赤い大地が視界いっぱいに広がっている。
起伏の少ない平坦な土地。木の一本も生えず、瓦礫のような岩の破片がそこらじゅうに転がっている。
初めてきた者は、この荒れ果てた光景がいつからあるのか、と思うことだろう。そして、真実を言ってもにわかには信じまいだろう。
まさか、この光景がたった三日の戦闘によって破壊された大地で、元々は草木が生い茂り、川の流れる起伏の多い丘陵だったなどと。
「なんということだろうな」
砕かれた土を踏み、未だに火の消えない倒れた巨木を眺める、一人分の影があった。
水晶の装飾を施した鋼色の鎧に全身を包み込んだ巨躯だ。彼は手近な土を掘り起こすように掬い、礫のような塊が脆くも崩れ去るのを見、ため息を吐く。
「なんということだ」
再びの嘆息。彼の隣に、同じように鎧を纏った姿が現れる。
「三日間。たったそれだけの戦闘で、豊かな土地は破壊しつくされてしまいました」
「……守るべきものを守れず――ただ無力を噛みしめているのでは、逝った者に申し訳が立たない」
歯の間から絞り出すように、水晶の鎧は呻いた。
「無理に自分を奮い立たせることも無いでしょう。クリスタ殿」
「だが――」
クリスタと呼ばれた水晶鎧は、遥か遠くを指さす。
「この大地。見えるばかりに広がる緑豊かな丘陵を、よもや忘れたわけではないだろう。あのラヴァル共の侵攻、もはや見逃すわけにもいかなかったとはいえ、追い返した結果がこれだ。奴らは戦闘狂だ。傷つけ、傷つけられることを楽しむ――そのような愚か者に、いったい何人の同胞が殺された? 最後の一兵まで駆逐してようやく戦闘が終えたとき、いったいこの大地に何が残った?」
「戦うと決めた時より、皆、傷つくのは覚悟の上です」
「そうだ。だが、あまりにも対価が大きい。この大地が癒えきるには、永劫の時間がかかろう。あの氷結界の龍の暴走の際、奇跡的に生き残った楽園だったのだ。我らとて、この地なしに生きることは出来なかった」
クリスタは膝をつき、怒りをぶつけるように、荒野となった土地に拳を叩きつける。鎧の隙間から、無念と怒りが漏れ出ているようだった。
「ガネット、ルマリン、そして我らサフィア――クリスタ殿の元で皆が一丸となって戦ったのは、大地と、他の仲間を守るためです。そして今、私たちはここに立っています」
「だが、守り切れなかった。大地は焼かれ、仲間は多くが犠牲となった」
「負けたわけではありますまい。勝たなかっただけです。なれば、今はまだ戦闘中。敵は今にも大挙して押し寄せてきましょう。指揮官たる貴方が先頭に立つからこそ、我々は命を預けられるのです。……どうか、我らを見放さないで頂きたい。ここで立ち止まれば、それこそ逝った者たちは浮かばれない」
クリスタはしばらくの間、大地につけた拳を握っていたが――やがて、立ち上がる。
「……そうだな。まだ、終わってはいない。少しでも多くの大地と仲間を守る、そう決めたこの身、戦場で膝をつくわけにはいくまいな」
「大地と、我らジェムナイトの象徴たる貴方が立っているからこそ、我らは戦う意義を見失わずに済むのです」
鎧姿は、クリスタの後ろで拳を握り、左手を叩いた。
「皆を集めましょう。次の襲撃に備えなければ」
「……そうだな。行くぞ」
大地を踏みしめるように歩き出したクリスタに、は、と応えて鎧姿も続く。
「そういえば、昨日からエメラル殿が見当たりませんが――」
「彼は、重要な使命を携えてとある場所へ向かってもらった」
「いったい、どこへ?」
うむ、とクリスタは遥かかなたに目をやる。
「荒廃した大地――少しでも治すには、土地を癒す風の力が必要だ。その力を持つ者達のところへ、力を借りに行かせたのだ」
ミストバレー湿原の南。一年を通して強い風が吹く、底見えぬ大渓谷がある。
誰が名付けたのかは分からないが、そこはいつからか「霞の谷」と呼ばれている。大地の裂け目は巨大で、一説には湿原の地下水脈よりも深い地底まで通じるという。
かつて、大陸全土を覆った戦禍。異星からの侵略者との戦いに端を発したという大戦争の中に、この霞の谷の住人も参加していた。各勢力が力と技術を持ち寄って侵略者に対抗しようとする中、一時は手を組んだ霞の谷だったが、後に意見の相違から同盟を離脱し独力での抗戦を選んだという。
霞の谷にはいまでも、古い戦争の兵器の残骸が幾つも転がっている。
侵略者の攻撃に耐えうるように作られた装甲も、ゆっくりと金属を劣化させる風にはかなわず、ほとんど大地と同化するほどに風化したものも多い。その間をくぐるように、ガスタの賢者、ウィンダールが歩いていた。
肩に乗るのは翠色の鳥、イグル。変化すれば巨大な怪鳥となる彼は、今は手のひらに収まりそうなほどの大きさに身を縮めている。
ふと、ウィンダールが眉をひそめた。
崖にせり出すような荒れた道を、長い金属の棒のようなものが横たわって塞いでいる。他の兵器の欠片とは、どうやら材質が違うのか、埃にまみれてはいるものの風化してはいないようだった。
ウィンダールは無言で棒を掴み、動かす。硬い岩盤に突き刺さった棒はびくともしなかったが、しばらく揺するうちに、岩盤の方が円形に崩れ、棒を吐き出した。
棒は、どうやら槍のようだった。長い年月でこべりついた埃の中に、わずかな輝きを見つけたウィンダールがローブの袖で擦ると、汚れの下から鮮やかな緑色の宝石が姿を現す。さらに、槍の穂先には名前らしき文字が刻まれていた。
「ゲイボルグ――」
この槍か、持ち主の名前だろう。ウィンダールはイグルを見、独り言のような口調で話す。
「かつて、霞の谷は孤立していた。同盟から外れたが故に戦力は激減し、少しづつ侵略者に追いつめられていった。しかし、彼らに救世主が現れる。伝説の騎士、ドラグニティだ」
イグルは無言で無造作に掴まれた槍を見た。
「そう、この槍はおそらく彼らの持ち物だろう。戦乱の後、彼らも多くの種族と共に姿を消した。今もどこかでこの霞の谷を見守っているのか、それとも――」
ウィンダールは槍を軽く放り投げた。
「感傷だな。過去に思いを寄せることも必要だが、今はその時ではない。だから」
顔を上げる。前方に、一つの人型が見えた。
「……話をしようではないか。現在と、未来の話だ」
影が近づいてくる。逆光に輝く、緑色の甲冑。
「ジェムナイト――エメラルという。ミストバレー湿原に住むという風の民か」
「貴方が来ることは、風が教えてくれていた。我々に、助けを求めていることもな」
なら話は早い――そう言って、エメラルと名乗った男は手近な金属を指さした。ちょうど良く緩い流線形をしたそこに、二人は腰を落とす。エメラルが、金属についた手を退けると、そこに機体名らしき文字がうっすらと刻印されている。
「『アーリー・オブ・ジャスティス』、かつての大陸間同盟か。……危機に際しては、しがらみを忘れ一つになることが出来るのだろうな。しかし、機体名に大災害の意味を込めるとは」
「侵略者に対抗する兵器だという。いくら強固な金属に身を包もうと、寄る年月の前には無力、か」
「我々のことかね?」
エメラルが甲冑の胸を指す。ウィンダールはさあ、と呟いた。
「戦いというものは虚しい。幾歳をかけて築かれたモノを、一瞬にして塵芥に帰してしまう」
「戦いの虚しさなど、我々は身を持って知っている。――先日、敵対するラヴァルと大規模な戦闘を行った」
エメラルは心なしか肩を落とし、渓谷から見える狭い空を見上げた。
「残ったのは、仲間の残骸と破壊された丘陵だ。だが、我々は守るべきもののため、引くわけにはいかない。そして、戦乱で荒れた大地を再生させるために、貴方がたの力をお借りしたい」
「……湿原には、土地が余っている。他の皆が良いと言えば、一族を連れて移住することもできるが」
「まさか」
エメラルは腕を組み、鎧の隙間から鋭い目を向ける。
「我らは大地の騎士ジェムナイト。土地を捨てるというのは自らの存在の否定だ。それに、我らがいなくなればあの大地は侠客のようなラヴァルの連中に蹂躙しつくされる。そのような愚行を見送るだけならば、我ら全員で玉砕する。……それだけの覚悟を持って始めた戦争だと、ご理解願えるか」
ウィンダールは、無言で頷く。では、と呟き、
「我らに、具体的に何を望みますか」
「ジェムナイトと共闘をお願いしたい。今は我らと共にラヴァルと戦い、いつか、湿原が敵に侵された時は我らはせ参じて盾となろう」
「敵などと。この天然の要害を超えて、敵が現れるとでも?」
「かつての大戦では、侵略者も、その後に世界を荒らしまわった魔轟神も、天から現れたという。空からの敵に、地形など関係ありますまい」
「伝承では、天から現れるのは救いの光だという。それに、『未来の敵』との戦いに備えるために、湿原の者を『現在の戦場』へ送り込むことは、賢者として承知しかねる」
む、とエメラルは言葉を呑んだ。ならば、と考えるように言葉をゆっくりと吐きだす。
「前線に出てほしいとは言わん。我らが望むのは、あくまで土地の再生への協力だ」
「ならば、一刻も早くラヴァルとの決着をつけることでしょう。戦争が終わったのなら、我々も大地の再生に力をお貸しします」
「それは――未来の確約と受け取っていいのかね?」
「私は神官でも巫女でもない。故に湿原の者達を動かす権利はないが、耳を傾けては貰えましょう。少なくとも私自身は協力すると……それならば確約いたしますが」
「その申し出だけでもありがたい」
残骸から腰を上げ、ぴん、と背筋を伸ばしてエメラルは頭を下げる。ウィンダールも立ち上がり、礼を返す。
「ラヴァルとの戦いは、激しさを増すだろう。私自身、ふたたび相まみえることが出来るかは分からない。だが、どうかお力添えをお願いしたい。この身が戦場で朽ちようと、ジェムナイトに恩を返さぬものはいない。きっと、あなた方のお役にたてるだろう」
「……こちらも、なにか協力を仰がなくてはならない事態があるかもしれない。――今はまだ歩み寄る所でも、いつかは同じ場所に立てることを願いましょう」
ウィンダールが手を伸ばすと、エメラルが握る。ウィンダールも、握り返した。
「今は握手の分、腕一本で繋がっているだけではあるが――後々、横に並ぶことが出来るように、尽力していこう」
手は離れ、二人は背を向け、互いの土地に足を向ける。