「特級おなかが空いたです!」
帰り道。ナタリーはいつもの元気な声でそう主張した。足取りはどことなく軽やかで、後ろから見ていると、ナタリーが歩くたびにポニーテールがぴょこぴょことはねて面白い。
「そうだね」
空腹には俺も同意。夕食を一度目の前にしておきながら食べずに出てきたから、なおさらかも。
とはいえ、ナタリーやマリアさんに何か危険が迫っていたとしたら、のんびり食事をしている場合でもなかった。
……終わってみれば、俺がいなくても大丈夫そうだったな、というのが今日のことだけど。
いつもそうとは限らないっていうのも、これまでの経験。
「手伝いをしてちょっと疲れたですが、こうしてリオンが迎えに来てくれたから元は取った気分です!」
ナタリーが俺の二歩分くらい前を歩きながら、そんなことを言った。
「そういうものかな」
ナタリーが俺のことを悪く思ってないらしいのは、なんとなくわかってるけど。
今回の作業量に見合ってるのかな、俺の迎え。……もしかして希少価値? いや。うーん。送り迎え、わりとやってると思うけどなあ。
「暗いから足元に気を付けてくださいね! あっ! 手を繋ぎましょう!」
うきうきした様子で、振り返ったナタリーが手を伸ばしてきた。
「ほらほら。ランタンもあたしが持つですよ!」
ほとんどひったくるように俺からランタンを取り上げたので、ちょっと苦笑。
さらに、手を繋ごうと思って手を出すと、ナタリーから手首を掴まれて、さらに苦笑。
……でもこうしていると、迷宮の探索をしていた頃を思い出すな。
正しくないタイルを踏むと罠が作動するらしい、なんて時にはこうやって、ナタリーが前を行って安全を確かめてくれた。
「最近、足元の心配はあんまりしなくなったよ」
冗談めかして言うと、ナタリーも笑った。
「あはは。それは、ちょっとわかるです」
ナタリーと知り合ったのは、とある遺跡。ミリアちゃんの薬の材料を得るために、奥にある貯蔵庫跡に向かっていた時だ。
そこは長年の間に崩れたり、植物が生い茂ったりして、迷路のようになっていた。少数ではあるけど魔獣も棲み着いていた。今なら苦戦しないような相手ばかりだったけど、当時の俺にはまだ魔剣もなかったから、奥へ進むのにも相当苦労した。
手助けしてくれたのが、ちょうど同じ遺跡を調べていたナタリー。
古代の財宝があるという話を信じて調べていたものの何も見つからなかったそうで、探索で作った地図を俺に売って元を取りたかったらしい。
ナタリーから買ったその地図はとても出来が良くて、その後の探索は難なく進んだ。
他の遺跡でもときどき再会しては似たようなことがあって、もういっそのこと一緒に行こう、ってなった。
ちょっと不思議な縁だ。
「もう危険なことはしなくても暮らしていけるんだよな」
いろんな遺跡や迷宮を探索していた頃のことを思い出す。
どこも決して簡単ではなくて、ある時は不意に強敵と出会って危ない目に遭ったり、ある時は遺跡の罠で閉じ込められそうになったりもした。
この村で過ごす日常の中には、そんな危険はほとんどない。
「そうですね!」
ナタリーも笑いながら同意した。
そう考えてみると、戦わないで暮らすというのも、案外何とかなるのかもしれないな、と思う。
「あ、でも……」
ナタリーが小さく呟いて、立ち止まる。
「あれはあれで、辛いことばかりじゃ、なかったです。……リオンとも会えましたし」
見上げた先は星空。ナタリーは空に手を伸ばして、何かを掴むような、そんなしぐさをした。
俺も見上げてみると、なるほど確かに、これだけ星があればどれかひとつくらい掴めるやつが混じってそうな気もする。
仲間との出会いって、そういうものなのかもしれない――なんて。
「そうだね。俺もみんなに会えてよかったよ」
俺がそう応じると、ナタリーは少しはにかんだ笑顔を向けてきた。
「えへへ。ちょっとしんみりしちゃったです。それはともかく、早く帰ってニーナの料理を食べたいです!」
ナタリーの原動力は食欲。クレールも美味しいものには目がない方だけど、ナタリーはそれ以上。ニーナはその二人を相手に、毎日戦っている。
「そうだね」
同意した俺にまた笑顔を向けてから、ナタリーは俺の手をぐいぐい引っ張っていった。
*
館に戻ると、みんなエントランスに集まって俺たちを待っていた。
とは言っても、さほど深刻そうな様子じゃない。自室には戻らずに、食後にお茶を飲みながら歓談……という感じ。
「おかえり。どうだったの?」
代表してクレールが訊ねてきたので、俺はかいつまんで事情を説明する。
それでみんな納得したようだ。
「お姉ちゃんはお仕事大変だなー」
というミリアちゃんの言葉には、みんな頷いていた。俺たちもそれぞれに何となく担当の仕事があるものの、夜までかかりきりということは滅多にない。
「その急な患者さん、大事なくてよかったね。どこの誰だった?」
「俺はそこまでは。マリアさんに聞いたらわかると思うけど」
「わかった。じゃあ、お見舞いは僕から手配しとくよ」
そういえば、必要なんだな、そういうのも。
クレールはそういうところにわりとよく気が付く。元々、領主の娘として生まれ育って、自身も一時は領主だったというから、経験の差もあるだろう。
……でも、俺の故郷はどうだったかな。そういうの、あったかな。思い出せない。なかったのかも。いや、うーん。ひどい風邪を引いた時に、果物が届いてたような気もする。
「じゃあ二人とも。夕食は温めておいたから、食べよう」
ニーナが言うと、ナタリーは待ってましたとばかりに「感謝です!」と叫んだ。そのナタリーが食堂へ向かったのを合図にしたように、集まっていたみんなもそれぞれ散っていく。
「ありがとう。手間をかけさせたね」
隣に残っていたニーナにそう声を掛けると、ニーナは笑って頷いた。
「せっかく作ったんだから、できるだけおいしく食べてもらわないとね。さ、リオンも行こう」
本当にありがたい。