竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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マリアの申し出

 夕食の後、マリアさんに声を掛けられた。何やら話したいことがあるそうで、それなら、と二人で執務室へ向かう。応接用のソファに向き合って座ると、マリアさんは懐から一通の手紙を取り出して、テーブルに置いた。

「これは〈魔女の同盟(ウイッチクラフトアライアンス)〉から届いた手紙です」

 すでに封は切られている。マリアさんは中身を読んだんだろう。

 この封筒、雷王都市や帝麟都市から届いたものほどではないにしろ、上質の紙が使われているように見える。琥珀色の封蝋に捺されているのは、魔法のシンボルマークである六芒星をあしらった紋章。いたずらにしては手が込みすぎてる。一応、本物とみなして話を進めていいだろう。

「その、〈魔女の同盟(ウイッチクラフトアライアンス)〉というのは?」

 俺には聞き慣れない言葉だったので、そこはマリアさんに訊ねてみることにした。

「〈同盟(アライアンス)〉は魔女の組合(ギルド)みたいなもの、だそうです。私もこの手紙が届いてから知ったので、詳しくはないのですが……」

 なるほど、組合か。同業者が組合を作るのはよくあることだ。俺自身も冒険者の組合に所属していたことがある。

「魔女にもそんな団体があるんですね。するとそれは、勧誘の手紙ですか?」

 マリアさんも、本人はまだまだ勉強中だと言っているけど、特に稲妻属性の魔術に関してはすでにかなりの腕前。その分野で有名になっていてもおかしくはない。

 でも、マリアさんは「いえ」と言って俺の予想を否定した。

「母の持っていた権利が私に相続されてるそうで、主に薬の調合に関する特許の使用料が〈同盟(アライアンス)〉の方で預かりになっていると」

「特許の使用料?」

「ええと……薬のレシピが売れた代金、と思ってもらえればだいたい合ってます」

 なるほど、そういうものか。

 マリアさんのお母さんも魔女だった。それは以前に聞いたことがある。マリアさんとミリアちゃんが幼い頃に亡くなった、とも……。もともと体が強い方ではなかったそうで、風邪をこじらせて、ということだった。その後は姉妹だけ残されて相当苦労したらしい。

 特にお金のことは、幼い姉妹にとって大問題だっただろう。両親が健在なら、と思ったことは一度や二度ではないはずだ。

 それが、今からでも両親が遺したお金を受け取ることができるというなら、かなり助かるに違いない。

「そういうことですので、以前に相談した件は、何とかなりそうです。ご心配をおかけしました」

「ああ、それなら良かった」

 相談の件、というのは、ミリアちゃんの進学の費用のことだ。

 大学で将来有望と認められれば学費が免除される特待生待遇を受けられるとはいえ、もちろん、簡単なことじゃない。それに、学費自体だけでなく、大学のある帝麟都市への旅費や向こうでの生活費も必要だ。どうしても足りない時には貸して欲しい、と内々に言われていた。

 それを「何とかなりそう」と言うからには、〈同盟(アライアンス)〉が預かっているというお金はなかなかの額なんだろう。素直に喜ばしいことだと思う。

「でも、どうして今になって手紙が来たんでしょう」

 不思議に思って訊ねてみた。

 なにしろ、マリアさんの両親が亡くなったのは確かもう七年か八年くらい前だ。その間の苦労を思えば、もっと早く連絡があればと思わざるを得ない。

 俺の疑問に対してマリアさんは、意外にも微笑を浮かべてみせた。

「リオンさんのおかげですよ」

「俺の?」

 どういうことだろう。俺はその〈同盟(アライアンス)〉というものを、まさに今、初めて知ったし、俺から何か働きかけたということはないけど。

 それでもマリアさんは「はい」と頷いて続けた。

「リオンさんが有名になったので、私とミリアもその同行者として語られるようになって、それで〈同盟(アライアンス)〉の魔女の方が気付いてくださったそうで」

「ははあ、なるほど」

 それは確かに、間接的にだけど、俺のおかげというのも間違いとは言えないか。

 でもそれはやっぱり、マリアさんとミリアちゃんが活躍したから名声が届いたわけで、俺はそれを自分の手柄にしようとは思わないな。マリアさんも素直に自分を褒めてあげていいことだと思う。

「それで、あの……」

 改めて居住まいを正し、真剣な表情になったマリアさんが、俺に真っ直ぐな視線を向けてきた。

「これまでお世話になった分は、このお金からちゃんと返したいと思うんですが」

 ……なるほど。マリアさんらしい申し出だ。

 この館には俺の仲間を中心に数人が滞在してるけど、宿泊費とか家賃とかそういうものを徴収してはいない。館の持ち主である俺としては、どうせ部屋は余ってるから、という気持ちだ。そもそも俺一人で暮らすには広すぎるし、みんながいて賑やかな方が俺にとっても好ましい。

 でもマリアさんはそれについて思うところがあるみたいで、時々こうして、家賃を払わせてくれ、というようなことを言ってくる。

 俺はそのたび、同じように……

「気にしなくていいですよ。みんな家族みたいなものですし。それにたぶん、そんなに改まって言うほど高額ではないと思います」

 だいたいそんなことを言って断っている。これまでは、マリアさんもそれで引き下がっていた。魔女の店を手伝っていくらかお金を得てはいるものの、ミリアちゃんのための貯蓄も疎かにできない、という事情もあっただろう。でも……

「いえ。今日こそは、どうか」

 今回は引き下がらなかった。まとまったお金が湧いて出たことで、この機会に、という気持ちになったんだろうか。

「リオンさんはそんなに高額ではないと仰いますけど、あのお部屋の賃料だけでも相当だと思いますよ?」

 その指摘は、そうかもしれない。

 マリアさんとミリアちゃんは二人で暮らすということで、大きめの続き部屋を割り当てられてる。当然、かなり広い。ちゃんと賃料を設定した場合、マリアさんたち姉妹が雷王都市で住んでいた家より安いということはなさそうに思える。

「それに、ミリアのために薬を探してきてくださった件の報酬も、うやむやになっていましたし……」

 マリアさんは少し申し訳なさそうにそう付け加えた。

 ……そうだったかな。

 その依頼のことは覚えてる。ミリアちゃんの病気を治すために、すでに製法が失われた薬が必要になって、古い資料を頼りに遺跡の貯蔵庫を調べたんだ。その結果、幸運にも保存状態良く瓶に入ったままの薬を見付けることができて、ミリアちゃんは一命を取り留めた。

 そういう経緯は、覚えてる。それで、確か……

「あの時は、確かちゃんと報酬をもらいましたけど」

 思い返してみても、そうだ。

 当時のマリアさんにとっては安くなかっただろう額のお金と、加えて、危険から守ってくれるという貴重な宝石ももらった。十分すぎる報酬だったと思う。

「でも、後から考えてみると、あの時のお礼は少なすぎたと思うんです」

 マリアさんは真剣な顔でそう主張した。

「あの時の依頼書には『見付けてきてほしい』とは書いていましたけど『見付けた物を譲ってほしい』とまでは書いていなかったんです……」

 うーん。話が依頼書の細かい内容にまで及ぶと、さすがに覚えてないこともある。

 冒険者の組合に掲示されてた依頼書から仕事を受けたのはダックス叔父さんだった。でも叔父さんは他に受けた仕事に思いのほか手こずっていて、それでマリアさんからの依頼は俺とニーナに回ってきたんだった。命に関わる依頼だと知ってたら、叔父さんもマリアさんからの依頼を優先したかもしれないけど。

 ともかく、俺たちが代わりにその依頼を受けて、無事に達成して……

 見付けてきた物を譲るなら別料金だったのか。

 そう言われれば、そうなのかもしれない。俺はそんなこと知らなかったから何とも思わなかったけど、お金が絡むことだから、人によってはそれで揉めたりってこともありそうな話ではある。

 ともかく話を総合すると、根本的なところは、マリアさんが俺に金銭的な部分で負い目があるってことだ。俺としてはあんまり気にして欲しくないと思ってはいても、マリアさんとしては気になって仕方がないんだろう。

 となれば、気持ちに区切りが付くようにちゃんと請求してあげる方が、マリアさんのためなのかもしれない。

「……わかりました。ステラさんたちとも相談して、請求額を決めます」

 俺が根負けしてそう言うと、マリアさんは笑顔で「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 まあ、よく相談して額を決めて、それをマリアさんから払ってもらったら、そのまま、ミリアちゃんの入学祝いのためにでも取っておくことにしよう。

「実は……」

 マリアさんが小さな声で呟く。

「いよいよとなれば、リオンさんには私の身体でお返しするつもりでした」

「ええ?」

 驚いた俺が視線を向けると、マリアさんは少し頬を赤らめて微笑んだ。

「ふふ、冗談です。だってそれって、私の借りが増えるだけのような気がしますし」

「いやいや、そんなことないですよ……」

 まあ、ちょっとびっくりはした。それ自体は、マリアさんの言う通り、冗談なんだろう。お金のことが一段落しそうで、安心したから出たんじゃないかな。

 それはそれとして、マリアさんはどうも自己評価が低い、という気はするな。

 美人だと思うんだけどなあ。少し赤みがかった金髪もきれいだし。あと、胸が大きい。マリアさんと話す時につい胸に目が行きがちなのは、申し訳ないと思ってる……。

 見た目を除いても、薬草の知識は仲間内で一番だし、魔術も稲妻の系統に限ればステラさんよりも上で、弓矢の技量は達人級。リュートの演奏が上手いことも知ってる。

 もう少し自信を持ってもいいと思うし、折に触れてそう伝えてもいるんだけど、長年のことでできあがった性格は、そうすぐには変わらないか……。

「でも本当に良かった」

 と、マリアさんは安堵の息を吐いた。

「ミリアにもお金の心配はしなくていいって言ってあげられます」

 マリアさんが自分を一番にしないのは、マリアさんの中ではミリアちゃんが一番だからでもあるんだろう。マリアさんがどれほどミリアちゃんを大事にしてきたかは、それこそ、ミリアちゃんを見ればわかる。

 それが二人の在り方なら、俺があまり口を出すことでもないのかもしれない。

 本当に困ってたらちゃんと手助けしてあげられるようにだけは、しておこう。

「でもミリアちゃんはこれまで通り、特待生待遇を狙うことになると思いますよ」

 特待生になると学費は免除される。それもあって、ミリアちゃんは一生懸命、ステラさんを先生にして教わっていた。

「そうでしょうか。ミリアは興味がない分野の勉強は苦手そうでしたけど」

 マリアさんはさすがにミリアちゃんのことをよく見ている。

 とはいえ、この件に関しては……

「ミリアちゃんがというより、ステラさんが、かな……」

 教え子になったミリアちゃんを優秀な成績で送り出すことに、ステラさんはかなり執心しているみたいなんだよな……という話。

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