「リオンに話がある。ちと借りていくぞ」
ヴィカがなるべく自由に過ごせるようにと館の中まではほとんど入ってこないでいたヴォルフさんが珍しく俺の執務室を訪ねてきて、そんなことを言った。
一緒に書類の整理をしていたステラさんとクレールにはそのまま続けてもらって、俺はヴォルフさんと共に執務室を出る。
前庭から正門の外に出て、館の誰かがこっそりついてきてないか振り返って一応確認してから……。
その上で、さらに声を潜めて、ヴォルフさんが口を開いた。
「こちらで賊を捕らえた。所持品を調べたところ、予想通りではあるが、雷王都市内の反王制派だとわかった。姫様に危害を加えて、陛下を脅迫するつもりだったようだな」
報告されて、ちょっと驚いた。
以前には空き巣もいたし、もしかしたら……とニーナが心配してたのが当たってしまったか。今回はヴォルフさんたちが警備を担当してくれててよかった。
でも、その悪党も雷王都市からこんな田舎村までご苦労なことだ、とは思うな。
「お主の領地でのことゆえ、捕らえた賊はそちらに引き渡しても良いが……」
「いや、ヴォルフさんに任せます」
こっちは正直、悪党を捕まえておく余裕がない。牢屋は前の領主と揉めた時に打ち壊したきり建て直してないし、昔を思い出させるような重い刑罰もなるべく控えることにしてるから、領主の館への襲撃の『未遂』に対しては、せいぜい領外追放になるくらい。
そもそも目的が雷王都市への攻撃ということなら、雷王都市に判断を任せるのが妥当だと思う。
ということを伝えると、ヴォルフさんは「そうか」と頷いた。
「形式上は、そちらからこちらへ引き渡してもらった、ということになる。その方が後々の面倒がないのでな。その書類は今日にでも作るとしよう」
こういうのはクレールが得意だし、実際に普段はほとんどやってもらっているけど、今回はヴィカのことに絡むから俺がやるしかないか……。
「……それにしてもな」
と、ひげを撫でながらヴォルフさんがぼやいた。
「その反王制派、ある人物を指導者として仰いでおるのだが……誰だかわかるか」
「そんな集団があるってこと自体、初めて知りました。誰なんです。俺の知ってる人かな」
多分そうだろう。でないとそんな問題を出されてもわかるわけがないし。
雷王都市にいて俺がよく知ってる人というと、まず一番には、俺の父さんの弟にあたるダックス叔父さん。ニーナのお父さんだ。でも、そんな大それたことをする人じゃないな。善良な人だし、ヴォルフさんとも旧知の間柄だ。
とすると他には……
「お主だ」
考えをまとめる前に、ヴォルフさんが答えを言った。
「はあ。……えっ、俺?」
「剣鬼を討伐した英雄であるのに冷遇され、雷王都市を追放までされて、陛下を恨んでいる……という設定なのだそうだ」
「設定」
うーん。確かに、何のわだかまりもないというほど気持ちよく雷王都市を出てきたわけじゃなかったけど。
転覆を企むほどまで恨んでた覚えはないなあ……。
「つまり、俺の偽者がいる?」
俺じゃないんだから、そうとしか考えられない。
「まあ、そうなるのだろうな」
ヴォルフさんも重々しく頷いた。
……何人目だろう、俺の偽者。何人まで増えるんだろう。そのうち俺の偽者だけで村がひとつ作れちゃうんじゃないだろうか……。
「無論、陛下はそんな与太話を信じてはおられん。儂もお主がそんな男でないことは強く申し上げたしな。でなければ、姫様をお主に預けるはずがなかろう」
「それは確かに」
そういう事情を知ると、王様が俺を嫌ってるとは全く思えないな。むしろ、結構信頼されてるんじゃないだろうか。
そうすると、騎士になるように誘われたのを断ったのは悪かったかなあ。雷王都市の騎士として過ごすのも、それはそれで、ここの暮らしとは違った楽しみがあったかもしれないし。
まあ、今更な話ではあるか。性に合ってるのは田舎暮らしかな、っていうのは、確かだし。
「うーん。するともしかして、ヴィカがここにいるのは……」
王様やヴォルフさんは、そういう活動をする集団があるのを知っていて……
そうだ。さっき『予想通り』反王制派だった、って言ったな。
全部知ってて、それで、ヴィカをここに避難させてる、ってことなのか。
俺の呟きに、ヴォルフさんは首肯を返してきた。
「実は今、雷王都市の方ではその組織を潰しているところでな。その間の危険から姫様を遠ざけるためにこの旅行が組まれたという面もあるのだ。一石二鳥、というやつだな。わっはっは」
わっはっは、じゃないよ。
それで最初から信頼できる部下たちを呼び集めておいたわけか。警備の態勢を作るのが妙に素早いとは思ってたんだ。
「そう難しい顔をするな。心配することはない。こうして強硬手段に出てきたということは、後がないくらい追い詰められておるのだ。そろそろ掃除も終わる頃であろうよ」
掃除か。それで俺の偽者が捕まれば、たぶん死刑だろう。
偽者とはいえ『俺』がそうなるのは決して気持ちのいいことではないけど、そもそも悪党が俺の名前を勝手に使ってること自体が気分のいい話じゃないな。でも、ある程度有名になったら仕方ないことなのかな。
「まあ、もしやむにやまれぬ事情があってやったことだったら、俺の名前を騙った件についてだけは刑を減じてあげてください」
確か、貴族を騙るとそれだけでも死刑になりうると聞いてる。でも、どうしてもそうせざるを得ないことも……うーん、俺はすぐには思いつかないけど、まあ、あるかもしれない。
「お主は甘いな。王制の廃滅を企図するだけでなく実際に行動もしておるから、その罪だけでも死刑は免れんと思うぞ」
そうなのかもしれないけど、領主を打倒して取って代わったって点だけ見れば俺も似たようなものだからなあ。俺が許されてるのは、前の領主の横暴が証明できた上に勝ったからであって、もし負けてたらそれこそ死刑だっただろう。
「とはいえ、その分で絞首刑から薬殺刑に減じられるくらいはあるかもしれんな」
どっちにしろ死刑には違いなくても、死後の名誉に関して扱いが違う可能性はある、か。
「反王制派の処遇はともかく、事が済めば姫様のご旅行も終わりになる」
ああ。数日くらい、とあまりはっきりした予定を決めないまま滞在することになったのも、埃を掃き出すのに何日かかるかわからなかったからか。
でも、それももうすぐ終わる、というわけだ。
「そうですか。少し寂しくなりますね」
ヴィカは持ち前の社交性ゆえなのかすぐに馴染んでいたけど、ペトラの方はようやく、というところだった。最初は住人が一度に二人も増えるなんて、と思ってたけど、もうすぐいなくなると思うとやっぱり寂しい。
ということを嘘偽りなく話すと、ヴォルフさんは腕組みして「うーむ」と唸った。
「……やはり、婿候補として雷王都市に戻る気はない、か」
そのことか……。でも、それは断るとヴィカ本人にも告げてある。ヴォルフさんから言われても、考えが変わることはない。
「とても素敵な方だとは思いますけど」
それも本心ではあるけどね。だから、いい相手が見付かるといいな、とは思う。
「儂は姫様がお生まれになってからずっと傍で見守ってきたのでな。礼を失することとは思いながらも、我が娘のように思うこともあるのだ。……お主になら、安心して任せられるのだがなあ」
「はは……」
ヴォルフさんの評価はありがたいけど、もし仮に俺が騎士としてヴォルフさんの部下だったら、もっと短所が目についたんじゃないかと思う。
例えば、戦い以外のことであんまり役に立たないこととか。……全然役に立たない、とまで言わないのは見栄だ。
「しかしダックスの所のニーナも幼い頃から知っておるし、お主の隣にはあの子の方が似合う気もする。悩むところよな」
眉間にしわを寄せて唸るヴォルフさんに、俺は苦笑するしかない。
「ヴォルフさんが悩んでも仕方ないでしょう」
「確かにそうだ」
俺自身にだって選択権があるかどうか疑わしいのに、当事者でないヴォルフさんが悩みに悩み抜いたところで、何が変わるということもないわけで。
「まあ、儂から言いたいことはな。あの子らを泣かせるような真似はするなよ、ということだ」
そう言うのは、ヴィカやニーナの保護者を気取ってか……それともあるいは、俺の保護者のような気分で、かもしれない。
「それは……肝に銘じます」
俺がそう返すと、ヴォルフさんは満足げにひげを撫でて「うむ」と頷いた。