結論から言うと、俺が勝った。
クルシスの手に魔剣がなくても、その剣技の多彩さは損なわれてない。
でも俺も、クルシスの技は何度も見てきてよく知ってる。
お互いに間合いを計りながら、ほんの少しの隙を見付けては木剣を振るう。それが致命打にならないように受け止め、弾き返して、また間合いを計る……。
何度打ち合ったかは数えてないけど、それなりの時間だ。
クルシスが、体勢を崩した。
俺がそうしたというよりは、何か目測を誤って足を踏み違えたような、そんな崩れ方。
一瞬だったけど、その一瞬に、俺の木剣がクルシスの左腕を打った。
それがきっかけで、クルシスには勝負を急ぐような動きが見え始めて……
やがて、ざあっ、と後方に飛びすさった。
クルシスはその距離で大きく息を吸って、雄叫びと共に体内の
きっと勝負を決めるための大技が来る。
俺も息を整えて、剣を構え直し――
いつの間にか、クルシスが眼前にいた。
そして連撃!
いや、とてつもない速さのこれは――連撃というより、乱打だ!
その間、クルシスは瞬きも、息継ぎすらしない――
なのにペースが乱れない。反撃の隙を見いだせない!
木剣同士がぶつかり合う音は轟音に、衝撃で四散した
でも、こんな攻撃が長く続くわけないのも当然のこと……
耐え続ければ勝機はある!
クルシスの乱打にこっちも剣を合わせて弾く。それでもどうしても届かないのは身体をひねって避け、あるいは籠手で受け流して、限界を待った。
その読み通り、ついにクルシスの身体がぐらついた。と同時に、打ちつけられる剣の威力も弱まる。
この好機に俺は、大きく一歩踏み込んだ。
一息にクルシスの剣を打ち上げ、そして、空いた胴に渾身の突きを……致命打の直前で止めた。
これで――、決着。
クルシスはそのまま仰向けに倒れて、空を見上げたまま荒い息をついた。
改めて見回すと、前庭は酷い有様だった。
俺とクルシスが
観戦していたみんなも、始める前と比べて距離が遠い。巻き込まれないように避難したか……賢明な判断だと思う。
「まさか、あれをすべて受けきられるとはな……」
ようやく息が整ったクルシスが、前庭に座り込んだまま呟いた。
俺も、あれはまあよくがんばったと思う。もう少し長く続いていたら、致命打をもらったかも。
それにしても……二人ともかなり無茶して打ち合ったせいで、練習用の木剣はぼろぼろだ。もう使い物にならない。とはいえ、木製にしてはよく保った方かな。
俺たちの魔剣ならどっちも銘入りで壊れる心配はないけど……練習試合で使うものではないよな。
「クルシスが持ってたのが魔剣だったら、防げたとは思えないな」
俺は正直な感想を口にしたけど、クルシスの表情を見るに、どうも納得してないらしい。
「お前が魔剣を振るっていたら、私は腕を斬り飛ばされていたかもしれん」
それは、確かにそうかもしれない。お互い様か。
反論できずにいると、クルシスがため息をついた。
「……勝ち筋が見えたと思えば消え、消えたと思えば見え、それがまた消え……次の一手の判断を狂わされた。相変わらず、不可解な奴だ……」
そういうものなのか。確かに、平衡感覚は抜群のクルシスが、途中途中でどうも妙なふらつきをすると思ったのは、判断のミスを修正しようとしてたからなのか。
「剣をちゃんと学んでないからじゃないかな。見様見真似で――」
俺は元々、田舎の農村の出身。そこでは剣を持って戦うことなんてない。それができる人もいない。もし戦わないといけなくなったら農具が武器、っていう場所だ。
だから俺は、雷王都市で叔父さんの仕事の手伝いをすることになって、その時にようやく、初めて、自分の剣を買った。
それが一年半くらい前。
だから、正しい構えや型、それに歩法……そういうのは、全くと言っていいほどわからない。
ヴォルフさんやスレイダーさん、それにもちろんクルシスにも、少しは訊いてみて、自分なりに取り込んだつもりではあるけど……あんまりうまくいかなかったな。
きちんと剣の流派を修め追求してきたクルシスの勘を鈍らせてるのは、そんな俺の、素人の思い付きみたいな動きかもしれない……。
「違うな」
クルシスは、首を横に振って俺の説を否定した。
「素人の思い付きごときで私の剣技に耐えられるはずがない。お前には私と違う道が見えていて、それをしっかりと血肉にしているのだ。それで、私の予想と違う……いや、私の予想を超えた動きをする」
クルシスがそう言って、そういえば、と思い出した。
俺の動きは
なんて。そう簡単な話でもないんだろうけど。
「相変わらず強い。私も負けたままではいられんな」
剣の達人であるクルシスからそう言われるのは、悪い気はしない。
あまり謙遜しても失礼だから、賞賛は素直に受け取っておくことにするか。
「だが……」
と、クルシスが続けた。
「……かつて私はお前にこう訊いたな。『お前にとって剣とは何だ?』と」
ああ。その質問は、確かにされたな。
あの時クルシスは、剣は人を殺す以外に使い道がない、と言った。そして、剣の技を極限まで磨くと、自分は剣と同一のもの――つまり、人殺しになるのだと。クルシスと同じ道を歩んだ双子が〈剣鬼〉になったから、クルシスはその思いを強くしていたんだろう。
俺の答えは確か――
「お前は言った。剣は鏡だと」
そうだ、それだ。
戦うための物、戦うための技。それを手にしたとき、その力を自分はどう使うのか、どう使うべきか。剣はそれを問いかけてくる。その答えが、自分の剣に宿る。剣に映った答えを、俺は見る。
確かそんなことを、クルシスに言った。
剣を振るう機会は減ったけど、その考えは今でも変わってない。
「お前の剣を、お前の心を、私は見た。……今のお前には迷いがあるな。剣から伝わってくる」
言われて、どきっとした。
「そうかな……」
とりあえず、とぼけてみたけど。
「そうだ」
クルシスは断言した。
……迷い、か。もちろん、ある。
身体に蓄積した
「お前の迷いが何なのかはわからんが……」
クルシスは、この場でそれを問いただそうとはしなかった。
「迷ってもいい。だが、臆するな」
理由も訊かずに、それはクルシスなりの激励なんだろう。
「あの霧の中で、私たちは自らの中にあった剣鬼への恐れと向き合ったな」
かつて挑んだ神託の霊峰で、俺たちは悪夢の霧に囚われた。
俺たちの前には死んだはずの剣鬼の亡霊が現れて……
一度は倒したはずの相手なのに、故郷を滅ぼされたときのことを思い出すと、怖くて、何もできなかった。
でも……
「それを、私たちは二人で断ち切ったはずだ」
クルシスの言うとおりだ。
あの時に俺の迷いを断ち切ったのは、直接的には俺の魔剣〈
その力をくれたのは、仲間たちだった。一緒だから、乗り越えていけた。
「同じことだ。お前は必ず乗り越えられる。そのために私のちからが必要ならば、喜んで貸そう」
そう言ったクルシスは右手の拳で、俺の胸をとんと叩いた。
「ありがとう、クルシス」
「友なのだから、当然のことだ」
言って、クルシスが微笑した。ちょっと珍しいものを見た気分だ。
しばらく離れていたけど、クルシスとの友情は以前とまったく変わっていない。
それを確認したっていう話。