「あ、おかえりー」
風呂を済ませて自室に戻ると、ベッドの上にクレールが寝転んでいた。
「……ここ、俺の部屋だけど」
「知ってるー」
じゃあいいか……となるはずもない。
「あのね。前から言ってると思うけど、クレールは女の子で、俺は男なんだからさ。こんな夜更けに一人で男の部屋に来るなんて、褒められたことじゃないよ」
俺がそう説教すると、薄桃色の寝間着で仰向けに大の字になったクレールは、そのまま起き上がりもせずに反論。
「それは前から言われてるけど、リオンが僕を襲う気がないなら別にいいじゃない?」
「そういう問題じゃない……」
と思う。
「んふ。それとも、僕を襲ってみる? リオンがその気なら、僕も考えを改めるかも」
そこを言われると難しい。
「それはしない」
「ほら。だったらいいじゃない」
「はあ……」
正直、俺だって人並みにそういう欲もある。同時に、当然踏むべき段階を飛ばしてしまうのは良くないという理性もあるわけで、あまり挑発しないでもらいたいんだけども。
今のところは、まだ理性の勝利。
一応、クレールの名誉のために付け足しておくと、クレールに魅力がないからじゃない。俺の理性が頑張ってるだけ。
「……それで、用事は?」
「特にないけど?」
言いながらクレールはごろんごろんとベッドの上を転がった。そうできるくらいに大きなベッドで、俺としては落ち着かないんだけど。そういうのは大体、前の領主のせい。
「強いて言うなら、リオンと遊ぼうと思って来ただけ」
「あとは日記を書くだけで寝ようと思ってるんだけど。旅行のことも忘れないうちにちゃんと書いておきたいしさ」
棚から日記帳を取り出して、書き物机に置く。日記の付け始めにクレールからもらったものは羊皮紙製だったけど、最近使っているのはもっと安価な紙製。それも決して安くはないものの、他にお金のかかる趣味もないし、このくらいはいいだろう。
「日記かー。最近はどんなこと書いてるの?」
「いろいろ」
楽しいことばかりじゃなく、自分や他人の失敗のことなんかも書いているから、あまり詳しくは話せない。まあ、ここで秘密にしていても、俺が留守の間にこっそり覗き見するような人がいれば無意味だけど。
クレールは他人の私的な日記を覗き込むようなことはしない。……たぶん。さすがに。
「僕の登場頻度は?」
「そりゃあ、まあ、ほぼ毎日……」
「そっかー。んふふ。それはいいことだね」
そこは、ほぼ毎日何かやらかしてるからでもあるんだけど。
もちろん俺にも分別はあるから、浴場でやらかしたクレールがその時どんな姿だったのかを事細かに書き記したりはしない。
ろうそくの明かりを頼りに、ここ数日のことを思い返しながら、ペンを走らせる。
大事なことは忘れないようにちゃんと書いておかないといけない。
俺の身体の変調について聖竜に相談したこと。
変調の原因が、竜の血を浴びすぎて
これ以上進行させないためには、
つまり……。
戦ったり、争ったりを避けること。
ここまでの数日は何とかなった。明日からはどうなるだろう。
この館に住むことになった経緯もそうだけど……
特に魔剣を手に入れてからの俺は、何か問題が起きると戦うことで解決してきた。
ほとんどの場合、相手が人間じゃなかったからでもあるけど。
とにかく、戦う以外の解決方法を知らないまま、ここまで来てしまっている。
やり方を変えていかなくちゃならないってことに、不安はある。
でも、変えていかないとな。
「ずっと、穏やかな日が続けばいいのに……」
日記を書き終えて、一息。
やけに静かだと思ったら、クレールは寝てしまっていた。
「寝るなら自分の部屋に戻りなよ……」
「ううーん……」
声を掛けると、一応、返事があった。
「……でも、それは……リオンが食べ……ちゃったから……」
「俺が何を食べたって?」
「……日記……」
だめだ。完全に寝ぼけてる。
このまま放っておいたら変に噂になっちゃうかもしれないし、クレールを自分の部屋に戻らせないと。誰かに来てもらって、手伝ってもらうのがいいな。こういう時は、とりあえずニーナに相談するのが確実。
「ぅん……むにゃ……」
それにしてもまあ、幸せそうな寝顔だ。
――僕を襲ってみる?
ふと、さっきのクレールの言葉が頭の中に響いた。
……これだけ無防備に寝てるなら、俺がそうしようと思ったら、できる。
やらない、けども。
自分の部屋に帰らせるためには起きてもらわないといけないし、ちょっと触れるくらいは仕方のないことだと思う。
――クレールがどこまで許容するか試してみようか。
ちらっと、そんな風に思ったりもする。でも我慢。
誘惑に乗ってしまわないうちに、早くニーナを呼んでこよう。