竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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強さの秘密

 俺とクルシスの練習試合を見ていたみんなの所へ行くと、ニーナがタオルと飲み物を用意してくれていた。これは……爽やかなレモンの香りがするな。

「私、感激いたしました。リオン様がお強いことは知っていたつもりでしたけれど、まさかこれほどまでとは……」

 そう言ったのはペネロペ。俺が本気で戦ったところを見たことがないから、そういう感想になるんだろう。

「リオンの力は、まだまだこんなものじゃないわよ」

「そこ、何でレベッカが自慢げなの」

 クレールに指摘されて、レベッカさんは顔を赤くした。

「だ、だって。私はリオンの素質を早い内から見抜いてたっていうか……わ、私が育てた? みたいなところがあるし……」

 と、しどろもどろ。

 まあ、真っ直ぐで力強いレベッカさんにお世話になったのは事実だ。

「お姉様がそう仰るのでしたら、真実なのでしょう。いつかリオン様の本気の戦いも見てみたいですけれど……」

 と、ペネロペが期待のまなざしを向けてきたけど……。

「俺がそんなちからを使わなくて済む方が、平和でいいと思うけどね」

 言われたペネロペも「そうですわね」と納得した口ぶりながら、ため息も漏らした。

「ところで、ネスケさんは……」

 俺の戦いを見たことがないという点はネスケさんもペネロペと同じはず。試合の前に駆けつけていたから、多分見ていたんだと思うけど。

「寝てるですよ」

 手を振ったナタリーに視線を向けると、ネスケさんはその横ですやすやと幸せそうに眠っていた。

「……やっぱり酔ってたのか」

 まったく、しょうがない人だ。放っておくわけにもいかないし、誰かに頼んで屋内のソファにでも移動させよう。

「しかし、不思議だな」

 一息ついた頃、クルシスが呟いた。

「お前が相当強いのは今も確かめたが、どうしてそこまで強くなれた? 農村育ちで力があるとか、肉体を鍛錬したからとかだけでは、説明できん。それならば私もさほど違いはないはずだ」

「それは、私も気になりますわ」

 クルシスに同調したのはペネロペ。

 でも、うーん。そう訊かれてもな。特に秘密とかはないつもりだ。

「気付いたらこうなってたよ。死にたくないから頑張ってきた、死線をくぐってきた、とは言えるけど」

 もちろん、クルシスがそれで納得するはずもない。

「何か特別な血筋なのか? 私が魔剣王の末裔であるように、お前も例えば、竜の血を引いてるというような……」

「そういうのはないって、聖竜には言われたよ。特別なものは何もなかったって」

 思い返すと『言われた』というより『断言された』って感じ。

 でも、確か……。

「人の心があるから勝てたんだろう、って言ってたな。人間は仲間たちと心を繋ぐことができるようにできていて、望んだことを実現できる力があって。それが人間の強さなんだって言ってた」

「仲間のために、か」

「おかげで、かな」

 それはクルシスが求める答えじゃないかもしれないけど、俺としては、そういう気持ちって大事にしたいと思うんだよな。

「んふ。僕のおかげってことだね?」

 ……クレールだけじゃないけどね。

「――仮説」

 と、ステラさんが口を挟んだ。

「私の師匠が言っていた。人間が魔獣を倒すと、その魔獣が持っていた霊気(マナ)の一部をその身に取り込むことができる。それは肉体の成長や鍛錬とは別に、本人の闘気(フォース)を高める。……リオンは多くの魔獣や竜を倒してきた。私も見ていた。仮説を証明はできていないが、私の実感としてはおおむね正しい」

 その話は、以前にも聞いたな。俺としては『俺の強さの秘密は、絆のちからだ!』でも良かったような気がするけど……。

「僕の父様もそういうの調べてたよ。ステラのお師匠様とほとんど同じ推察をしてたなー」

 クレールのお父さん……〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉からは、ちからを吸い取られたことがあるな。単に〈魔杯〉の能力というだけじゃなくて、そういう研究の成果でもあったのかもしれない。

「すると、弱い魔獣を倒すところから始めてちからを蓄えつつ、少しずつ強い魔獣と戦うようにしていけば、誰でも我らの域まで強くなれるのだろうか」

 クルシスの推測は、なるほど、とも思う。

 立派な聖騎士になりたいと望んでいるペネロペは、特に目を輝かせてるな。

「困難だと推測される」

 でも、ステラさんの返答は渋い物だった。

「どうしてですか?」

「ふたつ理由がある。ひとつめ。リオンには強力な魔剣がある。それによって強敵と渡り合えていた」

 確かに、強力なものだと知ったのはしばらく使ってからだったけど、魔剣は身近にある。

 でもなあ。

「強敵と戦えていたのは、仲間に恵まれたからだと思うけどね」

 そうでなかったら、そもそも魔剣を手に入れることもなかったわけだし。

「そういう運が必要」

 ステラさんは魔剣と仲間たちをひとまとめにしてそう言った。

 まあ、それなら間違ってはいない……かな?

「もうひとつの理由は?」

「討伐速度」

 ……そんなに速かったかな。

 確かにある程度ちからがついてからは、以前には苦戦してた魔獣を相手にしても苦労しなくなったけど。少し前に街道で出会ったサーベルタイガーとか。でも、特筆するほど速いとは思わないけどなあ。

 するとステラさんの解説は、俺が思ってもみなかった部分に及んだ。

「リオンは魔獣を倒すだけで、魔獣を由来とする素材に興味がない。金銭的な欲が強く素材や損得を気にする者は、討伐速度および討伐数でリオンに及ばない」

 ……なるほど。そういえばあんまり気にしたことないな。

 せいぜい討伐の証明になる角とか耳とかを取る程度で、先を急いでる時にはそれすらしなかった。

「しかしおそらく、そうした欲のある者の方が大多数。多くの者が挑戦しても、リオンの域まで達する者は少ないと推測される理由」

 そう言われると、そうなのかもしれない。

「確かにリオンと共にいた頃は毎日のように多くの魔獣を倒していた。私のちからも、その頃に特に急激に増したように思う」

 クルシスが頷くと、レベッカさんも「そうね」と応じた。

「私も、リオンと共にいてちからが高まったのは感じる」

 ステラさんもそう言って、クレールが――

「僕はまあ、元々才能があったからなおさらだね」

「……才能なら私が上」

「そうかなー?」

 負けず嫌いの子供か。まったく……。

「話を戻す。強い魔獣と戦えばちからが増すという仮説は、実感としては正しい。しかし、いのちを落とす危険もある。安易には勧められない」

「それは、そうだね」

 ステラさんが言って、クレールが頷いたのは、確かにそのとおり。

 俺も実際に何度も死にかけたし、まさに死の瞬間を幻視したこともある。

 今なら簡単に倒せる魔獣ですら、駆け出しの頃には絶望的な力量差がある相手だった。特に、迷宮の下層に巣を作っていた大蜘蛛(ブラックウィドウ)や、廃屋に隠された地下施設をさまよっていた被験体は、最初に出会った時には逃げることしかできなくて本当に怖かったな。

「大勢が集まれば、強い魔獣とも比較的簡単に戦えるのではないですか?」

 ペネロペが言ったのは、確かに、普通の考え方だ。大勢集まることで力を発揮してより強い敵と戦うっていうのは、ペネロペが目指してる聖騎士もそうなんだろうし。この村でも自警団はその方法で訓練してる。そこはステラさんも修正してないし、当然、有効だと思うんだけど……。

「魔獣を討伐した際に一人あたりが得る霊気(マナ)の量が減少する。その目的のためなら、討伐可能なぎりぎりの少人数が望ましい。危険は増大するので、生命を最優先にするなら採るべきでない方法」

 そこは金銭目当てでやる時と同じか。

 俺が強くなったのって、そう考えると、俺が思ってたよりすごいことなんだな。

「そもそも邪神討伐以降、魔獣の数と強さは減少、下降傾向。これからリオンに追いつくのはその点でも容易ではない」

 ステラさんによると、それが「世が乱れている時ほど英雄が現れやすい」という現象の原因だと考えられる……と。なるほど。

「……仮に、だが」

 考え込んでいたクルシスが、顔を上げた。

「リオンを殺すと、リオンが溜め込んでいるちからを奪える、ということになるのか?」

「物騒なこと言うなあ……」

 クルシスの場合は、完全に冗談とも言い切れないのがなんとも。

 さっきの練習試合では俺が勝ったけど、もし俺に武器がない時を狙って、魔剣を持ったクルシスが不意打ちをしてきたら、俺だって絶対に勝てるとは言い切れない。

 ……まあ、さすがに冗談だろう。うん。

 でも、そういうのを抜きにすると、実際その辺はどうなるんだろうっていうのは確かに気になる。

 答えを持っていそうなのはステラさんだけだから、自然と視線が集中した。

「人間の場合は、そうはならない」

 ステラさんの返事はそれで、俺は安堵の息を吐いた。

「通常、人間が死ぬと体内の霊気(マナ)は変質して冥気(アビス)になる。そして通常、人間は冥気(アビス)を受け入れる器官を持たない。死者から湧き出た冥気(アビス)は霧散するか、特に多量の場合は土地に留まる。一度に大勢が犠牲になった場所が呪われた土地として避けられるのもこのため」

 そうか、冥気(アビス)になるのか。

 そういえば、ユリア……今は〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉のところで冥気(アビス)の制御を学んでる子が、同じようなことを言ってた。自分はいけにえから冥気(アビス)を移す実験の生き残りだって。同じようにされた他の人たちは多分みんな死んでしまったんだろう、とも……。

「例外はないのか」

「ある」

 クルシスの問いにステラさんが頷いて、背筋が冷える。

「本人がその死を受け入れる場合には、体内の霊気(マナ)冥気(アビス)に変質しないとされる。叙事詩などでは『死に際の者から力を託された』等と表現されている現象」

「気持ちの問題なのか……」

「現状の資料からは、そう推測するほかない。安易に試すわけにもいかないので、この分野の研究が急速に進展することは望めない」

 安易に試すわけにはいかないっていうのは、確かにそうだ。

「人間だけが特別なのは、何か理由があるのかしら」

 レベッカさんが呟くと、ステラさんは首を左右に振った。

「逆。魔獣だけが特別。その理由は完全に明らかになっているとは言えないが、師匠はこれについて二重世界仮説を提唱して説明を試みていて――」

 その時、ぱんぱんっ、とニーナの手が鳴った。

「そろそろお昼にしようか」

「そうです! 特級おなかがすいたですよ!」

 ナタリーも声をあげた。二人とも、強くなることにはあんまり興味なさそうだし、退屈な話だったのかもしれない。

「……長くなるので詳細は別の機会にする」

 ステラさんも無理に続けようとはしなかった。

 さて、残るは……。

「あれ……私はどうしてここに……?」

 軽く揺すってみると、ネスケさんは目を覚ました。

「記憶をなくすほど飲むのはやめてくださいね。危ないですよ」

 ここまでたどり着いてたからいいようなものの、以前にクレールがやったみたいに川にでも落ちたら、最悪の事態になりかねないし。

「ご、ご迷惑をおかけしました……」

 ネスケさんは恐縮して頭を下げていたけど、改善するかどうかは……どうだろうな。

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