雷王都市のお姫様であるヴィカとその侍女のペトラがこの館に来たのが昨日のこと。
そして今日、早速問題が発生した。
騒ぎを聞いて中庭に駆けつけると、その真ん中あたりで、ペネロペとペトラが睨み合っていた。
「私の方が忠義の心は勝っていますわね。お胸の形も美しいですし」
ペネロペが胸を反らしてそう言えば、ペトラも負けじと言い返す。
「私も主を敬愛する心には自信ある! 歳はお前より上だし、胸の形も負けてない!」
……胸の形はこの際、関係ないと思うけど。
ともかく、この二人が衝突しているからには、レベッカさんとヴィカも……
「あらあら、どうしましょう」
「頭が痛い……」
……二人は特に争ってはいないみたいだ。
だけど、ペネロペとペトラだけでも喧嘩になると良くない。この館はそこそこ広いとはいえ、顔を合わせずに生活するのはまず無理だ。
「これ、原因は何なのかな」
誰にともなく訊くと、ステラさんが答えてくれた。
「ニーナが用意した菓子の取り合い。ペネロペはレベッカに、ペトラはヴィカに、それぞれ大量の菓子を確保したがった。そのためこの抗争に発展した」
お菓子の取り合いね……二人ともまだ子供だな。
「形とかってさー、大きさで勝負できない子の言い訳だよね。形も大きさも申し分ないマリアさんの前にはどうせみんな無力なのに……」
とばっちりでダメージを受けていたらしいクレールがそう呟く間にも、二人の言い争いはますます過熱している。
「私はお姉様が戦場で危機に陥ったら、この命に替えましてもお姉様をお救いする所存ですわ!」
「私だって、ヴィカ様が悪徳領主に手込めにされそうになったら、代わりにこの身を差し出してでもお守りする!」
何か今、俺の名誉が傷付けられたような。
まあ、それはともかく……。
これはそろそろ止めないと被害がさらに広がりかねない。でも、さて、どうやって止めればカドが立たないだろう。ありきたりだけど「まあまあ」なんて言いながら割って入って、二人の怒りの矛先を俺に向けるしかないかも……。
そんな風に俺がためらっているうちにも、二人の興奮は増していって。
「こうなれば、どちらが補佐役としてすぐれているか、勝負ですわ!」
「のぞむところ!」
ついに決闘、というところまで来てしまった。
さすがにもう迷ってられないな。無理矢理にでも止めないと。
と、そう思った俺が動き出すより一瞬早く……
「その勝負、僕が裁定してあげるよ!」
クレールが元気よく手を挙げた。
……余計にこじれそうな気がするのは、気のせいかな。
でも他のみんなもどこか面白がっていて、止めようとはしない。俺もどうやって止めたらいいのかわからないし。
なんだかやる気になったクレールに指示されて、俺は椅子を用意することになった。
「何が始まるです?」
ナタリーが期待のこもった声で訊ねたけど、クレールは「んふ」と意味ありげな含み笑いをしただけ。そうなると、他のみんなは知るよしもない。
大惨事……なんてことにならないといいけどね。
「じゃあレベッカとヴィカはそこに座ってね」
いったい何をやるのか。俺はもちろん、当事者である四人ですら何も知らされないまま、ともかくクレールの指示に従った。
横に二つ並べられた椅子の正面、十歩分ほど離れた場所に、これまたクレールの指示でペネロペとペトラが立った。
「補佐役としてはやっぱり相手の考えてることをくみ取る能力が大事だよね」
クレールの言葉に、参加者たちが頷く。
で、ペネロペとペトラは、その部分での優劣をはっきりさせたいと望んでいるわけだ。
最初は手元に確保したお菓子の量を競っていて喧嘩になって、それで、次は?
「というわけで、伝心ゲームだよ!」
……やっぱり妙なことになったな……。
「ルールはねー、僕が描いた絵をレベッカとヴィカに見せます。二人はその絵の特徴を身振りで伝えて、ペネロペとペトラが、僕が描いた絵の題材を当てます」
うーん。まあ、趣旨はわかる。確かに相手とうまく意思疎通ができれば有利だ。それは確かだ。
でもこれって、二人が望んでたような勝負なのかな。遊んでるだけのような。
「あら、私とお姉様の絆があれば簡単ですわねー」
「負けない!」
……本人たちもやる気みたいだし、いいのか。
「じゃあ、絵を準備するよ。お題はー……ステラが決めて、まずは僕にだけこっそり教えてね。それと、えっと、ナタリーは執務室から紙とペンとインクを取って来てー」
クレールに出題者として指名されたステラさんは、少しだけ斜め上を見上げるようにして悩んだ様子を見せたけど、そう長い時間じゃなかった。
やがてナタリーから筆記具を受け取ったクレールは、ステラさんの口元に耳を寄せて、お題を受け取った。
「はいはい、あれね。それじゃー、えーっと、えーっと……」
中庭のテーブルで、クレールがペンを走らせる。
その間も、ペネロペとペトラは睨み合って、一触即発という状態。早く描き上がらないかな。クレールは鼻歌交じりで楽しそうにしてるけど……。
やがて、クレールがペンを置いた。
「できたっ! それじゃ、レベッカとヴィカに見てもらうよ。言葉で伝えちゃだめだからね。身振りだよー」
そう前置きして……
「せーの、じゃんっ!」
クレールは、自分が描いた絵をレベッカさんたちに向けて広げて見せた。
それを見た二人は……
首を傾げて、怪訝な目で絵を見つめた。