昨日の練習試合でめちゃくちゃにした前庭をクルシスと二人でせっせと埋め戻していると、そこにネスケさんが訪ねてきた。
「伺ったお話から起こした記事がほぼ完成したので、清書の前に内容を確認していただこうかと」
そういうことだったから、作業を一時中断してその原稿を見せてもらうことになった。
今日はどうやら酔ってないみたいだし、そんなにこじれもしないだろう。
俺の作業を少し離れたところで見守っていたクレールとステラさんも、前庭の端にあるテーブルに集まった。ちなみに、二人は作業を見てただけ。埋め戻し自体は俺とクルシスの二人だけで頑張っている。俺たちがやったんだから仕方ないけどね……。
「本人が確認するなら、あまり悪いことは書けないね?」
クレールが言うと、ネスケさんも頷いた。
「私はもともと隠しごとができないので、気持ちよく取材に協力してもらえるようにした方がいいって、先輩から……あ、これが記事の原稿です」
どれどれ。
受け取った紙には確かになにやらいろいろと書いてある。もちろん、古王国語じゃないから、俺でも読める。
横から、クレールとステラさんも覗き込んだ。
ネスケさんは、少し不安そうだな。まあ当たり前か。
「……?」
と、クレールが首を傾げた。
「な、何か気になるところがありましたか?」
ネスケさんが聞くと、クレールは俺の手から原稿を取り上げて、さらにじーっとその内容を確認した。
俺、まだほとんど読んでなかったんだけどな。いったいどうしたんだろう。
しばらくすると、クレールが険しい顔をして……。
「……この男爵閣下は」
と、内容を音読し始めた。男爵っていうと、俺のことかな?
「この男爵閣下は無類の女好きであり、新領主として領民の歓心を得るべく多くの税を減免する一方、結婚税いわゆる初夜権だけは手放そうとしなかった……?」
「ぎゃーーーーーーーーっ!」
突然叫び声をあげたのはネスケさん。クレールの手にあった原稿を破れるのも構わないという勢いでひったくって、ぐしゃぐしゃに丸めて、鞄に突っ込んだ。
「……それを載せるの?」
クレールが苦笑交じりのなまぬるーい視線を向けながらそう言うと、ネスケさんは口を開けたり閉じたりした。目はきょろきょろと落ち着きがない。両手はしばらくばたばたした後で、結局最後は頭を抱えるために使われた。
「今のは、ちが、ちがうんです! 個人的な趣味で書いているもので、その、フィクションです! 実在の人物とは一切関係ありません!」
つまり……今のは記事の原稿じゃなかったのか。
しかも、何かおかしなことが書いてあったらしい。
とりあえず、女好きがどうとかとは、聞こえたな……。
「いくらなんでも、今の時代に初夜権はないでしょ……」
「フィクションなので!」
クレールの指摘に、ネスケさんは絶叫気味に返答。顔はほとんど泣いてる。
何かよほどまずいことが書いてあったんだろうけど……。
俺の中では、これがいったいどういう話なのか、いまいちピンとこないな。
「初夜権って、どういうものなのかな」
訊ねると、クレールはため息をついて……。
「リオンは知らなくていいよ」
とだけ言った。
「初夜権とは――」
「ステラも説明しない」
口を開きかけたステラさんをクレールが一喝すると、普段なら構わず説明を続けてくれるステラさんも気圧されたのか……
「――詳細を語るのは控える」
と言って、言葉を止めてしまった。
……そこまで言われると逆に気になるな。
その後に出てきた原稿はちゃんとしたものだった。俺たち三人でそれぞれ確認して、大きな誤解や誤認がないことも確かめた。
ネスケさんはその原稿を清書して、組合の編集部に送るそうだ。
本人はというと、もう少しここに残って取材をしたいらしい。そんなに見るところがあったかな、と思っていると……。
「〈剣狼〉クルシスさんですよね! 取材させてください!」
……なるほどね。傭兵の間じゃ、俺よりもクルシスのほうがよほど有名人らしいから、そのためか。確かに、強さもそうだけど、見た目が何しろ俺よりずっと美男子だ。背も高いし。それこそ、傭兵女子からのアタックはひっきりなしってものだろう。
それで、取材を申し込まれたクルシスの方は……
「断る」
一言で切り捨てていた。
*
肩を落として村の方へと坂を下っていくネスケさんを見送って、また庭の埋め戻し。ほぼ平らにはなったけど、芝が生え揃うにはしばらくかかりそうだな……。
「取材を受けないのは何か理由がある?」
スコップを杖代わりにしての休憩がてら、一緒に庭を整えていたクルシスにそう訊ねると、クルシスは「いや」と首を振った。
「受けない理由は特にないが、受ける理由もない」
それは、確かにそうかもしれない。
「でも、傭兵組合詳報に記事が載ったら名声が高まるんじゃないかな」
話を聞いてるとどうも、かなり広い範囲で読まれてるものらしいし。名前が載るだけでもかなり知名度が上がりそう。
俺の記事は領主紹介だから、俺のというより村の知名度に影響があるんだろうけど。
クルシスのは単独記事なら当然、クルシス本人が有名になるわけだ。
「それで何か得があるのか」
クルシスの言葉は素っ気ない。
「うーん……例えば、多額の報酬が出る依頼が名指しで来るとか」
「金には興味が無い」
……まあ、クルシスってそういうところあるよな。フューリスさんなんかもそうだけど。二人に共通してるのは、貯金がなくても食べていくのには困らないくらい能力や才能があるってところかな。
俺も自分一人ならそういう心持ちになるのかもしれないけど……成り行きとは言え、領主になったからそうもいかないんだよな。
まあ、俺のことはいい。クルシスのことだ。
「名前が売れてると、どこかに仕官する時とか、有利になるんじゃないかな。いや、相手の方から雇いたいと言ってくるかも」
「くだらん」
これも一刀両断。
「そうか……。他には、うーん……」
考えても、というか、考えれば考えるほど、クルシスが記者の取材を受ける理由がなくなっていくな。
そうやって悩んでいると……。
「私は自分の剣の使い道は自分で決める。金だなんだで指図されるのは気に食わん。それで食うに困って死ぬなら、それが天命というだけだ」
クルシスはそんなことを言ったから、俺はちょっと苦笑。
刹那的な生き方だなあ。らしいと言えば、そうだけど。剣を極めることにしか興味がないというか……。
「……一人だけ、私の剣を預けてもいいと思った奴がいる」
ふと、クルシスが言った。
「そうなのか。クルシスがそうまで思うなら、よほどすごい人なんだろうね。誰だろう」
俺がそう呟くと、クルシスにしては珍しく苦笑を返してきた。
「お前以外に誰がいる」
ああ……なるほど、俺か。
ちょっと買いかぶりすぎのような気がしないでもない。でも、クルシスほどの剣士からそうまで評価されてるなら、光栄なことではあるな。
ただ……。
「私を失望させるなよ?」
ずっと維持し続けるのは大変そうだ……と思うと、俺も苦笑以外の表情が見付からないな。