Poppin'Party結成から約二年。花咲川女子学園の生徒に「Poppin'Partyを知っているか?」と
そこまで名前が広がった理由にはもちろん文化祭でのライブや中等部からの内部生が多いことなどが含まれるが、しかし、それらは一番の要素ではない。ではなにがPoppin'Partyを学園一のガールズバンドへと押し上げたのか。
それは有咲をきっかけにした一つの事件。二度目のクライブの発端。失ったキラキラドキドキを取り戻す物語。あれがあったからこそ、Poppin'Partyは学園からの応援を得られたし、結果として学園でライブをする機会が増え、一気に認知度が上昇。
そうなると——
「あ、有咲先輩だっ! 有咲せんぱーいっ!」
——なんて、ちやほやされることも多くなるわけで。Poppin'Partyの周囲は以前にも増して賑やかになっていた。そしてどうやら、本人も満更ではない様子。後輩に手を振られ、控えめに手を振り返してから視線を戻すと、僅かに前傾姿勢になった沙綾がにやにやとした表情で自分を見ていて。
「有咲、大人気だねぇ。嬉しい?」
「う、嬉しくねーし! ま、まぁ……嫌でも、ねーけど」
頬を染めてもじもじしていると、どこからか「市ヶ谷先輩かわいいよねー」なんて会話が聴こえてくる。嫌な予感と同時、耳ざとく拾っていた沙綾はにんまりと
「かわいいだって、やったね」
「か、かわいくねぇっ!」
——うぅ、顔、熱い……。
手をぱたぱたとさせて熱を持った顔を扇ぐ。気分は悪くないけど、いつまで経ってもこれには慣れそうにない。だいたい先輩とか呼ばれるのだってなんだか小恥ずかしい。
白磁の肌に薔薇を散らして俯きながら歩く。もともと小さな背中はより小さくなって、言われなければ三年生と分からないくらいだった。
「あーっ、有咲、照れてるー?」
沙綾の反対位置。右隣に並ぶ香澄に問われる。
「うっせぇ……ばか」
目の前でへらへらとした表情を浮かべる香澄のおでこを中指で弾いた。ぱちんっという小気味いい音と同時、ぎゅっと目を瞑った香澄はおでこを抑えて、
「痛っ——く、ない……?」
あれー? 痛くないや。と首を捻る香澄を見ると、なんだか力が抜ける。どうしてこいつはいつもこんなに能天気なんだか。少しでいいから分けて欲しい。はぁーっと長いため息を吐いて顔を持ち上げると、自分に近づいてくる後輩の姿が目に映った。
「い、市ヶ谷先輩っ!」
「は、はいっ!」
目の前で立ち止まった後輩に自分の名前を呼ばれ、思わず敬語になってしまう。本当に勘弁して欲しい。人見知りにはもっと気を遣って慎重に話し掛けるという旨の法律を制定するべき。
——そもそも、どうして私なんだよ……。打ってつけのが両隣にいるだろ。
口の中でそんな愚痴をこぼしながら、仕切り直すように咳払いをする。
「……え、ええと、なに?」
コミュ力皆無な応答に横からぷーくすくすと腹の立つ笑い声が聴こえるが、今は一旦無視。後で覚えとけよ……と拳を握りしめつつ、しかし、どうにも勝てるイメージが湧かぬまま後輩の言葉を待った。
「そ、その、今年も文化祭ライブをするって、聞いたんですけど……」
誰にという疑問は浮かばなかった。ぶっちゃけてしまえば、もう何度目だという質問である。この場にいないたえとりみも含め、Poppin'Partyの全員が家族や友人に散々
「あー……うん、一応、するつもりだけど」
一応、なんてつけてしまったけれど、テストも全員赤点を取ることなく無事に乗り越えて、ここからいきなり中止になることはないだろう。
「わーっ、そうなんですねっ! ポピパのライブ、楽しみにしてますっ!」
これもまた何度目か分からない台詞。でも、何度聴いても嬉しさは変わらなくて、ついつい口角が上がってしまう。自分自身がどうとかそういうことじゃなくて、きっとそれは、自分が好きなものを他の人も好きでいるということ——もっと簡単に言えば、友達が褒められて誇らしいみたいな感覚だった。
分かる、本当にすごいよな、こいつら。って、そんな共感が心を満たして、放っておくと語り出してしまいそうなくらい。自分のいいところは考えてもよく分かんないけど、メンバーのいいところはいくらでも出てくる。だから多分、市ヶ谷有咲こそがPoppin'Partyの一番のファンなのだ。
「あ、ありがとう。……ていうか、なんで私ばっかり」
照れを誤魔化すようにぼそりと言葉を落とすと、香澄がそれを拾い上げる。
「そうだよーっ! 私もいるのに! 有咲ばっかりずるいっ!」
ずいっと後輩へ半歩近づいた香澄に、後輩は半歩下がる。もう半歩近づけば、また半歩下がる。そんなことを二、三度繰り返して、香澄は大きく口を開く。
「なんで逃げるのーっ!」
うわーんっと抱きついてきた香澄に、そろそろ暑くなってきたなぁなんて思いながらため息を吐く有咲。ぐぐっと香澄の顔を押し返しながら、
「お前はお前で騒がれてるだろ……」
戸山香澄の名前を聴かない日がない。全校生徒と友達なんじゃないかと思ってしまうくらいに、すれ違うほとんどの生徒から挨拶をされるし、また香澄自身からも頻繁に話し掛けている。
——まあ、こいつの場合、知ってるとか知らないとか関係ねーしな……。
その時点で一度も言葉を交わしたことがなくたって、香澄はまるでずっと昔から友達だったかのように話しかけるのだ。もちろん、一年の頃から仲のいい同級生と会話するときとの判別は出来るものの、それはあくまで会話内容からであって、遠目から見ただけでは有咲でも難しい。パーソナルスペースという概念があるのかどうかすら怪しいレベル。
しかし、だからこそ距離を取られてしまうこともあったりして。
「……その、戸山先輩は、ちょっと、まぶし過ぎるっていうか……」
目を逸らしつつ申し訳なさそうに言う後輩に、沙綾が笑い声を上げる。
「あははっ、分かる!」
「ええっ⁉︎ 全然分かんないよぉーっ!」
自覚のないところも香澄の良さというか。天然ものだからこその輝きというか。それにしたって、まぶしいという表現は的確過ぎるなと有咲はくつくつと喉を鳴らす。
「もーっ、笑いごとじゃないのにーっ!」
「面白いから仕方ないな」
「面白くないよっ!」
「でも、事実でしょ?」
「事実じゃないよっ! 私、光ってないもん!」
「光っ……ふっ、くふっ、ふふっ……無理ぃ、お腹痛い……」
ぴかぴか光ってる香澄を想像すると笑いが止まらない。どうすればいいのか困っている後輩に背を向けながら抗議する香澄には悪いが、しばらく収まりそうになかった。そのまま香澄の言葉を聞き流しながら笑っていると、後輩の背後に見慣れた顔を見つける。
「お姉ちゃん、遠くから手を振っただけで全力で走ってくるって有名だよ」
「——あっちゃんっ⁉︎」
戸山
「手振っただけで全力で走ってくるとか怖過ぎだろ……ホラーかよ」
「香澄らしいけどねー」
「変質者とかに普通に着いていきそう……」
「香澄の場合、地域の人が監視カメラみたいなものだから大丈夫じゃない?」
「それもそうか……」
「それもそうなんですか……?」
納得するポイントおかしくない? と明日香は首を傾げるが、有咲と沙綾にとっては特におかしなことではないらしい。ただ、おかしなことではないからいいというわけでもないようで。
「でも、急にどっか行くのはやめろよな」
「ちょっと目を離した隙にいなくなっててびっくりすることあるよね」
なんで怒られてるんだろう。私が怒ってたんじゃなかったっけ? なにかがおかしいと思いつつも「まったく」と口を揃えて言う二人に香澄はとりあえずで謝ってしまう。
「ご、ごめん……?」
そんな香澄に、二人はまたも笑みを溢す。ひとしきり笑うと、沙綾は指先で目尻に溜まった涙を拭いながら、
「でも、香澄が一番人気なんだろうなぁ。ね、明日香ちゃん?」
明日香は渋々ではあるものの、沙綾の言葉を肯定する。
「まあ……そうですね」
実際、Poppin'Partyが話題に上がれば真っ先に香澄の名前が出る。それは二年生でも変わらないことだ。なにしろ、この性格である。万人に好かれるとまでは言わないけれど、憎むのもまた難しい。三十人いたら一人か二人は香澄に腹を立てるかもしれないが、二十八人の好意の前にそれを晒す勇気がある人間は中々いないだろう。
みんなが好きだと言うから嫌いだと言えないだなんて言論弾圧じみてすらいるが、みんなの好きなものが嫌いなだけの人間の言う「嫌い」にどれだけの価値があるのか定かでない。そういう意味で、今の状況はバランスが取れていると言えなくもないのかもしれなかった。
まあでも、そんなバランスだとか好きだとか嫌いだとか割合だとか価値だとか、難しいことは全部ひっくるめてドブへ捨ててしまうのが戸山香澄という少女の特性で。
「ほんとーっ⁉︎ やったーっ! あっちゃーんっ!」
がばっと勢いよく抱きついてきた香澄に、明日香は頬を染めながら眉尻を下げて、
「もうっ、そういうとこだよお姉ちゃん!」
後輩——クラスメイトだったらしい——と去って行く明日香を見届けて、上機嫌で歩き始める香澄。どうやら人気者だと言われたことが相当嬉しかったらしい。
「ふんふんふーん」
「まぶしい女……」
「ぶふっ……」
「あーっ! またバカにしたでしょ!」
「「し、してないしてない」」
「嘘! 絶対した!」
うぐぐと唸る香澄は、簡単に誤魔化されてはくれない様子。少しの思考ののち、沙綾はぴんと指を立てて笑いかける。
「太陽みたいってことだよ」
「太陽……? それって褒めてるの……?」
「んん、まあ、褒めてるよ……ね、有咲?」
「えっ、や……えぇ……?」
太陽みたいという比喩は分からないでもないが、それって褒めてるのだろうか。とつい真剣に考えてしまう。
——確かにこいつは太陽みたいな女だが、私は別に太陽好きじゃねーよな。暑いし……いや、私が太陽好きかどうかは関係ないんだけど。
真剣に考えた結果がこれなことに、そこはかとない残念女感が漂っているが、それはそれとして、重要なのはその比喩が褒め言葉なのかどうかである。
「分からないこともない、けど……」
まぶしくも暖かく、いつもそばに感じているのにふとしたときにその距離を意識する。そんな感情が確かに香澄に対してあって、太陽に似ているのは確かだなと思うし、そういう諸々を含めて香澄を大切に感じている自分がいる。ただ、太陽とは微妙にズレている気がしなくもなくて。香澄の一面としてイメージ出来なくもないが、有咲にとっては星と言ったほうが正しい。というか、太陽だとなんか——
「——それがなきゃ生きていけないみたいな印象が……」
と、そこまで言って「あ」となにかにも気づいたように言葉を止めた有咲は、そっと沙綾へ視線を向けて。
「……こっち、見ないで」
珍しいものを見てしまった。
——へー、こいつこんな顔で照れるのか。
勝負をしていたわけでもないのに心の奥から湧いてくる「勝った……!」という気持ちに、ふふんとどや顔を浮かべてしまう。自分が「星」に
「えへへ、私も沙綾がいないとやだな」
「……今は、そういうのいいから。ほんとに。やめて。勘弁して」
両手で顔を覆ったところで、真っ赤な耳が表情を暴露していて意味がなかった。なにをいちゃいちゃしてんだこいつら……と呆れつつ、有咲は話を戻す。
「まあでも、ようはアレだろ? お前の大好きなキラキラドキドキを、お前自身に感じてるっつーことなんじゃねーの?」
「私でキラキラドキドキ……?」
——鏡を見たら、私もキラキラドキドキ出来るってこと?
「なんかアホなこと考えてるだろ」
有咲の戸山香澄節センサーが反応した。香澄が頭の悪そうなことを考えているとき、香澄自身もまた頭の悪そうな顔をしているのだ。具体的には起きてから寝るまでそんな顔をしている。
「アホじゃないよっ!」
「いやアホだろ……」
「アホかなぁ……?」
結構ガチなトーンで言われて、アホだったのかもしれないと少し悩んでしまう。そんな香澄を見て、「やっぱりアホだな……」と思いつつ、やれやれったく仕方ねーなー本当こいつは私がいねーとダメなんだからと口を開く有咲。
「だからさ、お前がみんなと一緒になにかをするだけでキラキラドキドキ出来るのと同じで、あの子にとってお前がそういう存在だってこと」
「あー、なるほど!」
お分かり頂けたらしい。ぽんと手を打って納得の声をあげる。が、なにかが引っかかったらしく、香澄はそのまま首を傾げる。
「……でも、キラキラドキドキするなら、一緒にいたくない?」
「……お前には分かんねぇかもしれねーけど、世の中にはずっとドキドキしてたら疲れるってやつだっているんだよ」
「へぇ、そうなんだぁ……有咲は?」
「はぁ?」
「有咲は……疲れる?」
不安気な声音に、「疲れる」という言葉を飲み込んだ。どうしてこのタイミングで自分にそんな質問をしてきたのかなんて、訊いたところで「分からない」と言われるのがオチなんだろう。香澄はいつもそうだ。いつもいきなりで、いつも無自覚に懐に飛び込んでくる。
「……疲れてた」
しばらく考えてから有咲が口にしたのはそんな答えだった。
「過去形なんだ?」
ようやく落ち着いたのか、まだ微妙に頬の赤い沙綾も会話に参加してくる。でも、なんだかそれほど恥ずかしくはなくて。
「慣れたのかな……いやでも、今でも疲れないわけじゃないんだよな。沙綾は?」
「んー、私も疲れるかなぁ。だって、練習のあった日なんてお風呂入ってベッドに飛び込んだらいつのまにか寝ちゃってるし」
「二人とも、疲れるんだ……」
寂しそうに言う香澄がおかしくて、二人して笑ってしまった。香澄はわけが分からずに眉根を寄せて首を傾げる。
「はぁ……疲れるのが嫌だったら、一緒にいねーだろ」
「? どういうこと?」
「そういう疲れも含めて、みんなといられて楽しいんだよーだって」
「そんなこと言ってねぇ!」
「でも、そういうことでしょ?」
「っ……お前だってそうなんじゃねーのかよ」
「まあね」
ふふっと勝ち気に笑う沙綾に、立ち直るの早過ぎるだろ……と悔しさを覚えつつ、香澄に視線を移した。すると、想像通り、そこには花が咲いたような笑顔があって。
「私もみんなといられて楽しいよっ!」
——そんなの、知ってるよ。
それはどちらの独白だったろう。どちらでもいい。きっと、ここにいるのがPoppin'Partyの誰であっても、同じことを想った。