どうする、とカームは自分に問うた。
敵は水中だ。こちらから攻める手段がない以上、今は攻撃を防ぐしかない。
「引くと言う手は――」
再度顔をめがけて飛び込んできた鎖を迎撃。風を纏った杖で勢いを受け流し、上空に跳ねあげる。水中に引き込まれていく鎖を目で追いながら、滑るような、体重を感じさせない足取りで不均衡な砂の上を滑らかに動く。
「――無い、か」
ウィンダを戻した以上、ここから離れれば合流は難しい。天候も悪いため、お互いを見失う可能性が高い。ならば、余計な心配をかけない為にもここは踏みとどまるべき。
それにもう一つ、カームには引けない理由があった。湖面から視線をそらすと、再び水滴を散らしながら蛇が飛びかかるように鎖が宙を切る。
「っと」
軽く息を吐いて身を翻し、鎖を避ける。勢い余った鎖はそのまま突き進む。カームが杖を振るった。
鎖が、軽々と宙に舞う。飛ばした鎖を引き戻す瞬間、双方の力が引き合い勢いが完全に無くなる。ただ一瞬、その時を狙った攻撃は引き戻す動きをぶれさせ、敵との間に空間を作る。
本来は引き戻す鎖が攻撃を防ぐ役割をするが、今は遮るものはない。間髪入れず、カームは、その空間に振った杖で作った風を叩きこんだ。
砂浜に深い軌跡を残すほどの烈風。それが、鎖の根本、敵のいる場所へ砂と水を掻きあげながら突き進む。
そして、爆風。水面に巨大な穴を穿つほどのエネルギーの放出が、湖の水を吹き飛ばす。その中に、異形の影が見えた。
「出てきた……」
水中では手が出せない。ならば、引きずり出すまで。杖を構え、その影に向ける。
それは、二足で立ち四肢を持つシルエットだけならば人のようにも見えた。だが、その五体は人とはかけ離れている。全身を覆う緑色の皮膚の上に、革のようなもので出来た腰巻と胸当てをつけている。頭は鰐に似て平たく、足は魚のヒレような水かきのついたもので、腰から長い尾が延びる。両手に、鎖が握られている。
そして、こちら側に向けて放たれる悪意。それは、風に乗って集落まで漂ってきたものとまったく同じだった。
異形が、吹き飛ばされ砂浜に叩きつけられた痛みからか顔をゆがめながら、カームを睨みつける。カームは杖を向けたまま問うた。
「そちらは、氷結界より分かたれし一派、リチュアの者か」
返答は無言。睨みつける視線を真っ向から返す。
「こちらは「ガスタ」の者。何故、我々に悪意を向けるのか。お答え願いたい」
相手が動く。動きは口ではなく、全身を持った返答だ。
素早く宙に舞わせた鎖を、横薙ぎに振りまわす。カームは、自らの身体を風に浮かせて後退し、回避。
「……それが返答――なら」
ふわり、と重力がないような軽さで砂地に着地し、杖を勢い良く掲げる。上方への風が増幅され、追撃を加えようと飛び込んできた鎖を打ち上げる。さらに、舞い散った砂を相手を囲むような風で弾き、鎖の元へ三方から飛礫として叩きこむ。
細かい砂であろうと、勢いよく大量に打ち込まれれば怯む。敵が顔を腕で覆い、砂から守ろうとすることを予測していたカームは、既に次の攻撃に移っている。
杖を二度、三度、横に振る。敵の周りを砂が舞う。砂の動きが速まっていく。風が強くなっているのだ。
異変に気付いた敵が鎖を引き戻そうとするが、周囲に踊る風に乗せられ、逆に鎖を舞いあげられてしまう。それほどまでに強い風。
そして、ついには敵の体までを砂の間に巻き上げ、吹き飛ばす。
それはもはや、超小規模の竜巻だった。手近なものを吸い上げ、少し離れたカームの前髪を揺らしながら風は成長していく。カームが杖を掲げた。
ごう、と空気が横を突き抜けていった。
砂と敵を舞いあげた風が一瞬にして消え、全てが砂浜に叩きつけられる。背中から墜落した敵が、起き上がろうとして呻く。
その脇にカームが立ち、杖を突きつける。
敵の動きが止まった。
「再度、問う。なぜ我らに悪意を向けるか」
敵はこちらを睨みつけ、小さく口を開いた。
「――なに?」
何かを言ったのかもしれないが、耳に届かない。わずかな空気の振動が伝わった。
言葉が通じない――その可能性を思い、カームは一瞬眉根を寄せて身を引いた。
それが、隙だった。
敵が、勢いよく身を上げた。動作にあわせて尾を振り、砂を勢いよくカームの顔に向かって弾き飛ばす。思わずローブの裾に顔を隠したカームに敵は一瞥もくれず、そのまま勢いよく跳躍し湖の中へ飛び込んでいった。
「逃がしてしまった……」
波紋の広がる水面を睨みつけるが、影も形もない。ただ、揺れる湖面がカームの顔を映し出していた。