竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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聖意物の聖性

 ……確かに、レベッカさんが口にしたとおりだ。

 箱の中には、骨が五本、収められている。全て同じ形だ。よく見れば多少は色味や大きさや長さが違うようにも見えるけど、一目で聖意物とわかる特徴はない。その意味では、ほぼ同じだ。

「手紙には『送った物のうち本物は一点のみで、あとは偽物』と書いてあるのよ。ということは、偽物が四つもあるってことよね……」

 フューリスさんへの手紙は暗号文だったけど、内容が内容だから仕方ないところではあった。一応、そう納得した。

 でもこっちは、完全にからかって遊んでるよな……。

 これを見た後だと、フューリスさんへの暗号文もやっぱり遊びなのかもしれない、と思ったりする。それでもあっちはステラさんの協力を取り付ければ正解は導けるらしいから、まだおとなしい方か。

 こっちはどうなんだろう。はたしてどれが本物なのか……よく見ればわかる、というようなものなんだろうか。

「……全部祭るわけにはいかないんですか」

 俺がそう言いたい気持ちになるのは、まあ、無理ないことだと思う。

「いざとなったらそうするかもしれないけど、最後の手段にしたいわね……」

 レベッカさんですら、それで済ませたい気持ちが皆無ではないらしい。

 ただ、それでも、レベッカさんは大教会の聖騎士。俺とは違う意見も当然持ってる。

「これは〈西の導師〉からの挑戦だと思うの。信仰があればどれが聖意物かわかるだろう、っていうことよね。安易な方に流されたくはないわ」

 もともと負けず嫌いなところがある人だから、そう納得して決心してしまえば、あとは着実に進めていくだろう。本人がその気なら、俺としては応援したい。

 とはいえ、改めてその五本の骨を並べてみると……

 どうやって見分ければいいんだ?

 俺には、全部同じに見える。誰のであろうと、右腕の骨には違いないとすれば、似てるのは当たり前だし。

「まずは仮の番号をつけて、この五つを区別できるようにしましょう」

 レベッカさんの提案は即座に実行に移された。番号を書いた札が、紐で骨に結びつけられる。

 その作業の途中で、ペネロペが「あっ」と声を上げた。

「これ! 私はこれだと思いますわ!」

「どうして?」

 訊ねたレベッカさんに、ペネロペが言うには。

「なんだかこう、聖なるちからを感じる気がしますの!」

 そう言われて見てみれば、なるほど……うん、なるほど……?

「俺にはよくわからないな……」

 見た目は他のと大差ない。差があるにしても、札を付けてなかったら区別できない程度だ。

 でも、ペネロペは見習いとはいえ大教会の聖騎士。聖なるちからを見付けることについては俺より得意という可能性も――

「具体的に言うと、他のと重さが違うのですわ!」

 ……重さか。

「他のよりも少し軽い、これは、天へと引き寄せられているためではないかと思いますの! それに、持ってみると少し温かいような気もしますわ!」

 ペネロペから渡されて持ってみると確かに少しだけ軽い。温かさも感じる。これひとつだけだ。温かいのはペネロペがしばらく持ってたせいかもしれないけど。

 ともあれ、手紙には『本物はひとつだけ』と書いてあったそうだから、ひとつだけ重さが違うというのは確かに怪しい。

 これが、そうなのか?

 レベッカさんもそれを手に持って、確かめている。ペネロペの期待のまなざしを受けながら、他のと重さを比べてみたり、手触りやにおいも確かめて。

 やがて、レベッカさんは……

 首を横に振った。

「これは多分、偽物ね。後でステラにも手伝ってもらって確かめるけど、木製の棒にそれらしい塗装をしただけだと思うわ。ほら、ここに出てるのは木目でしょう?」

 それを聞いたペネロペは「ええーっ!」と声を上げて落胆した。

 言われて改めて見てみれば確かに、木製品の特徴がある。手に持った時に感じた温かさもそのせいか。

 こんな偽物を混ぜてあるとは、このためにわざわざ作ったんだとしたら、変に手間がかかってるな……。

「でも、偽物を見付けられた、と思えば一歩前進じゃないかな」

 気落ちした様子のペネロペに、俺はそう声をかけた。

「残るはあと四つ。ひとつひとつ、絶対に本物ではありえない、っていう証拠をみつけていけば、最後には本物が残る。そのはずですよね」

 俺の言葉にレベッカさんが「そうね」と頷く。

「でも、他のはこんなにわかりやすくはないようだし、どうしたものかしらね……」

 それは確かに、一筋縄ではいかない、というところだけど……。うーん。

 と、そこにステラさんとクレールがやってきた。

「ステラさん、荷物はもういいんですか」

 訊くと、ステラさんは「うん」と頷いた。〈西の導師〉からは手紙や聖意物だけでなく書物や何かの道具も届いていて、ステラさんはそれをひとつひとつ確認していた。

「後で部屋に運ぶ時には手伝ってもらいたい。構わない?」

 首を傾げて問うステラさんに、俺は「もちろん」と頷く。力仕事に分類される部分でなら、お安い御用というものだ。

「そっちはどうしたの?」

 クレールが訊ねて、レベッカさんが「実は――」と口を開く。そうして事情が全て伝えられると、クレールはそれらの骨を見比べてみることにしたらしい。「ちょっと面白そうだね」なんて、当事者じゃないからこそ言える気楽な言葉を呟いていた。

 一方のステラさんは、それにはちらりと視線を向けただけ。

「私に宛てられた手紙によると」

 手近な椅子に腰掛けて、ステラさんが口を開いた。

「聖性を観測し定量化する試みに、師匠はかなりの手間と時間を費やした。師匠は聖意物の聖性というものを信じていなかった。あるいは、信じたかったからこそ研究していたのかもしれない。しかしその研究では、特別な違いは見付けられないと確認したに留まった」

 今回届けられたのはそういう研究をしていた時の『余り物』だとは聞いていた。散々調べた後、というわけだ。

煌気(エーテル)や神聖属性の霊気(マナ)はなかったんですか?」

 一応、さっきレベッカさんにしたのと似た質問をしてみると……

「少なくとも『聖意物』の共通の特徴ではないと確認された。それ自体は聖意物に備わるとされる『聖性』とは関係がない」

 返答も、レベッカさんの時と似たようなものだった。

「現在の魔法や錬金術の技術と視点では『聖意物の聖性』を観測できず、聖人の骨であっても区別はできない。師匠はすでに聖意物への興味を失っている。それで処分……手放す気になった」

 ステラさんの師匠にとっては「もう研究する価値を感じない」というわけで、それは大教会の聖騎士であるレベッカさんにとっては、内心では異論があるところかもしれないけど。

「そのおかげで、譲ってもらえるのだから、あまり文句は言えないわね……」

 レベッカさんのこの呟きにはペネロペも「そうですわね……」と力なく頷くしかなかったようだ。

 だとしても、その聖意物を使ってこんな遊びを考えたステラさんの師匠は、意地が悪いというか、なんというか。

 念のため、と、ステラさんはレベッカさんに宛てられた手紙も預かって読んでみていた。でも、新たな材料は出てこなかったみたいだ。

 結局、ひとつずつ確認するしかないんだろうけど……

 ステラさんの師匠が散々調べて、その上で『特別な物ではなく、他と区別できない』と諦めたものだ。改めて調べ直したとして、答えを導けるほどの判断材料が出てくるかどうか。

 俺は正直、自信がない。レベッカさんとペネロペも、そう感じているらしいということは態度から伝わってくる。

 クレールが手を挙げたのは、そんな時だった。

「……僕、わかっちゃったかも」

「え」

 と思わず声を出したのはレベッカさんだったけど、俺も、たぶんペネロペやステラさんも同じ気持ちだったと思う。

「どれが本物かわかったの?」

 訊ねられて、クレールは「うん」と頷いた。

 まさか、とは思いつつも、クレールは煌気(エーテル)を扱える体質だから、もしかしたらそういうのがわかるのかもしれない、という気もする。

「そ、それで、どれが本物なの?」

 レベッカさんが興奮気味に答えをせがむと、クレールは「これ」とその場に並べられていたものからひとつを選んで持ち上げてみせた。

「この証明書が本物で、骨は全部偽物」

「……え?」

 そう声を漏らしたのは誰だったか。

 証明書――大教会が聖意物の証明のためにつけているものだ。

 確か、他で見た本物の証明書と書式が同じで、捺されている印もおそらく本物で、記載されている発行年に実際に教皇だった人の署名もある。

 ……という感じで、その証明書が本物だという材料については、レベッカさんとペネロペが俺に話してくれた通りだ。

「届いた物のうち一点だけ本物、って、そういうこと……?」

 レベッカさんが唸ると、改めて手紙を確認していたステラさんも頷いた。

「確かに、この手紙にはそれを否定する要素はない」

 一応その後に「クレールの予想が正しいと確定させる材料もないことには留意する必要がある」とも付け加えていたけど。

 俺としては、クレールの意見は何となく腑に落ちた感じがあったな。

「僕は実際に会ったことはないけど、そういう人だよね? 人をからかうのが好きっていうかさ」

 クレールがそう言って、それはまさに俺が思っていたことと同じだったから、少し苦笑。他のところからも「それは違う」なんて言葉は出てこない。それどころか、出題者の弟子であるステラさんが、

「確かにそう」

 と頷いたら、俺たちにはそれを否定する材料はない。

「僕の父様は、あいつとは気が合わない、って言ってたよ」

 クレールのお父さんというと、〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉の異名があるルイさん。〈西の導師〉と知り合いなのは初耳だけど、二人とも魔法や魔導器に詳しい人だから、知り合いだとしてもおかしくはないかな。

「その心情は理解する」

 ステラさんにでさえそう思われるくらいだから、まあ、噂通り相当に偏屈な人なんだろう。そして、たとえそうだとしても、その知識や経験が否定されることもない。すごい人なのは確かだ。

 

 結局、数日遅れで追加の荷物が届いて、聖意物の問題は決着した。

 その中にはもうひとつ『右腕の骨』が入っていて、同梱されていた手紙によるとそれが本物の聖意物らしい。ステラさんの証言では「師匠は試料の管理については厳格な人であるため、取り違えの心配は不要だと期待される」とのこと。

 一応、先に届いていた物と見比べてみたけど……違いはわからなかったな。

 そして、もし違っていたとしても、俺たちには確かめるすべはない。

 その上で――

 〈西の導師〉は手紙に自分の意見を記していた。

『証明書のない骨はただの骨であり、他の骨と何ら変わるところはない。この骨に聖意物としての聖性というものを付加し得るのは大教会の手による紙切れのみである。結論として、聖意物の聖性は大教会がそうと認めたという証明書にこそ存在している、と判断せざるを得ない――』

 正直、その話を完全に理解したとは言えないけど……

 話に付き合うのが面倒くさそうな人だというのは、俺にもわかった。


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