ニーナがお姫様……ヴィカを浴場に案内して、まずは旅の疲れを取ってもらおうということになった。
案内されたヴィカとペトラが中へ入っていき、しばらくしてニーナだけが出てきた。
入浴が済むまでしばらくかかるだろう。その間に、ヴィカが過ごす部屋を準備しないといけない。
浴室の脱衣所の外の廊下で、一応見張りに立ってるヴォルフさんも交えて、その辺のことを話し合うことになった。
「空いてるのって、西の客室だけだよね。東の客室はクルシスが使ってるし」
もう少し早く来てくれていたらもっと空いてたのに、と思わずにはいられない。
まあ、西の客室はこういう来客があった時のための部屋だから、内装はしっかりしてる。クルシスが使ってる東の客室もそうだけど、日当たりもいいし。
「でも、防犯の点からすると客室は外側過ぎない? 春祭りの時は空き巣もいたし、心配かも」
というニーナの意見も、まあわかる。
なるべく普段通りにと言われても、実際にはお姫様だってのが変わるわけじゃない。仮に悪党がこの館にやってきた場合、他のみんなはある程度は自分で対処できる強さがあるけど、お姫様たちはそうじゃないしな。あまり楽観視はできない。
「……俺の部屋を使ってもらうしかないかな。それで、俺が西の客室に移る」
俺の部屋は奥側にある、言ってみればプライベートな区画の、二階。中庭を見下ろせる窓があるから、日当たりがいいのは客室と同じ。
館の主人なんだから一番いい部屋にとクレールから言われてそこに決まった経緯があるから、実際、いい部屋だ。
「ペトラさんは使用人部屋に入ってもらう?」
「そうだった、ペトラもいるんだ」
ニーナが言った使用人部屋っていうのは、奥の区画と大広間との間にある部屋で、名前のとおり使用人たちが共同で使う場所だ。狭くはないけど、一人あたりで計算すると広いわけじゃない。今は使用人を雇ってないから、誰も使ってないな。使えるように掃除はしてあるけど。
で、ペトラは……侍女は侍女でも、お姫様の侍女、だからなあ。どのくらいに遇したらいいのか、いまいちわからない。
聖騎士見習いのペネロペは、先輩にあたるレベッカさんと一緒の部屋で過ごしてるけど……
ヴィカとペトラの場合はどうなんだろう。こっちとしては、一緒の部屋にいてくれた方が便利な気はするけど。こっちでそう決めてしまってもいいんだろうか。
「侍女はな、本来は、姫様が声を掛けたらすぐに駆けつけられる程度の距離の部屋にいるのが望ましい。しかし、姫様も多少の不自由を体験したいと望まれておるからな……」
ヴォルフさんが意見を言ったけど、決定的なものじゃない。
「その辺のことを考えると、結局は西の客室が一番かも。あそこはお付きの人が寝泊まりできる小部屋が隣接してるし」
「そうだっけ?」
ニーナの言葉で思い返してみるけど、思い出せない。まあ、館のことについては俺よりニーナの方が詳しい。そのニーナが言うなら確かだろう。
ヴィカたちは西の客室にってことなら、俺も部屋を移る手間はないな。
「防犯をどうするかが問題だけど……」
ニーナの不安は最初からそこだった。
一番近いのは東の客室のクルシスか。前庭あたりで何か物音がすればすぐ気付きそうな感じだけど、過信はできないかな。
「夜だけでも見張りを立てるしかないな。それは俺がやるよ。ニーナは食事の準備とかもあるし」
普段通りに、と言われたとはいえ、何かあったら大変だ。そのくらいの手間は仕方ないだろう。まあ、迷宮で魔獣の息遣いを感じながら、とかじゃないしそう苦にもならないはず……。
「いや、それには及ばんよ」
ひげを撫でながら、ヴォルフさんが口を挟んだ。
「儂の他に、馬車の御者もあれは雷王都市の騎士でな。この後も数人、部下が来る予定になっておる。みな信頼の置ける、一騎当千の……とまではまだいかんが、将来には期待できる一騎当百ぐらいの奴らよ。館の周囲は儂らで警戒するから安心せい」
その後に「お主らがいるだけで十分、何事も起きんとは思うのだがな」とも付け加えてた。……実際に、そうかもしれないけどね。
でもまあ、俺を含めて館のみんな見た目にはそんなに強そうに見えないのが不安なところ。
その点、ヴォルフさんの部下の騎士たちといったらいかにも強そうに見えるだろうし、俺たちが出て行くまでもない程度の悪党は、騎士たちの姿を見ただけで引き返していくだろう。それは助かる。
「でも、どうしてばらばらに来るんです?」
「武装した騎士が集団で他領を通行するのは、いろいろと面倒があるのでな。これを伝令などの単身任務という扱いにすると、通行の手続きが比較的容易に済む」
なるほど、そういう事情があるのか。裏技というか、悪知恵というか……。
実際、他領の騎士が武装して集まっていると、領主としては警戒しちゃうだろうな。
「無論、ここでの組織立った活動にはお主の許可が必要だが……」
途中は裏技で抜けて来られるにしろ、最終的にここで合流したらそれは立派に武装集団。領主である俺の許可なく行動はできないわけだ。
「それは許可するのでお願いします」
ヴォルフさんなら知らない仲じゃない。部下っていうのも信頼できる人たちだと言ってた。こっちも信頼して任せよう。
「あとは表向きの理由をな、村の警備隊との共同訓練、にしようと思っておる。無論、共同訓練自体は実際に行う。うちの奴らにとってはまあ、バカンスみたいなものだがな」
その理由なら確かに、館の周りをうろうろと警戒しても問題はないな。
「実際、騎士の人たちにうちの村の自警団を指導してもらえるなら助かります。俺はどうも教えるのが苦手で」
言うと、ヴォルフさんは苦笑した。
「お主の真似は、皆ができるものではないからな……」
やっぱり、そういうことなのかな。
お姫様のご入浴はさすがに長くて、少し待ちくたびれた。
ヴォルフさんは、慣れなのか、姿勢良く立ったままでもまるで疲れを見せないな……。俺には無理だと思う、それ。
「さっきの話だけど」
と、退屈そうに座っていたニーナが呟いた。
「もしリオンが部屋を移るんだったら、私の部屋に来てもいいんじゃないかなって思ったんだよね。こっちも、広すぎるくらいだし」
……確かに広さは、クローゼットまで含めて考えると、雷王都市でニーナが叔父さんと住んでた家がすっぽり入りそうなくらい広いけど。というか、クローゼットだけでも以前のニーナの部屋くらいはあるし。
でも。
「それはさすがに、問題があると思う。広さの問題じゃなく」
「そうかな? ……そうかもね」
まあ、部屋が広すぎて落ち着かないっていう気持ちは、わかるけどね。
そうしているうちに、脱衣所の方から声がかかって、ニーナが様子を見に入っていった。
「……ダックスの奴がな、深刻な顔をして『もう、すぐにでも自分に孫ができてしまうんじゃないか』などと随分気を揉んでおったが……その様子だとまだしばらくはなさそうだな」
ヴォルフさんが、叔父さんの名前を出してそんなことを言った。
……やれやれ。