クルシスとの練習試合をやることになった。
今日は朝から快晴。雲ひとつない。ついでに言うと、外せない予定もまったくない。それは朝食の席でステラさんにも確認した。
体調は万全。……日常生活を送る上では、の話だけど。
他の誰かなら、そんなに心配しなくてもいいところだけど、今日の相手はクルシスだ。木剣での練習試合とはいえ、少し興が乗ると、体内の
もし自覚できるほど危険な兆候があれば、途中で切り上げるつもりだ。
……他の誰にも話してないから、自分で気を付けなくちゃな。
急ぎの用がない何人かは、一緒に前庭に出てきて、邪魔にならないくらいの距離をとって俺とクルシスを眺めてる。
特に俺に注目してるようなのはペネロペ。そういえば、ペネロペの前ではまだあまり俺の戦いを見せてはいないな。ここしばらくは俺が直接手を出すような魔獣も出てないし。
あまり無様な姿は見せられないけど、さて。
相手がクルシスだからなあ。
剣技の腕も、打たれ強さも、俺より上。
俺はというと、速さではクルシスに少し勝ってると思うけど、それが必ずしも有利かというとね……。
練習用の木剣を選び終えたクルシスが、肌身離さずで帯びている魔剣を、鞘ごと、前庭の端に突き立てた。その衝撃で、鍔と鞘の間から冷気が白いもやになって漏れ出る。
「そういえば魔剣技についてクルシスに訊きたいんだった」
ふと思い出して、口を開いた。
「魔剣技か。私の魔剣〈極北の魔神〉には大凍冷波があるが」
銘のある魔剣が持つ特別な能力――魔剣技は、俺の魔剣〈
「少し前にクレールたちと話していてね。魔剣技を使う時の気持ち、というかな……あと、
「確かに魔剣技は他の剣技とは違うな」
クルシスが頷く。でも、続いた言葉は……
「その魔剣に備わった何かが私の力を吸い上げていくような感覚だ」
「うん? 俺のとはちょっと違うな……」
俺の場合は、
「成り立ちのせいかもしれん。〈極北の魔神〉はその名の通り、剣に魔神が封じられていると伝え聞く」
なるほど。何となく、想像はできた。
「持ち主の
「そうなるな」
「とすると、俺の魔剣よりも〈魔杯〉に近いものなのかもしれないな。油断すると危険がありそうだ……」
魔杯は、不老不死と無限の魔力を所有者に与えると言われた魔導器だ。俺も見たことがある。これに宿っていた悪鬼が、クレールのお父さん――〈
銘入りの魔剣を造るには、いろいろ危険な工夫が必要……ってことになるのかな。
ニーナの包丁を魔剣化した時に、いずれは銘入りの魔剣を、なんて考えたこともあったけど、ちょっと厳しそうだ。
「我が兄マルスを剣鬼たらしめたのも、剣に宿る魔神の働きかけによるものだったかもしれん。だが、それゆえにこそ、この魔剣にはまだ可能性を感じる」
「可能性?」
聞き返すと、クルシスは頷いた。
「剣自体が成長する可能性。そして、新たな魔剣技を得る可能性だ」
そうか。その中にいるものが生きているなら、そういうことがあるかもしれないのか。
「魔剣王の足跡を辿りたいと思ったのもそのためだ。その軌跡から、何かを得られるかもしれん」
「なるほどね」
クルシスは俺と違って、剣鬼や邪神が現れる前の、もっと幼い頃から剣の道を歩んできた。そして、脅威が去ったからといってその剣を置いたりもしていない。
俺とは剣に対する考え方が違うんだよな、根本的に。
「そして、お前と剣を交えたいと思う理由のひとつでもある」
「はは……」
いずれまた、俺はクルシスに負けるのかもしれない。
一進一退とか、勝ったり負けたりとか、そうじゃなくて。
こいつにはもう勝てないな、っていう……。
いや、もしかすると、それが今日なのかも。
「では、そろそろ――」
と、クルシスが口を開いた瞬間。
「そ、その勝負、ま、まっ、待ってぇー」
門の外から、そんな声が聞こえた。
「あれ、ネスケさん」
見れば、鞄を抱えたネスケさんが息を切らせて走ってきているところだった。
そしてそのまま門をくぐって、前庭に駆け込んできた。ぜえぜえと荒い息を吐いて、顔は赤い。相当急いできたのか、あるいは……
「知り合いか?」
怪訝な顔で訊ねたクルシスに頷いて返すと、クルシスはそれ以上は何も言わなかった。
ネスケさんはそんなクルシスにちらりと視線を向けてから、俺の方に向き直って、にへらっ、と笑った。
「かの有名な流浪の傭兵〈剣狼〉クルシスが来てるって聞いて、とんできたっすー」
ん、なるほど。今日の目当てはクルシスか。
クルシスほどの達人なら、人目に付けば有名にもなるだろうな。
ここに来てるのを聞いたのは、今日はマリアさんが魔女の店に行ってるから、そこからかな。村の人たちはクルシスのことはあんまり知らないだろうし。
それにしても。
「クルシス、そんな異名があったのか」
「他人が言っているだけだ」
あまり興味なさそうに……いや、それどころか少し迷惑そうに、クルシスが言った。
「ぜひ取材させて欲しいっすー」
締まらない笑みを浮かべたネスケさんが口を開くと、……ふむ。
「それは日を改めて、酔ってない時に来てください」
「酔ってないっすよー」
酔っ払いはだいたいそう言って自分が酔ってることを認めないんだよな……。
気を取り直して、クルシスとの練習試合に臨む。
練習だから、はっきりと勝敗を決めるわけじゃない。
ただ、俺とクルシスなら、打ち合えばお互いの力量はわかる。
――どっちが勝者かってことも。
背中合わせからお互いに五歩ずつ離れて、十歩の距離。
クルシスが相手だと、これでもひどく近く感じる。二人が同時に駆け出せば一息の距離。
双方とも、得物は木剣。加えて、俺は念のため革鎧を身に付けている。一方、クルシスは普段着のまま。
これは俺たちの闘法の違いのせいでもある。ただ正直なところ、俺たちの戦いで革鎧は役に立たない気はしてるんだけど。武器が木剣だから、そもそも致命傷はもらわないだろうし。
「リオーン、がんばれー」
応援してくれたのはクレール。
みんなは俺たちの練習試合を、完全に観客として、お菓子を食べながら見物してる。気楽なもんだなあ、とは思うけど……俺も普段は気楽に暮らしてるから、とやかく言えないな。
「では、始めよう」
クルシスが剣を構える。と同時に、その全身から
そのせいで、手にしているのはただの木剣のはずなのに、まるで魔剣のように感じられる。
一瞬だけ、ためらって……。
俺も
大丈夫。異変は感じない。むしろ、久々の戦いの予感に、心が跳ねている。身体はまるで乾いた布が水を吸うみたいに
ざあっ、と景色が変わった。
余計な物が消えて、向き合ったクルシスだけが視界に残った。
そのクルシスが最初の一歩を踏み出すのと、俺が最初の一歩を踏み出すのが……
ほぼ、同時。