ミストバレーの風   作:水戸 湊

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書きためのストックが……そろそろ、まずい、かも


会議は踊る

 

 社の中で最も大きな部屋。三十人ほどを収めることが出来るそこが、人と机で埋まっていた。

 細長い部屋を縦に割って二列に並ぶ低い机の横に、綿の詰められた布が置いてある。さらに、机に対して垂直に、やはり机と布が置かれている。

 上座となる垂直の机には、向かって右にウィンダが、左にムストが座る。ムストに最も近い机にはウィンダールがいるが、その対面、ウィンダに最も近い布は空いていた。

 カームの席だ。

 見れば、リーズのものであろう場所も空いている。二人はまだ、戻ってきていないらしい。

 それ以外の席はすべて埋まり、蝋燭の火に照らされた顔を寄せ合うようにして小声で会話をしている。

 集まっている者のほとんどがムストやウィンダールと同じ年齢かそれ以上だが、ところどころに若い顔も見える。皆、ミストバレー湿地帯に点在する「ガスタ」の集落の代表者たちだ。

 ややウィンダに近い席に、先ほど出会った髭の男性の姿もある。若い代表者と、やはり小声で話をしている。

 一瞬、眼があったような気がして、ウィンダは唾をのんだ。無性に喉が渇く。机に置かれた水差しから水を注ぎ、茶碗を傾ける。

 その時。

 

「申し訳ない」

 

 ウィンダの正反対にある部屋の扉が開いた。現れるのは二人の少女。リーズとカームだ。

 皆の背中を抜け、二人が席につく。代わりというように、ムストが立ち上がった。

 

「突然の招集に対し、全ての代表者がよく集まってくれた」

 

 よく通る威厳を含んだ声とローブの下の視線が、ゆっくりと席を流れていく。

 

「皆、事の重大さは理解してくれているようだ。まずは現状確認から入りたい」

 

 無言にしみわたるようにムストの言葉が響く。

 

「先日より、北からの風に混じる悪意を感じ取っていた者は多いだろう。そして今日、湖のほとりで二人の「ガスタ」の民が襲われた。襲撃者は湖に潜み、また湖へ逃げ去ったという」

 

 皆が、無言や頷きを返す。視線がウィンダとカームを絡め取るように投げられ、ウィンダは身体を固くする。しかし、視線はすぐに口を開いたムストへと向けられる。

 

「「リチュア」という種族の存在を知っているものは?」

 

 代表者たちは首を、あるいは横に、あるいは縦に振る。

 

「世界を凍りつかせたという龍を封じる「氷結界」――そこから離反した種族だと言われている。「氷結界」は大氷山の中に身を隠しており、連絡を取る方法はない。故に、「リチュア」達の居場所は長い間不明とされてきた」

 

 しかし、と言葉を続ける。

 

「近頃の北からの悪意、これは大氷山からのものではない。それよりも手前には何があるか」

「湖――」

 

 こぼすように言ったのが誰だったかは分からない。ムストは頷いた。

 

「かの湖は湿原の源だ。巨大な鏡のようにも見えるあそこには、多量の魔力が眠っている。氷結界から離反した者が、それを糧としているならば、湖に住んでいる可能性が高い」

「しかし、湖には「風祭り」の準備を始めとして幾度も訪れているはず。そのような者の姿はついぞ見たことがない」

 

 言ったのは、扉の近くの若い男性。

 

「我々に見えるのは湖面だけだ。湖底まで見透かす眼を持ったものはいないだろう。――北に存在する勢力として、「リチュア」の存在が浮かんだ。そして今日の襲撃」

「敵は、「リチュア」なのですか?」

 

 今度は、真ん中あたり、リーズの隣でムストほどの年の男性が口を開く。

 

「その時点では、可能性だった。しかし、賢者ウィンダールが、決定的な証拠を持参した」

 

 ざわ、と皆の眼が口を真一文に噤んだウィンダールに向かう。ムストが、ローブの裾から折りたたまれた紙を取り出した。ウィンダは、その中身を教えられていた。そうでない多数の皆のざわめきが、さらに大きくなる。

 

「「リチュア」からの書簡だ」

 

 言葉に、水を打ったように場が静まり――直後、反動で、上がる声量が大きくなった。

 

「静まられい」

 

 場を貫き、抜けるような声。ウィンダールだ。

 皆が、我に返ったように口を閉じる。ムストが手紙を開いた。

 

「送り主は、リチュア・ノエリア。「リチュア」における指導者のようなものだという。そして、その内容だが――」

 

 息のつまるような緊張が、場を満たす。

 

「ミストバレー湿地帯に存在する「ガスタ」は、本来「リチュア」が管理すべき湖の資源を不当に搾取している。即刻搾取を停止すべし。具体的には、湖での漁業や水くみの停止。および、湖の水の流れる地下水脈へ通した井戸の使用の停止」

「馬鹿な……!」

 

 皆が眼を見開き、誰かが呟いた。それに被せるように声が上がる。

 

「湖は、先祖代々、我々が管理しているものだ」

「百歩譲って漁業を禁止したとして、なぜ水を汲むことすら禁止する?」

「井戸の使用に至っては完全な言いがかりではないか……!」

 

 再びざわめきが場に満ちようとするが、先ほどのウィンダールの言葉がまだ残っているのか、小声での会話を越さない程度だ。だが、それでも、皆の動揺は津波のようにウィンダに伝わってくる。ムストが感情を籠めない声で手紙に視線を落としながら言う。

 

「これに応じない場合、妥協案として、「リチュア」がこれまで、および今後に得る損失の対価とし、指定した地域の管理権を割譲することも提案されている。具体的な場所は――」

 

 ムストが地域を述べた瞬間、場が沸いた。それは、湿地帯の三分の一に相当する範囲だ。

 膨らむように、怒りの言葉が渦を巻き、机に叩きつけた拳を握って立ち上がる者もいる。その中で表情を変えないのは、ムストとウィンダール、そしてウィンダとカーム。リーズはと見れば、平静を保っているものの、よく見れば口の端に薄く血が滲んでいる。

 

「神官様」

 

 声を上げたのは、あの髭の男性だ。

 

「この無茶な要求は、事実上の宣戦布告ではありませんか。すでにこちらへの攻撃は為されております。対策を講じねば、「ガスタ」は――否、湿地帯の全てが「リチュア」の手に渡ってしまう」

「そのための会議だ。……皆、静まれ」

「神官様。湿地帯の三分の一というのは、ここにいる者達の三分の一の生きる土地です。それを明け渡してしまっては、その者達はどうやって生活すればよいのです」

「明け渡すと決めたわけではなかろう」

「では、「リチュア」の一方的な通知を飲むと!?」

「違う」

 

 ならば、と髭の男性は拳を振り上げた。

 

「戦いもせず、しかし要求も飲まない。そのようなことが出来るわけもない。神官様、貴方は一体どういう方向に「ガスタ」を導くおつもりなのか。それ次第では――」

 

 さっと二人の議論の行く末を見守る皆に視線を回し、

 

「ここにいる者達の中には、優柔不断を見かねた者たちもいるだろう。私はその者たちと共に、会議の場を去ることも視野に入れている!」

 

 会議の場が、今までの何時よりも大きくざわめいた。男性を叱咤するもの、手を上げて賛同するもの、至る所で各人の思いが吹きあがる。

 ウィンダの身体が、皆の熱に縛られたように固くなる。今までの会議では、こんなにも場が荒れることはなかった。物静かな社の一角とは思えない程の興奮に、ウィンダは打ちのめされていた。

 喉が渇く。机の水を取ろうとするが、拳を作って膝の上から動かない。

 助けを求めようとウィンダールを見るが、彼は口を結んだまま、微動だにしない。その隣のムストもまた、静謐な気配を保ったまま口を開かない。

 

「巫女様」

 

 不意に、声が飛んだ。髭の男性の眼は、ムストからウィンダへと移っていた。はい、と返事をしようとするが、渇いたのどからは吐息が漏れるだけだ。

 

「貴方は、どうお考えか」

 

 皆の眼が、一斉にウィンダを見る。黙っているうちに、託宣を聞く民のように徐々に場は静まっていく。

 

「私は……」

 

 あえぐような、かすれたような声が漏れる。口の中は日照りの続いた田んぼのようだ。半端に開いた唇の間から冷たい風が入り、舌を乾かしていく。

 誰かに救いを求めるにも、視線は人々の間を抜けるようにどこかに固定されて、動かせない。身体全体が金縛りにあったようになっている。

 

「巫女様」

 

 救いの糸のように、優しい声を出したのは、意外にも髭の男性だった。

 

「お若い貴方にこのような判断を仰ぐのは、非常な重荷となることは解っております。しかし、神官に次ぐ我々の指導者ならば、判断を下していただけなければ」

 

 それは、と乾いた息に乗せる。ウィンダールも、ムストも、そしてカームもそばにいる。なのに、どうして自分が判断を下す必要があるのか。それを尋ねようにも、口の奥は詰まったように声を送り出してくれない。ただ、頭の中で言葉が跳ねかえっている。

 

「もし貴方が神官様と同じ意見であれば、我々も強くは言いません。しかし、神官様と意見を違えるというのなら――どうか、我々と共に、侵略者の手から「ガスタ」を御救い頂きたい」

「救う――?」

 

 かろうじて、その部分だけが声になった。

 

「はい。「リチュア」が話し合いに乗るかは分かりませぬ。もしも交渉が決裂しようものなら……いや、それよりももっと早くに、彼らは軍勢を指し向けてくるかもしれません。その場合、戦場となるのはこの湿地帯そのもの。負ければ奪われ、我らや皆は住処を追われることとなる。守るには、戦うしかありませぬ」

 

 す、と一息を置き、男性の眼が光る。

 

「ご決断を――」

 

 

「待ちな」

 

 

 蝋燭に揺れる、並んだ影の中から、一人分の影が立ち上がった。頭の横で結んだ髪が揺れる。その毛先は焔のような橙色。代表者の中でもひときわ若い、その女性は、名前をリーズという。

 リーズは、そこまでだ、と男性の名前を呼んだ。

 

「巫女様を祀りあげ、「ガスタ」に反乱でも起こすつもりかい、あんたは?」

「まさか。我々は「ガスタ」の行く末を案じ、最良の判断を求めているだけだ」

「我々、ねえ」

 

 リーズは皆のうち、数名の顔を見た。男性の声に、強く賛同していた者たちだ。

 

「大の男が、こんな娘に重圧かけて、最良の判断もなにもないだろ。あんたらは自分たちの思惑を通そうとしているだけだ」

「それが最良の判断である、と我々は考えている。故に、それを進言しただけだ」

「だが、それは神官様に却下されただろ。それで巫女に矛先を変えるのは、卑怯ってやつじゃないかねぇ」

 

 なんだと、と男性の頬が染まった。

 

「「ガスタ」を思えばこそだ」

「「ガスタ」を思うなら、娘一人いじめるのも厭わないってか? ――ウィンダ」

 

 リーズの視線が変わった。は、とウィンダは正気を取り戻す。

 

「戦に賛同する奴らの顔をよく見てみろ。こいつらは皆、湖近くの集落の奴らだ」

 見回せば、視線を避けるように顔を伏せたのは、確かにそうだった。

「「リチュア」の要求をのめば、こいつらの土地が奪われる。だからこんなにも戦いたがるのさ」

「話し合いで解決するならば、それでよい。しかしその保証はなく、今回の襲撃や手紙から、その可能性は低い。なれば、皆を守るには戦う以外の術はない――違うか、リーズ殿」

「うちだって湖近くなんだ。おめおめと奪われるのを傍観できないさ。だが、神官様は話し合うと決めたんだ。それに従わなければ、指導者の意味がないだろ」

「その判断が常に正しいとは限らぬ。それに、神官殿は霞の谷近くのこの集落にお住まいだ。湖に近い我々とは、意識の差がある」

「だから、あんたや私を見捨てかねないって?」

「それは」

 

 

「違います!」

 

 

 男性が言葉につまり、被せるように声を上げたのは、ウィンダだった。彼女は呪縛から解き放たれたように立ち上がる。

 

「神官様も、賢者様も、「ガスタ」を――湿地帯の皆、全てを守ろうとお考えです! 誰かを見捨てたりは、絶対にしません!」

「なぜ、そう言い切れる」

「それが、「ガスタ」の指導者の役割だからです!」

 

 呻くような男性の声を、ウィンダが断ち切る。

 

「私は前に、神官様に、神官様たちが居なくなったら、皆を纏めるのが私の仕事だと言われました。皆というのは、ここにいる代表者たち、集落の者、そして湿地帯に住まう生き物、その皆です。神官様は、常に皆のことをお考えです」

 

 息を吸い、

 

「その神官様が、話し合いをするとお決めになりました。これは皆のことを考えた指導者の決定。故に、最良の決定です。私、ガスタの巫女ウィンダは、巫女として、「ガスタ」の一員として、湿地帯にすむ一人として、これを支持します!」

 

 場が、水を打ったように静まった。ムスト、ウィンダール、カーム、そしてリーズ達代表者。皆、口をつぐんだままだ。

 蝋燭の影だけが、踊っていた。

 

「あ、の……」

 

 ウィンダが、不安を声に出す、その時。

 場に乾いた音が走った。パチパチと、両手を叩くのは、

 

「リーズさん……」

「決まったね」

 

 リーズが口の端を上げた。

 

「神官様、巫女様の決定は下された。これに従うのが代表者の義務さ」

「……致し方ない」

 

 男性がゆっくりと腰をおろす。それを合図としたように、ひとり、また一人と拍手の音が増えていく。

 場が拍手の音に満たされた時、ムストが立ち上がった。

 

「方針は決定した。細かい内容に入ろう」

 

 ウィンダが腰が砕けたように座り、拍手が小さくなっていく。

 

「まず、こちらから手紙の返信を出す。書簡にて、話し合いの場を設定する。相手を刺激しない為、防備の増強は見送る」

 

 皆が――数名も不満げながら――顎を引いた。ムストの近くで手が上がる。

 

「問題は、相手にどうやって書簡を送るか、です。なにせ水の中では」

「その方法は私に考えが――」

 

 

「大丈夫だよん」

 

 

 場違いに明るい、少女の声。聞いたことのない声だった。

 全員の顔に緊張が走った。

 視線が交差し、声の主を探す。

 ウィンダも顔を回すが、声の主らしき姿はない。

 あそこだ、という声が上がり、そこを中心に、皆が顔を上げていく。つられ、ウィンダも顎を上げた。

 そこに、誰かがいた。

 皆を見降ろし宙に浮くのは、黒を基調とした、金の装飾が施された服。帽子から覗く癖の強い紅い髪に包まれた顔は少女のもの。

 手に持つ杖は、「ガスタ」のそれではない。

 謎の少女は、猫のように笑った。

 

「どうも、「ガスタ」の皆さん。リチュア・エミリアと申します」

 




小説としては、むやみな改行は美しくないと自覚していますが、どうもこんな感じで空行を入れている方が多いようなので。
ネット小説媒体の経験値は少ないので、色々と模索中です。


あと、リーズは俺の嫁。かといって物語中で幸せになれるとは限りませんが。
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