「ただいまです!」
ナタリーだった。その後ろにはミリアちゃんとハスターも一緒だ。
それを確認したところで、クレールが大きなため息。
「なーんだ。陳情かと思ったらナタリーか」
「なんだとはなんですか!」
クレールの言い方にナタリーは憤慨してるけど、俺もクレールと同じように思ったのは事実。でもまあ、この二人が来たなら陳情待ちの退屈な時間は終わりそう。
というところで改めてナタリーとミリアちゃんを見てみると……妙に薄着だ。
ミリアちゃんは白いワンピースに、リボンのついた麦わら帽。もうすでに夏を先取りしたような格好だ。足下もサンダルだし。
ナタリーはたくしあげたシャツを胸のすぐ下で結んでいて、下はショートパンツ。健康的なお腹や太股があらわになっている。
二人とも、あと数年したら世の男たちが放っておかないだろうな……なんて思うのは、何だか兄のような心境、というのかな。……父親ではないはずだし。
「そんなこと言うならクレールにはお土産あげないです!」
ご機嫌斜めのナタリーがそう宣言すると、クレールは「えっ」と声を上げた。
「お土産ってなに?」
あげないと言われたのに――いや、言われたからこそなのか、クレールがそう訊ねると、ナタリーは「ふんっ」とクレールから視線を外した。
「クレールにはこの特級きれいな『何かの羽根』をあげるつもりでしたけど、これはステラにあげるです!」
そう言ってナタリーが腰の後ろに身に付けていた鞄から取り出したのは、鮮やかな赤みのある羽根だ。結構大きい。
「綺麗な色だね。何の鳥の羽根だろ」
「火炎鳥。赤みのある羽根が名前の由来。水辺に片足で立つ姿がよく知られる。巨大な群れを作って暮らす」
首を傾げたクレールに対して、ステラさんが即答。でも、知らない鳥だった。俺が考えてもわかるはずなかったな。
ただ、この大きさの羽根を持ってるなら、かなり大きい鳥だと思う。群れを作るとステラさんが言ってるし、そもそも羽根が落ちてるなら近くに生息してるはずだから、そのうち見る機会もあるだろう。
「……興味深い」
ステラさんはそう言って、ナタリーからその羽根をもらっていた。言葉の意味は「ありがとう」ってところか。
「ふーんだ。僕はもっと大きな羽根を見付けてみせるよ!」
もらえなかったクレールは、妙に前向きな負け惜しみを言ってるな……。
「でもこれお土産って、どこのお土産?」
「クレールには教えないです!」
「裏にある砂浜だよ! ナタリーちゃんとハスターと一緒に散歩してきたの! 貝殻とかも拾ったよ!」
横取りをたくらむクレールにナタリーは抵抗したけど、ミリアちゃんがあっさり白状してしまった。しかもそれが、ちょうどついさっき話題にしていた砂浜。
「あそこならすぐ近くだね。んふ。僕も後で探そーっと」
「ぐぬぬ」
このくらいの張り合いならまあ、害のない方か。殴り合いをするわけでもないし。俺とクルシスの練習試合の方がよっぽど被害が大きいな。
「あ、そうだ。ヴィカにもお土産があるです」
「まあ何でしょう」
ナタリーがまた鞄に手を突っ込んで、今度は何か黒っぽい塊を取り出した。
「散歩してて見付けたです。変な顔みたいな模様の石です!」
……俺もそういうの、子供の頃には集めてたな。
ナタリーはその時の俺よりは年上のはずだけど、ミリアちゃんと一緒に遊んでると子供心が勝ってしまうのかもしれない。
でも、その石をもらってヴィカが喜ぶかというと……。
「あら。確かに変な顔ですね。面白いです」
……どうやら気に入ったらしい。ヴィカは石というと宝石なんかを見慣れてるだろうから、こういう普通の石が逆に珍しくて面白いのかな……。
なんて考えているところに、ナタリーの補足説明。
「困った時のリオンみたいな顔です!」
言われて、みんなが俺を見た。
「なるほど?」
ヴィカは首を傾げて苦笑してる。その隣に座っているペトラは、石と俺との間で何度も視線を往復させて見比べてるな。
「……俺、そんな顔してる?」
訊ねてみる今の俺が、もしかすると、まさにその『困った時の顔』なのかもしれない。
「よく似てるですよ!」
ナタリーがそう言うと、今度はしきりに見比べていたペトラが。
「確かに似てる。変態の顔。呪われそう」
ひどい言われようだ。でも本当に似てるんなら、ヴィカにとってはここに滞在した記念にはなる……かな。
「きゅい!」
と、突然鳴いたのはハスター。……ハスターだよな? なんか、顔――というか頬がものすごく膨らんでて、いつもと雰囲気が違う。
スペースハムスターは、食べ物なんかを一時的に口の中にある頬袋に入れておくことができるらしい、というのはステラさんが前に教えてくれたけど。
ここまで大きくなるものなのか……。
「あ。ハスターからもお土産があるみたいです」
ナタリーが通訳するのに合わせて「きゅいっ!」ともう一声鳴いたハスターは、膨らんだ頬を両手でぐいぐいと揉んだかと思うと、人の頭ほどにもなるかという大きなきのみを、口の中から『もがっ』と取り出した。
どことなく、南国の雰囲気がある実だ。多分、その砂浜に流れ着いていたんだろう……けど……。
「あ、ありがとう、ございます……?」
ヴィカが困惑気味なのは、これがハスターの口の中から出てきたからだろうな……。困惑しながらも受け取ってたけど。これがネズミ嫌いのペネロペだったら卒倒してもおかしくないところだ。
で、ナタリーとハスターがそうして『お土産』を披露する傍で、ミリアちゃんは申し訳なさそうにしていた。視線を向けると……。
「あたしは浜辺で拾ったものはお姉ちゃんにあげるから、他のみんなにはお土産がないの……」
なるほど。今日はマリアさんは魔女の店に手伝いに行ってる。砂浜に一緒に行けなかった分、お土産くらいは、ってところか。
「だから、ヴィカちゃんにはかわりにこれをあげる!」
そう言ったミリアちゃんが肩掛け鞄から取り出したのは、折り畳まれた羊皮紙。
「これね、あたしの研究メモ!」
「かわいらしい研究者さんですね。ありがとうございます」
「うん! 中はねー、なんだと思う?」
ヴィカの目の前にそれを差し出しながら、手渡す前に問題。
ミリアちゃんがわざわざそう訊くからには、普通に考えつくようなものじゃないだろう。となると、俺には想像もつかない。
「そうですね……お菓子の作り方や、お花のスケッチ……とかではないですか?」
ヴィカが少し思案してから挙げたのは、確かにミリアちゃんくらいの子が熱心に書き留めていそうな事柄に思える。
「んっんー、ちょっとちがうかも。見てみて!」
ミリアちゃんから手渡された紙を、ヴィカは慎重に広げた。
そして、ハスターからきのみを渡された時以上の困惑顔になった。
「……これは?」
「さっぱりわからない。なに?」
ヴィカの横から覗き込んだペトラも降参して答えをせがむと、ミリアちゃんは「それはねー……」と少しもったいぶってから、正解を口にした。
「上級法術の発動中に外部から強い干渉を受けた時その影響を受け流しながら自分の術に取り込んで威力を増すためにあらかじめ展開しておく魔法陣の構築理論の草案!」
わかるはずない、そんなの。
「……あらあらまあまあ」
ヴィカは返すべき言葉が見付からないのかそんな風に応じたけど、顔は笑っている。もしかすると、子供が子供なりに真剣に描いた微笑ましい落書き……とでも思ってるのかもしれない。
「非常に興味深い」
ステラさんは、それがただの子供の落書きだとは思ってないみたいだ。そして俺も、ステラさんの見解が正しいと思う。ミリアちゃんの才能に触れる機会をまだ持てていないヴィカがそう想像できなかったとしても、無理もないけど。
いずれにしても、もらって嬉しそうなのは確かだし、あれこれ言うのも野暮か。
「そういえば、俺にも何かお土産があるのかな」
一応訊ねてみるけど、ナタリーもミリアちゃんもハスターも、俺に何かを渡そうという気配はない。
「変態はやっぱり人望ない」
ペトラがそう言って含み笑いをしたけど、そんなはずはない……よな。
と思っていると、ナタリーが「あのー……」と進み出た。
「ごめんなさいです。リオンには特級いいものをあげたいと思ったら、決めきれなかったです」
「なるほど。そういうことなら仕方ないね」
俺にも人望がないわけじゃない、ってことはこれでペトラにも伝わったはずだし、それをお土産ってことにしよう。
「なーなー、私には何もないのか?」
ペトラにそう言われて、ナタリーとミリアちゃんが顔を見合わせた。
この流れでペトラにはかわいそうだけど、これは二人とも何も用意してないな。
「な、何かあるだろ?」
ペトラは食い下がるも、ナタリーもミリアちゃんももう特には……と思っていると。
「やれやれ、見てらんねえぜ」
みたいな様子で、ハスターがスッと進み出てきて……
また頬袋から『もがっ』ときのみを取り出して、ペトラに手渡していた。
「あ、あ、ありがとう! これでペネロペに自慢できる! きしし、あいつ羨ましがるぞ!」
「誰からどうやってもらったかは、言わない方がいいと思うよ……」
大喜びのペトラに、クレールの忠告がちゃんと届いてるかどうか、ちょっと不安だ。
それにしても……
ハスターの顔、この部屋に入ってきた時の三分の一くらいに縮んだな……。