発端は、親方が雷王都市のことを聞きたがったことだった。
するとこの中で一番詳しいのは、その雷王都市に長年住んで今は将軍であるヴォルフさんってことになる。
「雷王都市の祖である初代の雷王――テオバルト王は、魔剣王と犬猿の仲、というやつでな。魔剣王は渇きの都を攻めるとの名目で雷王都市を通過したにも関わらず、その後に取って返して帝麟都市とともに雷王都市を挟撃したのだ。なんたる卑劣!」
さっきは酔い潰れたネスケさんを見て自己管理がどうとか言っていたわりに、ヴォルフさんも少し酔ってる気がするな。偉大なる雷王都市の歴史、とでも題名がつきそうな熱弁だ。
でも、すぐ隣にクルシスがいるのに魔剣王を卑劣漢扱いするのは、どうにも危なっかしいな。
「私が知っている話と少し違うね?」
フューリスさんがそう言ったのは、クルシスの激発より早かった。
「魔剣王が渇きの都を攻めているところに、止まぬ雨の街――雷王都市が裏切って魔剣王の背後を襲ったと聞いているよ」
どっちかというと魔剣王を擁護する感じなのは、ヴォルフさんの意見とバランスを取ったのもあるだろうな。ただ、魔剣王と戦った当の本人にも関わらずそれを言えるのはすごいと思う。単なる敵同士というだけでない複雑な事情があるのは確かだけど。
「詳しくは知らんが、魔剣王が魔剣〈極北の魔神〉を、雷王が〈統魔の雷精〉を、それぞれ振るって一騎打ちをした話は、里の伝承にも残っていた」
麦酒を呷ってから、クルシスが言った。フューリスさんが先手を打ったおかげか、言葉のトゲは少なめだ。
名前が出たふたつの魔剣は、いずれも銘入りの魔剣の最高峰。〈極北の魔神〉は冷気の属性を帯び、〈統魔の雷精〉は稲妻の属性を帯びているそうだ。これは攻撃の魔術の基本的な属性である火炎、冷気、稲妻になぞらえてあって、火炎の属性を帯びた〈炎獄の舞姫〉を加えて〈古王国三剣〉と呼ばれている……と、ステラさんが言っていた。ステラさんは何でも知ってるな。
その魔剣同士が戦うというのは、さすがに大災厄の時代だ。そういう時代には魔剣も含め多くの
と、その程度で終わりそうな話だったのに……。
「テオバルト王が勝利したので、雷王都市は今も繁栄しておる」
もう何杯目だかの麦酒を飲み干して、ヴォルフさんがまた雷王都市を持ち上げて、暗に魔剣王を貶した。
そうなるとクルシスも黙ってはいられないわけで。
「……魔剣王が敗れたはずがない」
言葉はそれだけだったけど、その声の冷たさはもうそれだけで周囲のものを斬れそうなほど。
親方は酔いが醒めたような顔で「お、おいおい。喧嘩は勘弁してくれよ」と言ったけど。
「そう信じたいお主の気持ちはわからんでもないがなあ」
ヴォルフさんがさらに煽るようなことを言って、クルシスはついに魔剣の柄に手を――
「まあまあ二人とも。こういう時は彼女に訊くのが一番だよ。ステラ、君はどう学んでいるのかな?」
フューリスさんが割って入ったことで、乱闘は一時回避された。
みんなの視線が、両手で持ったコップからちびちびと果汁を飲んでいたステラさんに集中する。
ステラさんは顔を斜め上に向けてしばらく黙考すると、やがてゆっくりと口を開いた。
「……魔剣王と渇きの都が戦った。その頃に、止まぬ雨の街が新王国秩序からの離脱と雷王都市への改名を宣言した。その後に魔剣王は帝麟都市と戦い、そこを首都としていた新王国を滅ぼした。雷王都市と戦ったのはその後。それらは多くの資料が言及しているので事実と考えられる。だがその仔細は伝える者によって見解が変わる」
「すると、私もヴォルフ将軍も、どちらも正しい理解をしていなかったということになるね」
フューリスさんは渇きの都が負けたあたりまでしか認識していなかっただろうし、無理もない。ヴォルフさんの方は歴史としてちゃんと学んだにしろ、雷王都市の文書だったら雷王都市を悪くは書いてない、か。
「うーむ。しかし、雷王都市が魔剣王に勝利したのは間違いないのであろう?」
「魔剣王は雷王との一騎打ちに勝利したはずだ」
「いや、それはおかしい」
ヴォルフさんとクルシスが反発しあって、また一触即発の空気。二人とも少し酔ってるからなおさらだ。雰囲気が張り詰めてるのは二人が隣り合って座ってるせいでもあるけど、俺自身が緩衝材として今の二人の間に座りたいとは、ちょっと思わないな。何とか和らげようとしてるフューリスさんはすごい。
俺の出番はまあ、二人がいよいよ耐えかねて物理的な暴力の行使に踏み切った時かな……。
「よく考えてみろ。魔剣王が帝麟都市だけでなく雷王都市をも下したというのであれば、二つの都市を呑み込んだ広大な王国が生まれたはずだ。だが現実にはそんなものはない。テオバルト王が勝ったとしか考えられんだろう」
ヴォルフさんのその主張は、確かに頷けるところもある。二つの都市はどっちもこの央州では最大規模の都市。この二ヶ所を手中にしたというなら、央州全土を支配したも同然だ。
でも、少なくとも俺は、魔剣王がそれらの都市の王として、あるいは王の上に皇帝として君臨したとは聞いてない。〈北の魔剣王〉という名前はあくまで称号、通称だ。
「魔剣王は倒すべきを倒し、救うべきを救った。君臨して支配するのが目的ではなかった。最後まで従った者は、万年氷の街のさらに北の山中に移り住んだ。里の伝承ではそうなっている」
クルシスのその言葉には、どちらかというとヴォルフさんよりはフューリスさんが強く反応した。
「救うべきを救った、ね……」
どことなく懐かしむような声音なのは、フューリスさんとしては心当たりのある話だからなのかもしれない。
「それにしても、そこまでしておきながら山奥に移り住むなんて、欲がないというかなんというか……」
俺が率直な感想を言うと、みんなが怪訝そうな顔で俺を見た。
「ど、どうしたんです?」
「いや。お主がそれを言うのか、と思うてな」
……なるほど。田舎に引っ込んでるのは、俺も似たようなものなのか。魔剣王とは、理由は違うと思うけど。そうだな、俺と違ってきっと……うん、わかる気がする。大勢の人や国との関わりを絶とうと思った理由。
「魔剣王はその後に〈歪みをもたらすもの〉と戦ったんだよね」
俺の知る限り、それで合ってるはず。
それなら……。
「きっと、あんまり他人を巻き込みたくなかったんじゃないかな。俺は奴と戦った後にここに移り住んだけど、魔剣王はその生の最後にあの邪神と戦った。その準備として、戦うのに必要な物以外は全部、他人に譲ったんじゃないかな……」
俺も、強敵に挑むとなった時には、ニーナやミリアちゃんの同行を断ったこともある。誰かを守りながら戦うのはとても大変だし、それに、もし守り切れなかったらと思うと……。
「魔剣王が、あの邪神と戦ったのか?」
ヴォルフさんが訊ねてきた。よく知られてる話なのかと思ってたけど、そういえば俺も元々知ってたわけじゃないな。
「俺が〈歪みをもたらすもの〉と戦うために異界に行った時に、本人から直接そう聞いたんですよ」
俺がそう言うと、クルシスも「ああ」と頷いた。あの時はクルシスも一緒だった。……というより、クルシスが魔剣王に遭遇した時に俺も一緒だった、と言うべきかな。
フューリスさんが少し驚いた様子で俺とクルシスを見比べた。
「あの魔剣王が、この時代まで異界でまだ生きていたのかい? すごいことだね。それとも、異界は時の流れ方が違うのかな?」
「クルシスの魔剣に宿った魂というか、思念というか……それがあの場所で実体化したと……俺も詳しくは説明できないですけど」
生きていたかというと、ちょっと違うような気がするな。
クルシスの魔剣〈極北の魔神〉は魔剣王も使っていたし、中には魔神が封じられているとも言うから、そのあたりのことが影響した不思議な出来事だったんだろう。ステラさんも一緒にそれを見てたら、論理的な説明をしてくれたかもしれないけど。
「もっと話を聞きたかったが、すぐに消えてしまったな」
残念そうにクルシスが言ったのは、偽らざる本音だろう。クルシスは魔剣王を尊敬というか、崇拝してるし。
「知られざる伝説、といったところかな?」
フューリスさんが言うと、ヴォルフさんも頷いた。
「当時が災厄の時代であったのは疑問の余地もない。歴史として俯瞰すれば、多くの〈歪み〉が大陸を覆っておったのは明らかだ。その中で、魔剣王はかの邪神に挑み、ついに還らぬ者となった……か。辻褄は合うな」
ヴォルフさんも、俺と一緒にこの時代の〈歪み〉と立ち向かってくれた。
この人には立場もあるから、俺は一度は同行を断ったんだけど、それを聞いたヴォルフさんは「儂には妻子もない。親もすでに亡い。地位と名誉はあるが、お主のような若者を死地に向かわせてまで守るほどの物でもないわ」って笑い飛ばしたんだよな。
俺たちの戦いは『歴史』にはならないかもしれないけど、多くの困難があったのは、きっと魔剣王の時とも同じはずだ。
かつてあの邪神に立ち向かった魔剣王を、ヴォルフさんも悪くは言えないだろう。