧にどうも……でも今はまだ記者の仕事をがんばりたいと思ってるので、ご期待には添えないかと……」
それならそれで構わないけどね。
「では、直接の取材はこれで十分ですが、他の取材のためにしばらくこの町に滞在しようと思いますので、何かあればおっしゃってください」
と頭を下げたネスケさんに、クレールが「あっ」と声を上げた。
「いま、町って言った」
ん。言ったな、確かに。
「あれ、そういえばリオン様は男爵位ですから、王国法上は村なんですね」
クレールが「そうだよ」と頷く。
今の王国法では、領地の規模は爵位で制限されているらしい。それは義務と権利のバランスでそうなっているらしいから、必ずしも悪い話ではないんだけど。
俺の爵位は男爵。その場合は領地の中で一番大きい集落が『村』を超えない。
いずれ『町』の規模に発展する時には子爵に上る必要があるけど、そのためには治安維持のための常備軍が必要だと聞いて、主に財政上の理由で、今のところは保留にしてる。
「でも、活気は感じましたよ。酒場も料理が美味しいだけでなく、どことなく上品な感じがしましたし」
判断の基準が酒場っていうのも……いや、傭兵としてはまずはそこからなのかな。あの店は宿も兼ねてるし、自分たちで陣地を作るような大規模傭兵団でもなければ、最初に目に留めるところなのかもしれない。
そんなことを考えていると、クレールもうんうんと頷きながら……
「あそこのマスターは先々代の領主のとこで家令だった人だからね」
「え、初耳だけど」
家令というと、貴族の家で事務や会計、食器や食材やお酒の管理、食事の用意と給仕、主人の身の回りの世話に私的な秘書、あるいは助言役もこなす……今の竜牙館で言うと、クレールとステラさんとニーナを合わせたような役割になる。
もちろん、貴族に仕えるにあたっては礼儀作法も大事だし、場合によっては貴族の子弟にそれを教える立場にすらなる。
話だけ聞くと、とてつもない超人みたいな感じだけど。
実際には一人でやるわけじゃないらしい。でもそれにしたって、できる人を雇い集めて統括するっていう役目もある。
完全無欠でないにしろ、何かしら秀でたところがないと務まらない仕事だ。
どうりで、あの人だけ他の人たちと雰囲気が違うと思った。
「親方が言ってたよ。先代に代わった時いざこざがあって辞めさせられたんだって」
その一事だけでも、前の領主の不見識が感じられるな。
それと、そういう話を今の今まで知らなかった俺の不見識も……。
「あとね、僕、もうひとつ訊きたかったんだけど。ネスケはどこでリオンのことを知ったの?」
クレールの方が記者になったみたいに、ネスケさんに質問した。
「それは、組合の先輩に言われて」
「誰だろう。リオンの知ってる人かな」
「いえ、多分違うと思います。先輩は帝麟都市の公示で知ったそうですし」
公示か。それだったら、全く面識がなくても知ってておかしくない。
「あれ?」
と、クレールが首を傾げた。
「帝麟都市? 雷王都市じゃなくて?」
「はい」
「……あれえ?」
言われてみれば、確かに変だな。
雷王都市からは俺の爵位を認める手紙が届いた。
でも、帝麟都市からはまだ何の返事も届いてない。
それなのに、公示には載ってる……?
「クルシスが申請の書類を帝麟都市まで届けてくれて、多分、その返事も受け取ったんだろうけど……まだ帰ってきてないな」
帝麟都市はかなり遠いし、ある程度時間がかかるのは想定してたけど、公示を見てから訪ねてきた記者の方が早いとなると……。
クレールが首を傾げたまま、呟いた。
「どこかで寄り道してるのかな?」