そこは、狭い部屋だった。人が三人も入れば満員になりそうな小部屋だが、板張りの壁は綺麗に保たれ、天窓から差し込む陽が照らし出した空間は清潔感を感じさせるため、息苦しさはない。
やはり板張りの床に、二人の男が腰を着けていた。
「各地で動きがみられるようだ」
開口一番、片方の男が言った。部屋の中だというのに白いローブをかぶっている。
「おそらく、最も活発なのはラヴァルだろう。炎樹海を支配するだけでは飽き足らないのか、隣接するジェムナイトの土地に侵入を繰り返しているという」
言葉に、もう片方の男が眉をひそめた。ローブを外した緑色の髪は、ウィンダールだ。
「彼らは戦闘を好み、戦闘に生きる種族だ。おそらく、みずからの欲望のまま戦火を広げようとしているのだろう。我々とは正逆に位置する種族だな、ムスト」
「氷結界と霞の谷という天然の要害に挟まれ肥沃な土地を得た我々は、誰とも争わずに生きてきた。これからもそうでありたいものだが――」
ムストと呼ばれた男は、そこで言葉を切る。代わりに、ウィンダールが短く言った。
「北か」
ムストが頷く。
「お前も感じるか、ウィンダール」
「私もだが、ウィンダが感じているようだ。あれは、風を読むのなら私よりも上手い」
「ガスタ最高の神官と呼ばれ、今なお賢者として人望を寄せられるお前よりも――か」
微かに顎を下げたウィンダールを見、ムストが目を細める。
「血は争えんな」
「才能があっても、発言しなければ無いと同じだ。手は抜くなよ」
「巫女を甘やかして神官は務まらんさ。――それで、北だが」
わずかに声を落とし、顔を寄せる。
「リチュア、という者を知っているか?」
「……聞いたことはある。氷結界に住む者たちの一派だろう? その氷結界とは長年にわたって接触が無いゆえに、今はどうなっているか知らないが」
「氷結界はかつて、大陸全土を覆った戦火の収拾のために、氷結界の龍の封印を解いた。それに反対して独立したのがリチュアだ。彼らは氷結界の大氷山を降り、麓の水辺で暮らしているという」
「北からの不穏な風はそれか」
「まだ、分からん。だが、まったく動きを見せない氷結界よりも彼らの方を疑うべきではあるだろう」
ふ、とウィンダールは息を吐く。天窓を眩しげに眺め、呟いた。
「世界が再び混沌に見舞われし時、天上より救世の光が降りる。――古い、古い予言だな」
「風によれば、ジェムナイトは我々との共闘を望んでいる節があるようだ。おそらく、ラヴァルとジェムナイトは近いうちに激突する」
「神官がそう風を読んだのなら、そうなのだろうな。世界はどうなる」
「分からん。だが、ラヴァルとジェムナイトが争い、リチュアが我々に侵攻を行った場合、前の大戦の前夜のような群雄割拠の世界となろう」
「大地は癒え草木の育ったこの地が、再び戦火を被るのは避けたいな」
二人の男は同時に嘆息した。だが、とムストが鋭い眼を向けた。
「我々が望もうと、風に煽られる草木にすぎん。風は生命を癒すが、強すぎる風は全てを薙ぎ払う」
「当面は北への警戒だな。皆に、近づかないようにいい含めておこう。どうしても行かねばならぬ時は、私が出向く」
「頼んだ」
ムストはゆっくりと頭を下げた。