ミストバレーの風   作:水戸 湊

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実験的に、台詞と地の文の間に空行を入れてみました。よろしければ、どちらが読みやすいか教えていただけると幸いです。


ガスタの疾風

 社の中が慌ただしい空気に満たされていくのを、ウィンダは肌で感じていた。それは、駆けまわりこそしないが早足で歩いていく手伝いの皆や、各集落から文字通り飛んできた代表者たちの動きから発されるものだ。

 ウィンダールの帰還後すぐに、ムストは各集落に向かって号令を発した。今は、会議の場を作るための準備中だ。ウィンダは、広間の掃除や座席づくりを手伝っていた。

 両手で抱えた綿を詰めた布をおろし、ふう、と息をつく。一つ一つはどうということのない重さでも、幾つも上げ下ろしをしていれば体力を使うのだ。

 額を軽くぬぐうウィンダに、背後から声が飛んだ。

 

「これはこれは、巫女様、ウィンダ殿」

「あ――お久しぶりです」

 

 振り向くと、ローブ姿の細身の中年男性がいた。口元に蓄えた曲線を描く髭が印象的だ。確か、どこかの集落の代表者だったはずだが、名前が出てこない。

 

「この度は、大変なことになりましたな」

「はい。力を合わせ、如何なる事があろうとも「ガスタ」と森の皆を守らなくては」

「そうですな。しかし――」

「なにか?」

 

 男性が、わずかに顔を曇らせた。声を小さくして言う。

 

「神官様は、出来る限り話し合いで解決したいと仰せのようですが、まことですかな」

「はい。そのように聞いていますが」

 

 ムストは、ウィンダに確かにそう言っていた。ただ、同時に誰にも言うなとも言われたはずだが、なぜこの男性が知っているのだろう。

 困惑するウィンダをよそに、男性はさらに声を小さくする。その分、顔が近くなった。

 

「そのような弱腰で、皆を守れるでしょうか」

「え?」

「既に、あなたが襲われたことで宣戦布告は成ったようなもの。なれば、我々がするべきは話しあいではなく戦う準備ではないか――そういった意見もございましてな」

「それ、は」

 

 ウィンダは言葉に詰まった。心のなかに、そう思う自分もいないことはないのだ。

「……しかし、私は。話しあいをすべきだと考えています」

 

 声は、呟くようだった。

 

「それは神官様がそう仰ったからでしょうか?」

「……いいえ、私自身、そうすべきだと判断しています」

 

 自分でも、そう思っているか怪しいような言い方だった。

 男性はふむ、頷いた。そして並べかけの布を見、軽く礼をする。

 

「分かりました。――これは、お忙しいところを失礼しました。では、また」

 

 はい、と礼をして頭を上げると、男性は去っていた。ウィンダはもう一度息をつく。声をかけられるのは今日で既に五人目で、そのうち名前まで覚えていたのは半分だけだ。

 相手はこちらを「ガスタ」の巫女として覚えているが、こちらから見れば相手は何人もいる代表者の一人なのだ。

 

「名前、思い出しておかないとね……」

 

 記憶を掘り出すようにこめかみに指を当てるウィンダに、ガルドが励ますように鳴く。

 いざとなれば、ガルドに覚えさせて教えてもらうというのもありかもしれない――期待を込めて視線を送ると、緑色の鳥は不満げな表情をする。

「分かってるよ……思い出すって。でも、その前にこれを並べ終えないとね」

 壁に積まれた布の山を上から三つほど掴み両手で抱える。その時、また背後から声をかけられた。

 

「よ、久しいね」

「リーズさん。お久しぶりです」

 

 今度は、ウィンダよりも少し年上の少女だ。二つに分けて頭の両側で縛りった髪の毛の先は橙色に染められ、ローブは袖とフードの部分を残して切り取られてほとんど原形がないという派手な姿をしている。着物も、肩や腹の見える妙に露出の大きなものだ。

 若者の中でも派手で目立つのと、気さくな性格でウィンダとも話す機会が多いため、名前まで覚えていた。

 

「手伝うよ。前会ったのは「風祭り」の時だっけ? 新年の宴は行かなかったから」

「そうですね」

 

 ひょい、とリーズが片手で持ちあげた布は七つ。重くはないと言っても、それだけの数を片手で持ちあげるのは、ウィンダの細腕では不可能だ。見れば、袖から覗くリーズの腕は細そうに見えて引きしまった筋肉質。服の間の腹筋も見てわかるほどにくっきりと形作られている。

 格好いい、とウィンダは思った。

 

「で、これ、どこに置くの?」

「あ、こっちです」

 

 指さした場所に、二人で布を並べていく。リーズが手伝ってくれたおかげで、作業効率は三倍以上になり、すぐに広間に布を敷き終わった。

 

「お疲れ様です。ありがとうございます」

「いいって。ところで、会議っていつから?」

「えっと……皆さんが到着して、準備が出来次第だって聞いてます」

「じゃあ、ちょっと時間あるかな。お茶でも飲んでかない?」

「お気持ちはありがたいんですけれど、皆の手伝いをしないと……」

 

 言うと、リーズは笑ってウィンダの肩を軽く叩いた。彼女にとっての軽く、はウィンダにとってはそうでなく、結果としてウィンダは軽くよろめいた。

 

「巫女さん直々にするほどの仕事は残ってないだろ? あんなところで座布団並べてんだから。働き過ぎて会議で倒れないように、休むことも重要だよ」

「でも――」

 

 ウィンダが横目でガルドを見ると、ガルドは文字通り眼を光らせた。それを見たリーズがあらぬ方を見て呟いた。

 

「うちの集落から持ってきた甘い木の実と菓子があるんだよね。あれ、誰が好きなんだっけー?」

 

 一人と一羽の視線が交差し、どちらともなく頷く。

 

「……休むのも、大切な仕事だよね?」

 

 

 

 

 

「さ、入って」

 

 そう言ってリーズが案内したのは、社にある小さな部屋。普段は使われておらず、大きな会議の時だけ代表者などに開放される部屋だ。

 

「でも、いいんですか? ここ……」

「代表者用の部屋だって言いたいんだろ? 安心しな、今は私がうちんとこの代表者さ」

「リーズさんが?」

 

 確か、リーズの父親が代表者だったはずだ。ただ、その父親は身体の調子が良くないらしく、近いうちに代替わりするとも言われていた。新年の宴にリーズが来なかったのも看病のせいらしかった。

 驚いた顔をするウィンダに、リーズは悪戯を思いついた子供のように笑った。

 

「別に、親父は死んじゃいないよ。最近は調子いいしね。ただ、こっちで倒れちゃ迷惑だから代理で私が来たの」

「そうなんですか……じゃあ、おじゃまします」

 

 部屋はせいぜい二人が寝ころべる程度の大きさだ。端に転がすように置いてある荷物から、リーズが紙に包まれた何かをウィンダに放った。

 中身は細かく砕いた木の実を混ぜ込んだ餅だ。紙につかないようにまぶされた粉がわずかに舞った。

 

「ありがとうございます」

 

 床に広げられた木の実をつつくガルドの横で、ウィンダも餅に口をつける。ほのかな甘みと、柔らかい餅に包まれた小さな木の実の固い感触。甘みは餅自体が持つもので、わずかな苦みを残して炒られた木の実がそれを引きたてている。

 

「美味しい……」

 

 餅のように頬を緩ませるウィンダ。リーズが急須から継いだお茶を差し出しながら笑った。

 

「そりゃよかった。今年は米がよく実ってね。「風祭り」も楽しみにしててよ。――祭りが出来るかどうかは怪しいけどね」

 

 リーズの顔に険が差し、ウィンダも眉を下げる。

 

「どうなるんでしょう。リチュアと、戦いになるんでしょうか」

「それは、あんたたちの方が詳しいんじゃないか? あんたとカームが襲われたって聞いたけど、その詳細も聞かされてないんだ」

 

 視線で促される。ウィンダは手短に、湖での出来事を語った。

 

「なるほどな。こっちの話も聞かずに襲ってくるなら相当だ。あちらさん、やる気満々だね」

「でも、神官様も父上――賢者様も、話し合いで解決しようとお考えのようです」

 ふん、とリーズは鼻を鳴らす。茶碗を傾けて一気にお茶を飲み干した。

「そんなこと言っても、相手は既に喧嘩を売ってきてるんだ。殴られた時に殴り返さなかったら、そのまま死んじまうんじゃないか? 生ぬるいことを抜かしてる暇があったら防御のための柵の一つでも作った方がまだ有用ってね」

 

 リーズの言葉に、先ほど出会った男性の言葉が被さる。ウィンダは応えた。

 

「でも、初めは話しあう姿勢を見せることが大切なんじゃないでしょうか」

「そもそも言葉が通じるかもわからん連中だろうに。私たちと森の奴らみたいな関係が誰とでも作れるわけじゃない。時には、戦うことも必要になるさ。今がその時でないと、誰が言いきれる? 今この時を逃せば、私たちにもう機会はなく、そのまま滅ぼされてしまうかもしれない。そうなったときにはもう遅いんだよ?」

 

 言われてみれば、そうだ。やられる前にやるのではない。既に攻撃を受けているのだ。これ以上は、手遅れになりかねない。

 ウィンダは、男性と話していた時には小さかった自分のどこかが、鎌首を持ち上げるのを感じた。

 しかし、それを抑えるものがある。ムストやウィンダールに対する、確かな信頼。彼女を今まで見守ってきてくれた人たちへの信頼が、自分のどこかを抑えていた。

 ウィンダは口を開く。

 

「……それでも、こちらが手を出してしまえば話し合いでの解決は絶対に出来なくなります。今が最後の機会です。なら、私たちは限界まで粘ってでも話しあう努力をすべきです」

 

 ウィンダが膝を進めて言うと、不意にリーズが歯を見せた。

 笑ったのだ。

 

「いいね」

「え?」

 

 きょとんと眼を開くウィンダの前で、リーズはお茶を注ぎ、唇を濡らす程度に傾けた。

 

「私の意見は、代表者とはいえその他大勢の意見だ。あんたはそうじゃない。巫女や神官様は一人だけ。ゆえに、その意見はその他大勢を左右しやすい」

 

 ぐい、と茶碗を煽る。

 

「だからこそ、巫女も神官様も。それに賢者様も、そいつらで意見を一致させなくちゃいけないんだ。そうでないとその他大勢の皆の意見も割れてしまうからね。あんたがここで私の意見に賛成しちまったら、「ガスタ」としての方針が定まらなくなる」

 一息つき、リーズはウィンダの茶碗にお茶を注いだ。自分の茶碗にも注ぎ、

 

「飲みな」

「あ、はい」

 

 互いに無言で喉を鳴らす。唇をぬぐいながらリーズが言った。

 

「これから、「ガスタ」の行く先を決める大事な会議がある。その他大勢の皆が、好き勝手に意見を言うだろうさ。だけど、あんたはその言葉に耳を貸すな」

「え?」

「神官様も賢者様も、既にどんな方針を取るかは決めている。そこに皆の意見を加えていく形をとるはずだ。でも、意見の中には真っ向から対立するものもあるってことだ。神官様の意見に対立する連中は、あんたを旗として担ぎあげるかもしれない。そうならない為にも、何を言われても神官様の意見の方に立ち続けろ」

 

 先ほどの男性。彼は、その一派だろうか。ならば、先ほどの会話は、ウィンダの内心を探るためのものだったのかもしれない。

 

「今は非常事態だ。「ガスタ」の皆は纏まらなくちゃいけない。その中心にいるのが神官様であり、巫女なんだ。というより、元々はこういう時に皆を纏めるためにいた人が神官と呼ばれるようになったって感じだけどね。ともあれ、上に立つ人間の意見が一致していれば、集団は纏まる。あんたも、それがわかってるなら下手に動くなよ?」

「そうですね……分かりました」

 

 ウィンダが答えると、リーズは再度破顔した。

 

「頼んだよ――あぁ、ただし、動かなきゃいけない時もあるのを忘れるな?」

「どういう時です?」

 

 それは、とリーズが答えようとすると、部屋のドアが叩かれた。リーズが立ち上がり、戸をあける。顔を現すのは、

 

「カームさん!」

 

 ウィンダは文字通り飛び上がった。

 

「よかった。お怪我はありませんか?」

「大丈夫。心配をかけたわ」

 

 飛びつかんばかりの勢いで駆けよるウィンダにいつもの具合で返し、カームはリーズを見た。

 

「少し、時間を頂きたいのだけれど」

「それはいいが……もうすぐ会議が始まるだろうな」

「時間はかけないわ」

 

 リーズは一瞬考える素振りを見せ、ウィンダに視線を投げた。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくる。そこの荷物の中に餅が残ってるから、持ってっていいよ」

「あ――私も一緒じゃ駄目ですか?」

「あなたは、神官様の方に向かった方がいいわ。巫女としての立場上、送れるわけにはいかないでしょう」

 

 カームに言われ、ウィンダはしぶしぶと顎を引いた。慰めるように、リーズが明るい声を出す。

 

「じゃあ、私たちは行くから。後で、皆で食事でもしよう」

「あ、リーズさん、待って!」

「ん?」

「さっきの……動かなきゃいけない時って、どんな時なんですか?」

 

 ああ、とリーズは笑顔を見せた。

 

「『絶対にそうしなきゃいけない』と自分が思った時――さ」

 

 言い残し、リーズは部屋から出ていった。

 

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