ヴォルフさんの部下の騎士たちが到着し始めて、今やヴォルフさんも含めて五人。遅れてあと数人来るそうだけど、今回の主力はひとまずこんなものだとのこと。
それを聞いて、午前中のうちに自警団の集会所に行ってきた。「数日間、ヴォルフ将軍が率いる雷王都市の騎士たちと共同訓練をしてもらうことになった」と伝えると、自警団の方からは少し困惑の声が出たけど、ヴォルフさんが俺の冒険の仲間だったことも明かすと、それならばと歓迎してくれた。一安心。
「なかなか、鍛えれば伸びそうなのもおるではないか」
「自警団の当番でない時は海で漁をしてる人たちですから。身体の丈夫な人が多いですよ」
「それならば下手に剣などを持たせるよりも、銛や投網を活かした戦技を磨くのが良かろうな」
なるほど。俺も銛は考えてたけど、投網も武器にできるのか。
「街道警備隊に協力要請された時に恥ずかしくない程度には鍛えておかんとな」
「まあ、お手柔らかにお願いします。なり手がいなくなると困るので……」
以前、ヴォルフさんから指導を受けたことがある騎士のメルツァーさんが「あのおっさんは鬼だぜ。訓練中の若者を千尋の谷に突き落として、這い上がってきた奴をまた突き落とす」と、自分の体験談として語ってくれた。
俺がその指導を受けることにならなかったのは良かったけど、自警団のみんなは耐えられるのかな。ちょっと心配だ。
*
ペトラとペネロペがお互いの忠義心を示すために対決した時、猫を題材に絵を描いたのはクレールだったけど、そのお題を出したのはステラさんだった。
ステラさんは以前にも「村に猫のいる喫茶店が必要」と主張してたことがあったな。
そして今は、庭に来た猫にエサをあげて、その様子を近くにしゃがみ込んで眺めている。
「猫、結構たくさんいるのね」
そう言ったのはレベッカさん。確かに、見える範囲だけで五、六……七匹はいるな。
レベッカさんたちが所属する自由と光の教団では、猫を神の眷属とみなしているらしいから、レベッカさんも猫は好きだと公言してる。
ステラさんも、もしかしてそれで猫好きなのかな、と思ったこともあったけど……どうもそういうわけでもないらしい。ステラさんは教団の活動に対してわりと冷静だ。
「雷王都市ではあまり見かけなかった」
と、ステラさんが呟いた。
そういえば確かに、雷王都市にはあまり猫はいなかったな。ペットとして飼育されている猫はいたけど、基本は室内飼い。ずっと雨が降っているせいじゃないかって、ニーナは言ってたけど。
「ステラさんは猫がお好きなのですか」
ヴィカが訊ねると、ステラさんは頷いた。
「ねこ……非常に興味深い」
その言葉の通り、ステラさんはじっと猫を見つめている。猫の方はそんな視線を気にもせずにエサを食べてるな。よほど慣れてるのか、もともと図々しいのか……。
その様子を見ていたヴィカが、ステラさんの近くにしゃがみ込んで、一緒に猫を観察し始めた。
「私の実家にも何匹かおりまして。勝手に住み着いてしまった子たちなのですが人によく慣れていて、すり寄ってくるのがかわいらしいのです。父は最初の内にはうっとうしがっていましたけど、しばらくするとすっかり猫のとりこになってしまわれて、今ではどちらが館の主かわからないくらい。先日は絵画の題材にしようとアトリエに呼びつけたのですが、猫が来るはずもありませんよね。仕方なく、父の方が画材を抱えて猫のところへ出向いていました」
ヴィカのお父さんっていうと、王様だよな。王様より偉いのか。猫は皇帝だった……?
それを聞いて、レベッカさんは苦笑していた。
「そういうのってどこでもある話なのね。大教会でも多くの猫が飼われていたけれど、その内の一匹がよりによって教皇聖下のお祈りの時に祭壇に登り上がって……聖下はそれにお気付きにならないで、まるで猫に向かってお祈りしているみたいに……」
皇帝をも超えて神にまでなったのか、猫は……。
「あの時はみんな笑いを堪えるのに必死だったけど、まだ我慢してたのよ。なんとかね。でもお祈りを終えられた聖下が、一旦はそのまま祭壇を降りようとされたのに『えっ』ていう感じに振り返って猫を二度見してしまったから……」
それは俺も、その場にいたら笑わない自信はないな。
「猫はかわいいです。ステラさんも、それで猫好きに?」
ステラさんはヴィカからそう訊ねられて、小さく頷いた。
「理由のひとつ。しかし、それだけではない」
「他にも何か、特別な理由があるんですか?」
その質問にステラさんはしばらく無言でいたけど、ヴィカが返事を待ってじーっとステラさんを見つめているのに耐えきれなくなったのか、やがて小さな声で答えた。
「……私が森に捨てられたとき、ねこが私の近くに来て鳴いた。そのおかげで、師匠が私を見付けた。そうでなければ、私はあの森で死んでいた。ねこ、恩がある」
その話、俺は以前にも聞いたことがあるな。
不思議な話だと思う。ヴィカはそれが本当のことなのかどうか、判断を下せないでいる様子。
対してレベッカさんは、微笑を浮かべている。
「それって、大教会では『猫の導き』と呼ばれてるものね」
「猫の導き?」
俺が聞き直したら、「ええ」と頷きが返ってきた。
「天命都市が今の場所にあるのは、猫が聖者を導いてきたからなの。〈天命の聖者〉は南方大陸の生まれでね。猫が導くままに船に乗って、後に天命都市になる土地までやってきたの。当時は草も生えないような荒れた丘だったらしいのだけど、猫がそこで立ち止まって鳴いたから、そこに教会を建てて、それが大教会の始まり」
「そんな伝説があるんですか」
「それ以来もう千年くらい、教団の聖職者たちは猫を追い続けているわ」
そこだけ聞くと、大教会って猫好きが作った同好会なのかって印象を受けるなあ。
そういえば、俺が持ってる魔法の羅針盤にも黒猫の意匠がある。もしかすると、そういう伝説を元にして作られた物だったのかもしれないな。今のところ、詳しい由来もわからないから調べようがないけど。
「猫の導きがあったのなら、何かが違っていれば、ステラも教団の聖職者になっていたかもしれないわね」
「興味がない」
ステラさんが聖職者になっていたら……うーん、あんまり想像できないな。
話を聞いた限りでは、聖職者って冠婚葬祭を取り仕切ったりをはじめとして、やっぱり人と関わることが多いから、人好きというか世話焼きというか……他人と関わるのが好きな人でないとやっていけないんじゃないだろうか。
ステラさんには無理……とまでは思わないけど、少なくとも、得意な分野ではないような気がする。
「あの……森に捨てられた、とは……」
ヴィカが、猫の話から少し戻って、ステラさんの話を蒸し返した。
「言葉の通り。親に捨てられた」
それを聞いたヴィカは言葉を失っていた。
確かステラさんは……その黒髪と赤い眼が両親のどちらとも似ていなくて、そのせいで、両親から疎まれて育ったらしい。
「……苦労されたのですね」
ヴィカは、やがてそう言ったけど……。
前に聞いた時には、両親を恨んではいないと言ってた。立って歩いて話せる歳までは育ててくれたから、って。むしろ、その対価を払えないままでいることが心残りなんだそうだ。
ステラさんは猫から顔を上げずに、ヴィカに答えた。
「そのおかげで師匠と会った。リオンとも巡り会えた。……それで良い」
ステラさんの師匠は〈西の導師〉っていう有名人だからともかく、俺と会ったことをそこまで重大事にしてもいいんだろうか。
でも、ステラさん本人が納得してるなら、俺が「それは違う」なんて言っても仕方がないか。
「天命、というものなんでしょうね」
レベッカさんが大教会の言い回しでそう結論すると……
「そうかもしれない。そうでなければ、奇跡というものだと推測される」
ステラさんにしては珍しく、説明できないものを説明できないままに受け容れていた。
「……ねこの存在も奇跡」
まあ、この館には猫好きが結構いるよな、っていう話。