竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

88 / 175
幸運を呼ぶツボ

 フューリスさんが部屋から持ってきたのは、旅の荷物が詰まった背負い袋。

 一見するとそれに入りそうもない物が次々に引っ張り出されて、ユウリィさんの鑑定に掛けられた。

 その中にはフューリスさんがサンジェルマン伯爵に変装する時に着ていた衣装もあったけど、これはフューリスさんの体型に合わせて仕立てられてるから、ユウリィさんは「仕立て直すのは面倒だな?」と渋い顔をしていた。品質自体は、貴族の服として申し分ないらしいけど。

「着てみるかい?」

 フューリスさんに言われて、俺は苦笑。いいデザインだとは思うけど、ちょっと、俺の身長だと似合うとは思えないな。

「確かに、うん。今の君に合うように直しても、君は今後まだ成長してしまうかもしれないね」

 その可能性はあると思う。そう思いたい。

 結局、ユウリィさんがフューリスさんから引き取ったのは宝石が主だった。その中には大粒の魔晶石もあった。むしろこれが一番高価なのか。

 そういうわけで、邪鋼の短剣は晴れてフューリスさんの物になった。

「いい買い物したよ、あんた」

 館で使うために注文しておいた物も数は足りてるし、その料金もさっき支払った。これで今日の取引は終わり……

「あら。御用商人ですか?」

 というところで前庭に現れたのは、ヴィカ。

 ……フューリスさんの取引に気を取られてて、ヴィカの接近に気が付かなかった。まずいことになった。

「御用商人。ふむ、まあそんなところだな?」

 ユウリィさんは俺に視線を送って、そう言った。その琥珀色の目は、全部理解したぞ、と告げている。……まあ、ユウリィさんほどの人が、雷王都市の王女ヴィクトリアのことを知らないはずはないよな……。

「その身なり、いずこかの高貴な身分の方とお見受けするが、いかがかな?」

「ご想像にお任せするということで……」

 二人とも、笑顔。

 お互いはっきりとは言わないけど、これはもう完全に、わかっているけどわかってないふりをしている、って様子だ。

 そこは大人の対応だと思う。これなら案外、酷いことにはならないかもしれない。

 ……と、そう思ったのも束の間。

「それなら、そうだな……これなんかどうだ? これは幸運を呼ぶツボでな……」

 思った途端にこれだよ。

「……そういう無理矢理な押し売りはやめてください」

 よりにもよって、商材が『幸運のツボ』。いくら俺が田舎者で世間知らずでも、これが詐欺同然の話だって事くらいはわかる。

 ところがユウリィさんは悪びれることなく、荷台から取り出したそのツボを丁寧にテーブルの中央に置いてみせた。

「領主様は疑り深いな。こいつは本当に正真正銘、幸運を呼ぶツボなんだぜ?」

「えぇ?」

 そう言われても……見た目は、古くさいツボだ。いつ頃作られたのかは、詳しくないからわからないけど、少なくとも最近流行のデザインじゃない。そして、さっき邪鋼の短剣に感じたような特別な気配も感じない。

 正真正銘って、どこでそう判断しろというんだろう。

「前の持ち主がそう自慢してたのを、オレはよーく覚えてる」

 ユウリィさんは大袈裟な身振りを交えて、そんな話をした。

「そいつが馬車に轢かれて死んだんで、形見分けでもらってきたんだ」

「それ、前の持ち主は不幸な亡くなり方をしてますよね?」

 馬車に轢かれて死ぬなんて、幸運のツボを持ってたにしてはおかしな話だ。

 指摘すると、ユウリィさんはにやりと笑って……

「ほう。そこに気付くとは、鋭いな?」

「いやいやいや……」

 そこまで鋭くなくても気付くと思う。明らかに矛盾してるし。

 でもユウリィさんはまだ諦めていない様子で「まあ最後まで聞いてくれ」と話を続ける……。

「かつてこれを手に入れた旅商人がいてな。大きな取引をいくつも成功させ、大教会とも深い繋がりができて、きれいな嫁さんももらって、人生はまさに順風満帆。ついには自分の店を持つまでになった。だがある時から、店は寂れ、嫁さんには逃げられ、石があればつまずき、犬に会えば噛みつかれ、とまあ散々な余生を送ったそうだ……」

 前半の上り調子からの、後半の落差がすごい。

「完全に不幸のツボじゃないですか」

「そう思うだろう?」

 俺の指摘を受けたユウリィさんは、それを待っていたという顔で笑った。

「実はこの幸運のツボ、大きな幸運を得られるのは最初の一年の間だけでな。欲張っていつまでも持っていると不幸になるんだ。つまり……さあ、もうわかっただろう? 一年以内に手放してしまえば大丈夫ってわけなのさ」

 そうなのか、なるほど……。

 うまい話には裏がある、そしてそのさらに裏をかけばうまい話にありつける、というわけだ。

「あらあらまあまあ」

 思わず、という様子でヴィカが声を上げた。

「では、これがあれば……これさえあれば……」

 震える手は、テーブルの上に置かれたツボへと伸びる。

 ヴィカはこんなツボに頼らなくてももう十分に裕福だと思うけど、でも、将来に不安を感じていないわけじゃないのは、本人から聞いたとおり。

 確かに、このツボがもたらす幸運があれば……

 フューリスさんの手が強く打ち鳴らされたのはその時だ。

「騙されてはいけないよ、二人とも。ユウリィの売り口上なんて半分はでまかせなのだから」

「……えぇ?」

 俺としては「ユウリィさんがまさか」とは、思わない。

 どちらを信用するかといえば、フューリスさんだ。

 ……でまかせ、なのか?

「失礼なことを言うやつだな」

 そう言ってユウリィさんは憤慨した様子を見せた。

「オレは商売に関しては信用ってやつを大事にしてるんだ。そんな詐欺みたいなことをするはずがないだろう?」

「ふむ。それならば、君がそのツボから得た幸運というものを、ぜひ聞きたいね」

 そうだ。今このツボを持っているのはユウリィさん。

 話が本当なら、当然、ユウリィさんもとてつもない幸運を手にしているはず。

「ああ。ひとつは、領主様と知り合えたことだな」

 悩むことなく、ユウリィさんはそう口にした。

 ……それは幸運なのかな。

 俺の方としては確かに、ユウリィさんほどの商人と知り合えたのは幸運だけど、ユウリィさんからもそうなのかは……。

「なるほど? それは確かに、望外の幸運かもしれないね。他には?」

 フューリスさんはそう言って続きを促した。……俺とのことは幸運扱いでいいのか。今のところフューリスさんからもヴィカからも異論は出てない。そうなのか……。

「いちいち語るのも面倒くさいくらいにいろいろあったな。東で安く仕入れた商品が西では高値で売れるなんてのは日常茶飯事だった……」

 うん……うん?

 俺は商売のことにはすごく詳しいわけではないけど、土地ごとの特産品は生産数が多いから安くて、それを別の土地に持っていけば高く売れる……というのは普通によくあることで、だから旅商人って仕事が成り立つんじゃないのかな。

 ユウリィさんが言ってるそれは、本当にツボのもたらす幸運なのか……?

 その表情は真剣そのもので、真面目に語っているようには見えるけど。

「あとは最後にもうひとつだけ、大きな幸運がある予定になってる」

「それは?」

 訊かれて、ユウリィさんはそのツボの口のあたりを気軽に掴んで、片手で持ち上げた。

 そして、それまでの神妙な顔を崩して、にやりと笑った。

「この何でもないツボがいかにも不似合いな高値で売れちまう、ってのは、どうだ?」

 何でもないツボ……ということは。

「……やっぱり詐欺なんじゃないですか……」

「えっ、えっ、もしかして、さきほどのお話は嘘だったのですか?」

 ヴィカはまだ完全には事情が呑み込めていない様子だ。生まれも育ちもまるで違う俺とヴィカがちょうど同じくらい世間知らずなのは、何だか不思議なことではあるけど。

 タネ明かしが済んで、ユウリィさんは心底面白そうにくっくっと笑った。

「詐欺みたいなことはしない、とは言ったが、詐欺をしないとは言っていないな?」

 そうだったかな。仮にそうだったとしてもごまかしの理屈には違いない。

「信用を大事にする、とは言ってましたね」

 俺がそう指摘しても、ユウリィさんは余裕の笑みを崩さない。

「本物の詐欺に引っかかる前に聞くには、ためになるいい話だったろう? あんたはお得意様だから、授業料は無料にしておいてやるよ」

 うーん。そう言われると、確かにためになる話だったような……?

 ……と、もしかしてまた騙されてるんだろうか、これ。

「やれやれ。信用商売が聞いて呆れるね」

 フューリスさんが肩をすくめた。

「こういうやつなんだよ、ユウリィは。よく気を付けて付き合わなくてはいけないね」

 この人がいてくれなかったら、俺かヴィカかのどちらかが、あのツボを高値で買っていたかもしれない。今回は危ないところを助けてもらったな。

「あ、ということは……」

 ヴィカが、ぽん、と手を打った。

「せっかく開いたお店は寂れ、奥様には逃げられて、犬に会えば噛みつかれるという余生を送った不幸な商人さんはいなかったのですね? 良かったです」

 それは……そこ特別に注目するとこかな、と思わなくもないけど、なかなかヴィカらしい気遣いだと思う。

 こんな多くの嘘にまみれたやりとりも、これで何やらこう、爽やかでいい感じの結末に――

「いや、それはいたんだよ。ツボとは関係なく」

 ……なんて悲しい話なんだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。