「資料では、魔剣王はどうして死んだことになってるんですか?」
ふと気になって、ステラさんに訊ねてみた。
「歴史から消えたとしか言いようがない。多くの説があるが、どれも確証のあるものではなかった。そのため、魔剣王の墓所は大陸の各地にあり、それぞれ様々な加護をうたって、その正統性を主張していた。……剣鬼の騒動で撤回したところもあると聞く」
剣鬼は魔剣王の子孫で、持っていた魔剣がそれを裏付けていたから、剣鬼の悪行のせいで魔剣王の評判まで下がったというわけだ。でもそれで魔剣王ゆかりの、と主張していたのをすぐさま撤回してしまうというのも、浅ましいというか恩知らずというか……。
「それにしても、あれだけの英雄が没年不詳扱いとは、何とも不思議なことだね。もちろん、クルシスの故郷になら、もっと詳しい資料があるのだろうけれど」
フューリスさんが視線を向けると、クルシスは飲みかけのジョッキをテーブルに置いて、口元を布で拭いながら頷いた。
「おそらくな。私は口伝によってしか知らんが」
「おや、そうなのかい?」
「歴史書は里の長老たちが管理していて、魔剣王の名を継がぬ内は書庫への立ち入りを禁じられていた。今なら読む資格があるかもしれんが、剣鬼の騒動以来、一度も戻っていない。あまり良い記憶もないしな」
そこまで言って、クルシスはまた麦酒を呷った。
……そういえば俺も、故郷を滅ぼされてから一度も帰っていないな。そもそも、戻ってももう何があるってわけでもないだろうけど……。
それ以前には楽しい思い出もたくさんあったはずなのに、最後に見たあの光景で全部が上書きされてしまって……きっと、今からあの村に戻っても、失われたものはもう戻ってこないってことを実感するだけなんだろう。
クルシスも、剣鬼に父親を殺されたと言っていた。長老たちは元々才能のある剣鬼に魔剣王の名を継がせる気だったらしいし、暴走した剣鬼を止めるためにクルシスが旅立つ時も、全く期待していない様子だったとか。
絶対に嫌だ、とまでは思ってないにしても、わざわざ帰るほどじゃない、というくらいは思っても無理もないところかな。
本人が帰りたくないなら、俺としても無理に勧めるつもりはない。
いつかわだかまりも解けて気軽に帰れるようになればいいな、とは思うけど。
「魔剣王は出生についても複数の説があり、判然としない。どこからか現れて、どこかへ消えた。そういう人物」
ステラさんが解説を続けた。
どこで生まれたかもわからないのか。まあ、田舎村の出身だとか、貴族でも没落した家だとか、そもそも規模の小さい家柄だとかなら、大成して名前が知られるようになってからの方が資料が多いっていうのは、十分あり得ることだ。
「実在したのは、間違いないけれどね」
「まあ、フューリスさんは実際に……あっと」
実際に会ったことがあるから当然――と言いかけてしまった。フューリスさんが指を自分の口元に当てるしぐさで止めてくれてよかった。本人がみんなには秘密にしてて、俺を信頼して話してくれたことを、うっかりで口にしちゃまずいよな。気を付けないと。
「末裔である私から見ても謎の多い人物だが、なればこそ、魔剣王の足跡を辿る旅も悪くないというものだ」
クルシスはそう言って、摘まみ上げたソーセージを口に放り込んだ。
そうだった。クルシスはその旅の途中だ。ヴォルフさんがいるのもヴィカが滞在している間だけだし、フューリスさんも出発の準備が整えば行ってしまうだろう。
みんなそれぞれ立場や目的があって、いつまでもここにはいない。
そうすると、この中の誰かと誰かは、顔を合わせるのはもうこれで最後……なんてことがあるかもしれないわけだ。
「うむ……。すまんな、クルシス。ちと熱くなりすぎておったわ。魔剣王もテオバルト王に劣らぬ英傑であったことは儂も十分に理解した」
「わかったなら良い。……雷王も魔剣王の良き好敵手だったと聞く。雷王都市の基礎を築いたというほどの人物ならば納得というものだ」
「いやー、どうなることかと思ってヒヤヒヤしたよ。やっぱ、お酒は楽しく、仲良く飲まなくっちゃーな! おやっさん、麦酒追加で!」
親方の言う通りだと、俺も思う。
遠く離れて思い返す時、最後の思い出が喧嘩別れじゃ、寂しいもんな。
……それにしても、クルシスが珍しく饒舌だったのに、ネスケさんは完全に酔い潰れてるな。取材、まったく捗ってないんじゃないかな。
ほとんど魔剣王の話だったような気もするけど、それはそれで、世間では詳細不明とされてる部分に踏み込んだ話だったよな。
俺も魔剣王のことが少しわかった気がする。
どこからか現れて、多くの戦いを繰り広げて、どこかへ消えた。
うーん。ミステリアスな人物だな。これが歴史のロマンってやつか……
……あれ?
「もしかして俺も、後世の歴史家から詳細不明の人物扱いされる……?」
俺の呟きに、みんなが俺を振り向いた。
「……可能性はあるな」
そう言ったのはクルシスか……。そこに、ヴォルフさんの追い打ち。
「剣鬼は各地で派手に暴れておったゆえ記録も残ろうが、お主は、こう……見た目は地味だからな」
ま、まあ、出世欲は特にないし、決して目立ちたいと思ってるわけでもないんだけど……
もし俺の人物像がよくわからなくなって、そのせいで後世の歴史家が頭を悩ますようなことになったらちょっと申し訳ないなあ、というくらいは思ったりするところだ。
「そうはならない」
と、ステラさんが妙に自信満々に言ったから、驚いてその顔を見ると……
「私が伝記を書く」
表情は一見いつもと同じだけど、その声音や姿勢、それに眉の微妙な角度から察するに、どうやら本気らしい。
「それはさすがに、どうかと……」
伝記なんてそんな、まるで歴史上の偉人みたいに……
確かに全部忘れ去られてしまうと寂しいけど、そこまでする必要はないような。
「いやいや、実にいい考えだと思うよ」
俺の方に微笑を向けながら、フューリスさんがそんなことを言った。
「それほどの人物なのだから、ぜひ記憶のしっかりしているうちからまとめておくべきだよ。そうすれば、私も君たちと過ごしたこの時間をずっと忘れずにいられるからね」
この人にそう言われると、俺としてはどうも反論しにくいな。
「そーゆーことなら、あの銅像の横にでっかい石碑も建てよう! リオンさんの偉業を石に刻んで一万年先まで残そう! よーし、前祝いのかんぱーい!」
親方は……俺の銅像のあたりを観光名所にしようと考えてるのか……。
勝手に建て始めないように、注視しとかないとな。