「よりによってクルシスがいる時に魔剣王の名前を騙るなんて、馬鹿なことしたな」
俺は失神した挑戦者を通行の邪魔にならないところに引っ張っていって、一応〈
「もしかしたらこの人も師匠から言われて信じてただけかもしれないけどね。もっと言うと、その師匠もさらにその師匠から……」
クレールが可能性を口にしたけど、クルシスが遮った。
「いずれにしろ不愉快だ。魔剣王の剣技は一子相伝。父はすでに亡く、継ぐのは今は私だけだ」
クルシスと双子の剣鬼が争ったのもその一子相伝の掟のためだった、とは、以前に聞いた。どちらかが死ななければならない、という中で、クルシスは二度も瀕死の重傷を負った。
もしかしたらそれは――つまり、二度も機会がありながらとどめを刺さなかったのは、剣鬼なりの兄弟愛だったのかもしれない、とも、思うけど。
それにしても。
……一難去ってまた一難、というものか。
どさっ、と音がしたから視線を向けると、ペトラが立っていた。足下には、見付けてきた食材が入っているらしい袋。これが落ちた音だったか。
「魔剣王、と言ったか……?」
低い声。そして、すごい形相だ。俺がヴィカと話している時に「田舎貴族がヴィカ様に慣れ慣れしくするな!」と言ってくる時よりも、もっと強い……何か憎悪のようなものを感じる顔で、ペトラがクルシスを睨んでいた。
かと思った次の瞬間。
「くたばれ魔剣王!」
懐から取り出した細身のナイフを続けざまに三本、ペトラがクルシスに向かって投擲した。お姫様の侍女だからかそれなりの技量には見えるけど、もちろんそのくらいの技がクルシスに通じるはずはない。
「……いきなり、何だ」
事も無くすべてを最小限の動きで避けたクルシスが訊ねると……
ペトラが絶叫した。
「魔剣王のせいで私がどれだけ苦労したかわかってるのかーっ!」
「わからん」
クルシスの返事はいくらなんでもあっさりしすぎとはいえ、確かにペトラが言っていることはよくわからない。
とりあえず近くに居た俺がクルシスとペトラの間に入って、ペトラの行動を封じた。
「このっ! はなせ! どこ触ってる、この変態!」
……誤解を招くような言い方はやめてもらいたい。変態呼ばわりされるようなところには触れてないはずだ。
「どうしたのです、ペトラ。貴方らしくないですよ」
ヴィカが駆け寄ってきて訊ねると、ペトラは一旦、暴れるのをやめた。興奮はまだ冷めたとは言えないけど、ヴィカの言葉なら聞くだろう。
「止めないでください。私は魔剣王を倒さなければならないのです」
「まずは理由を話してくれますか?」
言われて、ペトラは言葉を詰まらせた。目の端にはじわっと涙が浮かぶ。
「話せば長くなるのですが……私の家はかつては貴族だったのです。それが、魔剣王のせいで廃爵に……」
「あらあらまあまあ」
本人が言うほどは長くなかった。
没落貴族の出身なのか。表情を見る限り、ヴィカもそのことは知らなかったみたいだ。
……でも、あれ?
「魔剣王のせいって言うなら、二百五十年くらい前のことだよね?」
クレールが首を傾げながらそう言った。
その計算で合ってるはずだ。クルシスは魔剣王本人じゃなくて、あくまで魔剣王の子孫。魔剣王がいたのは前の大災厄の時代。かなり昔だ。ペトラの家が没落したっていうのも当然、大昔。
「あの魔王さえいなければ私も、私ももしかしたらお姫様に……うわーん!」
ついに膝をついて泣き出してしまった。
でも、その言い分はどうなんだろう。仮に貴族だったのが確かな話として、ペトラがお姫様になるってことがあるのかな。元は王族に近いくらいの家柄だったんだろうか。それとも、貴族のお嬢様ならみんなお姫様、という程度の話かな。
「ちなみに、どこの家?」
クレールにそう質問されると、ペトラは涙声で返事をした。
「……ブランシャール家……」
「え。……知らないなあ」
「きー!」
クレールは貴族家については結構詳しい方だと思ってたけど、知らないのか。すると、そう有名な家系ではないのかな……。
「……かつて芽吹きの街道にある白風の町周辺を領地としていた子爵家。そのはず」
「そう! その通り!」
うーん。相変わらず、ステラさんは何でも知ってるな……。
子爵というと今の俺よりひとつ上の爵位か。貴族なのは確かだけど、王族とはまだまだ隔たりがあって……大陸にはそのくらいの貴族はそこそこいる、という程度の家柄だ。
とはいえまあ、二百五十年くらい前にそれなら、その家系が現代まで貴族として続いてれば有力貴族になってた可能性はあるかもしれない。
「あれ、白風の町のあたりなら僕の実家とも近いね」
ええっと……クレールの実家はここから北西にある輪廻鳥の街にあって、芽吹きの街道はそれより東だから、白風の町はここからだと北北西ってところか。近くはないけど、想像はできるくらいの範囲だ。
「……でも知らないなあ」
クレールがそう追い打ちを掛けると、ペトラは「ぴきー!」と、怒りとも哀しみともつかないような声で泣いた。
自分の侍女がしでかしたことで大変ご迷惑を……と、ヴィカは申し訳なさそうだったけど、みんなもヴィカのせいだとは思ってない。そもそもペトラのこの突然の襲撃については、標的になったクルシスが「どうでもいい」って態度だったから、何にせよ重い処罰にはならない。
ただ、だからって何の咎めもなしというわけにはいかないから、浴室の掃除をしてもらうことにはなった。もちろん、普段の掃除当番がやってるよりもしっかり徹底的にやれということだから、そこそこ重労働なのは確かだ。
一応、ヴィカがそれを手伝おうとしてたけど……あの顔は多分、庶民がやる風呂掃除というものを一度体験してみたかった、って感じかな。
結局、当のペトラに断固反対されてしょんぼりしていた。