インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
プロローグ
「へえ……中々の逸材じゃない」
薄暗い部屋に足を踏み入れた少女は、少年を一瞥してそう呟いた。
少年の瞳には、すでに光はない。絶望を受け入れる準備が整っている――にもかかわらず、少女の口から出たのは、それとは正反対の言葉だった。
「きっと、今よりも楽しい日々が始まるわ」
その言葉を最後に、少年の意識は途切れた。
背後に控えていた男たちが、無言のまま彼を連れ出していく。
「……よろしいのでしょうか?」
背後の執事が、少女に問いかける。
「何が?」
「彼は――織斑千冬の弟の一人、織斑一夏ですが……」
そう。彼は、あの織斑千冬の弟。
第一世代IS操縦者、日本代表――その血を引く存在だ。
「問題ないわ」
少女は微笑む。
「だって、彼は切り捨てられた者だもの」
少女が一夏を引き取ったのには、理由がある。
織斑千冬には、もう一人の弟が存在していた。
織斑十秋。
いわゆる“転生者”――運動神経も頭脳も完璧な存在。
それも当然だろう。
肉体は少年でも、魂は大人なのだから。
対して一夏は、劣等として扱われ続けた。
そして今回、ついに切り捨てられたのだ。
「日本政府もいいものを落としてくれたわ。礼を言いたいくらいね」
「人質は一人しか報告しておりませんから」
少女は、くすりと笑う。
「戻ったら始めるわよ――最高で、最強で、最恐の計画を」
「かしこまりました」
執事は一礼し、少女を見送った。
――その日、一人の少年の人生が、180度変わった。
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### 三年後――
「なんだよ……あれはぁ!!」
そこは、とある研究施設。
銃を構えた兵士は、目の前の光景に震えていた。
物陰に身を潜める。
だが、響いていた銃声は次第に減り――やがて、完全に止んだ。
残ったのは、ただ一つの足音。
兵士は歯を鳴らしながら、小声で呟く。
来るな……来るな……。
相手は、たった一人。
それにもかかわらず、千人を超える兵士が――全滅した。
「…………」
足音が止む。
恐る恐る見上げた先にいたのは――死神だった。
そして、すべてを悟る。
――バァン!!
乾いた銃声と共に、兵士は崩れ落ちた。
「制圧完了」
『了解。そのまま直進して』
「了解」
黒いコートを纏った少年は、淡々と歩き出す。
やがて、大きな扉の前に辿り着いた。
「ここか?」
『ええ、そこよ』
少年は軽くノックする。
だが次の瞬間、小さくため息を吐いた。
「はあ……」
振り下ろされた腕。
そこに現れたのは、巨大な大槌。
しかし叩きつけたのは――扉ではなく床だった。
「――大地の剛剣(グラウンド・グラディウス)」
床が隆起し、巨大な剣となって扉を内側から貫く。
「入ったぞ」
『コンソールを起動して』
「了解」
指示通り操作を進める。
転送ゲージが100%に達したその瞬間――背後が騒がしくなる。
「敵は一人だ! 撃て!!」
銃弾の雨。
だが――一発も当たらない。
少年の前で、一本の槍が高速回転し、すべてを弾き落としていた。
「化け物がぁ!!」
叫びを無視し、少年は淡々と呟く。
「……もう帰っていいか?」
その手に現れたのは、巨大な片手斧。
再び放たれる銃撃。
だが今度は――
機関銃が次々と暴発した。
「な、何が起こった!?」
床に落ちた銃が、ドロドロと溶け始める。
「――無慈悲な太陽(クルーエル・サン)」
直径十メートルの光球が出現する。
兵士たちは、その異様な光景に目を奪われた。
次の瞬間。
「――炸裂する傲慢(プライド・フレア)」
太陽が地面に叩きつけられ――爆ぜた。
研究施設ごと、すべてを焼き尽くす。
朝日が昇る頃、そこには焦土だけが残っていた。
その中を、少年は静かに歩く。
前方には、一機のヘリ。
「作戦ご苦労様です、イチカ様」
「お嬢は?」
「すでにお待ちです」
少年――イチカは、無言で機内へ乗り込んだ。
焼け跡を見渡しながら、護衛の兵士が呟く。
「すげえな……」
「初めてか?」
「ええ……これをやったのが、あの人なんですよね?」
「ああ」
新兵の問いに、隊長は答える。
「“七つの大罪(セブン・デッドリー・シン)のイチカ”だ」
暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬――
七つすべてをその身に宿した存在。
止まっていた時間が、ゆっくりと動き始める。