かりかりとノートにシャーペンの当たる音だけが室内に響いていた。正確には微かな息遣いだったり、ページを捲る音だったりもあるが、メインはそれということで問題ないだろう。
集まっているのはPoppin'Partyのメンバー。場所は
「うぅー……」
と、香澄がテーブルに突っ伏したのは、教科書を開いてから僅か五分後のこと。一分でダウンすることもあるため、それを考えれば拍手喝采ものだが、さりとてやっぱり早過ぎる。
「はい。香澄さんが声を出すまでに五分掛かりました」
「なにそれ〜っ!」
「ふふ、先生の真似」
皆さんが静かになるまで五分掛かりました、の逆ということか。なるほどと納得しかけるが、ぶんぶんと首を振る。危ない危ない、怒ってるんだった。しかし、思い出したところで、すぐ抜け落ちてしまう程度の怒りは戻っては来ず、言葉を探すようにもにょもにょと唇を動かしたきり口を結んでしまう。
「まあ、五分も保ったら上出来だろ」
「有咲ぁ〜っ!」
「……そこ、喜ぶんだ」
呆れ笑いに和む雰囲気。多分、この方がいい。張り詰めた空気より、雑談を交えながらやった方が不思議と身になる。なにより、Poppin'Partyにはそれが似合う。
とはいえ、香澄は手が止まるので例外なのだが。
「どうしてテストなんてあるんだろう……」
世界が終わったような表情で香澄がつぶやく。
「いや、学校だからだろ……なにしに学校行ってんだよ」
「えっと、みんなに会いに……?」
冗談と取るには難しいトーンに有咲は「まじかこいつ……」と口もとを緩ませながら声を漏らす。表情と台詞がちぐはぐなのは通常運転。そこから沙綾にからかわれるまでワンセット。
「嬉しそうだね?」
「は、はぁっ? どこがだよ!」
——あれで隠せてるつもりなんだもんなぁ。
思わず漏れてしまった笑みに、有咲は紅潮していた頬を更に紅く染め上げて俯いてしまう。
「有咲……顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくる香澄がとどめだった。
——ああ、もう、人の気も知らないで、どいつもこいつも!
「き、気のせいだから……めちゃくちゃ気のせいだから!」
我ながら下手くそな言い訳だなと思わずにはいられない。バレバレなのは耳に届く笑い声が証明している。ちらりと目を向けた先には堪えるように肩を震わせる沙綾の姿。
「ぷっ、ふふ、ご、ごめん、有咲……それは、無理ある……」
我慢されているのが尚のこと腹が立つ。香澄は香澄で訳がわからないみたいな顔で首を傾げているし、なんで自分ばかりがこんな目に。どうしてこうなった。
とにかく話題をずらしたい。なんでもいいからと思索に耽って、頭に浮かんできたのはテスト後に控えたイベントのこと。
「そ、そういえば、もうすぐ文化祭だな!」
あまりにもわざとらしい話題転換に、沙綾が吹き出す。
「ぷっ、あははっ!」
「な、なんだよ……」
「う、ううん、なんでも……ふふっ」
「なにが面白いの?」
「なんにも面白くねーよ!」
「ええっ、なんで怒ってるのっ?」
「怒ってねぇ!」
「え、えぇー……」
「だーっ、もう! いいから、文化祭の話だろ!」
有咲はどうしても文化祭の話がしたいらしい。どうしてか分からないけど、文化祭の話は確かにしたい。Poppin'Partyと文化祭といえば文化祭ライブ。ライブの申請はすでに済ましてある。ただ、香澄たちももう三年。受験を控え、教師も「羽目を外し過ぎないように」と口を酸っぱくして言っている。
「今年はどうしよっか」
「んー……、新曲とかは控えたほうがいいかもね」
「えーっ! でもでも、最後だからこそ、やりたいっていうか……」
「そうは言ってもな……」
渋る二人に、香澄は助けを求めるように黙っていた二人へと視線を向ける。
「りみりん〜っ」
呼ばれた
「や、やっぱり、今年は難しいんじゃないかなぁ……」
「うっ……おたえはっ?」
「なんの話?」
「文化祭ライブの話だよっ!」
なんにも聞いていなかったことに今更驚きはなかった。
「え、やらないの?」
「やるよっ! やるけど、新曲とかもやりたいなって思って」
「やらないの?」
「やりたいっ!」
「じゃあ、やろう」
「やるっ!」
まさかの即決。
「ちょっ、ええっ⁉︎」
「待て待て……勝手に進め過ぎだろお前ら」
二人して制止に入ると、香澄は「だってぇ……」と子供のように声を漏らして俯いてしまう。しんとなった空間がなんだか痛い。
——えぇ……わ、私が悪いのか、これ?
「あ、あー、でも、ほら、夏休み? そう、夏休みに頑張れば? ここで多少思い出作りに精を出しても問題ないっつーか? な、なぁ、沙綾!」
「えっ、あっ、うん、そうそう! 私も有咲も手伝うし! ねっ、有咲っ!」
「う、うん、手伝う手伝う! ……だから、なに、その……元気出せよ」
慌てて最初とは真逆の意見を出す二人に、香澄はがばっと顔を上げて満面の笑みを見せる。
「ほんとっ? やってもいいのっ?」
ああ、またやってしまった。とか後悔とも呼べない気持ちを抱きつつ、二人揃って嘆息し頷きを返す。どうしてこう、いつも甘やかしてしまうんだろう。
そんな二人の心情なんて知る由もない香澄は嬉しそうに頬を緩めて、
「えへへ……二人ともありがとっ!」
どうもこの子の笑顔には滅法弱い。そんな状態も案外悪くないと思えてしまうのだから、本当にどうしようもなかった。このやり取りとももう二年の付き合いだから、もうほとんど諦めてすらいる。
「なんか、お父さんみたい」
「それ、ちょっと分かるなぁ」
たえとりみの言葉に、沙綾は苦笑し、有咲はよく分からないのか首を傾げる。
「文化祭のためにも、まずはテスト頑張らないとね」
「うんっ!」
よーっし! と、意気込んで教科書と睨めっこを始めた香澄が次に机に突っ伏したのは、それから十分ほど後のことだった。