「……確信したです。もう黙ってられないです」
全員が食堂に揃って、これから夕食前のお祈り……というところで、ナタリーが突然立ち上がった。
「あたしはヴィカを告発するです!」
「え、いきなり何」
脈絡はいまいちよくわからないけど、ナタリーが何かに怒ってるのはその表情から明らかだ。
「あたしは気付いてしまったです。確信したです」
「どうしたの。さっきはお土産とかあげて仲良くしてたのに」
「あたしは裏切られた気分です!」
クレールの指摘に、ナタリーは拳を振るわせて応じた。腹に据えかねた、ってところか。何がそんなに気に入らなかったのか、俺にはわからない。
視線を向けられた当のヴィカも、首を傾げている。心当たりはないらしい。
「ヴィカは……」
ナタリーが、その右手の人差し指をビシッと真っ直ぐに伸ばしてヴィカを……
いや、ヴィカの前にある料理の皿を、指差した。
「ヴィカの料理は、あたしのより多いです!」
「なーんだ。そんなことか……」
「なんだとはなんですか!」
クレールの言い方にナタリーは憤慨してるけど、みんなクレールとほとんど同じ感想なんじゃないかな……。
「あたしだってもっと食べたいです!」
ナタリーはそう訴えたけど、十分にたくさん食べてると思う。
そして、ヴィカがそれ以上に食べてるとは思えない。お皿に乗った分は、いつも残さずきれいに食べてはいるけど。それが他の子と比べて特に多いってことはない。
「……ええっと、あまり気にしていませんでしたけど、そうなのですか?」
ヴィカが視線をニーナに向けてそう訊ねるも、ニーナの返答は……
「だいたい同じにしてるはずだけど。そもそも、誰の分って決めて盛り付けてるわけでもないし……」
献立に肉がある場合は俺が切り分けるけど、その場合もあまり極端に変わらないようにしてるな。まあ、ステラさんがあんまりお肉を食べないから、その分くらいはナタリーのが増えてることもある。
「昨日も多い気はしてたですが、今日は間違いないです! 絶対多いです! いま確認してみてほしいです!」
ナタリーが自分の皿を持ち上げて、みんなにそう訴えた。まだお祈りの前だから、二人のお皿も手つかずのままだ。
二つの皿が隣同士に並べられて……
「……確かに多い」
「ほら!」
いや、これは確かにナタリーの言う通りだ。
どっちも同じ、野菜炒めに目玉焼きが乗ってる、っていう皿だ。でも、ナタリーのお皿に盛り付けられた量と比べると、ヴィカのお皿の方が、そうだな、二割か三割かくらい多く見える。
ニーナが両方の皿を手に持って重さを比べているけど、見た目通りに重さも違うらしい。
そして、ナタリーのが減っているわけではない。他のみんなと同じ量だ。
「おかしいなあ。同じくらいにしたはずなんだけど……」
ニーナが首を傾げる。ヴィカも首を傾げている。
ナタリーの分が減ってるっていうことなら話は簡単なんだけどな。本人も無意識のうちに食べてしまったから、というのがナタリーならあり得なくはないし。でも、ヴィカのだけが増えているというのは、不思議な話だ。
「んっんー! みんな大事なことを見落としてるよねっ!」
立ち上がったミリアちゃんが、胸を反らしてそんなことを言った。
「名探偵あたしの推理によるとー、これは普段からヴィカちゃんのことを手助けしてる、近くの人の犯行だと思うなっ!」
その指摘を受けて「っ!」と肩をふるわせた人物がひとり……。
「あーっ! ペトラの料理が少ないです!」
その言葉の通り、ヴィカの隣に座るペトラの取り分は、巧妙に隠蔽されてはいるもののよく注目して見れば明らかに少なかった。
観念したペトラは、がっくりと肩を落として犯行を自供した。
「こんなにおいしい料理なんだから、ヴィカ様に少しでも多く食べてもらいたいと、そう思って……それがこんなことになるなんて……」
そういえば少し前にはお菓子の取り合いでペネロペと喧嘩になりかけたこともあったな。あれもヴィカにたくさん食べて欲しいっていう心遣いが暴走した結果だった。
「あらあらまあまあ……まさかそんなこととは思いませんでした」
そう言ったヴィカの顔は、とても申し訳なさそうだ。
「ごめんなさい、ナタリーさん。侍女の罪は私の罪でもあります。責は私が負います」
「ヴィカ様は何も悪くない! 罰なら私が受ける!」
主従の強い絆を感じるな。……そこまでするほどの問題とも思えないけど。
「ペトラ、あなたの心遣いは嬉しいです。ですが貴方は、自らの罪を認めず、あまつさえその罪を侍女に着せるような者を、自分の主にしたいですか?」
ヴィカのその言葉は、俺にも刺さるなあ。みんなからちゃんと領主として認められるように、品行方正に生きないとな。
ともあれ、今回のことに関しては……。
「いやっ! あたしもヴィカが悪いみたいに決めつけて申し訳なかったです……」
ナタリーがしょんぼりと謝ったところで、まあ、一件落着かな。
「迷惑をかけてしまったので、あたしにもリオンから何か罰を言い渡して欲しいです!」
えっ、俺? いきなりこっちに振られてもなあ。
「私たちにもお願いします、リオン様。もう二度とこんなことが起こらないように……」
ヴィカだけでなくペトラまで神妙な面持ちなのは、ちょっと珍しいものを見た気分だけど。
「いやあ。当人同士が納得してやる分には、料理を融通し合うくらい構わないと思うよ……」
俺の意見はそんなところだけど、当人達はそれじゃ納得できない様子。
それほどの大問題かなあ、これ。でも何か言い渡さないと、この事件は終わりそうにない。他のみんなも夕食をとれずにいるし……。
「じゃあ、えーっと……」
でも、この程度のことにあまり重い罰を科してしまうと、他のこととの釣り合いが取れないんだよな。あー、どうするかなあ。
それで結局。
「罰として、明日の朝食が終わるまで言葉の最後に『ニャ』ってつける、ということで……」
やったことの程度を考えると、これでも重すぎるかもしれないけど。
「わかったです! ……あ、わかったですニャ!」
「謹んで承りましたニャ」
「反省してるニャ。みんな、ほんとごめんニャ」
ナタリー、ヴィカ、ペトラが口々にそう言って、今度こそ本当に一件落着……なのかな。
「……悲しい事件だったニャ……」
「クレールはつけなくていいんだけど」
俺は……いったいどうすれば良かったんだろう……。