インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
IS学園―――第三アリーナ外。
十秋は一夏とセシリアの試合には興味を示さず、気怠そうに歩いていた。
「どうせ結果なんて見えてるしな」
自販機の前に立ち、コインを入れようとしたその時―――
ピピッ―――
端末が鳴る。
「……千冬姉か」
通話を開く。
「今、外にいます。もしかして―――」
『すぐに戻って来い』
短く、それだけ言って通信は切れた。
「は?」
あまりにも一方的な指示に、十秋は眉をひそめる。
「試合終わったのか……? まさか、あの程度で負けたわけじゃねぇよな?」
軽く舌打ちをしながら、踵を返す。
◇
第三アリーナ―――入口。
「来たか」
「……何があったんだよ」
戻って来た十秋は、すぐに異変を感じ取る。
妙に静まり返った空気。
そして―――モニターに映る光景。
「……は?」
そこに映っていたのは、ボロボロに破壊されたアリーナの一部と―――撤収されるセシリアの機体だった。
「おい、どういうことだよ……」
「オルコットは棄権だ」
「は?」
「機体が戦闘不能レベルで損傷した。これ以上の戦闘は不可能だ」
淡々と告げる織斑千冬。
「……ふざけんなよ。あいつが負けたって言うのか?」
信じられない、と言わんばかりにモニターを睨む十秋。
「事実だ」
「……誰にだよ」
その問いに対する答えは、すぐに示された。
「リオネスだ」
「―――は?」
「繰り上がりで、お前の相手は奴になる」
数秒の沈黙。
そして―――
「……舐めてんのか?」
十秋の口元が歪む。
「どこの馬の骨か知らねぇ奴が、セシリアに勝った? そんな訳ねぇだろ」
「なら、自分の目で確かめろ」
千冬はそれ以上何も言わなかった。
「……いいぜ」
十秋はゆっくりと前へ出る。
「雑魚がどんな手使ったか知らねぇけど―――」
右手を掲げる。
「ぶっ潰して証明してやるよ」
黄金の鍵が現れる。
「来い―――《英雄王》」
光が弾け、専用機が装着される。
◇
第三アリーナ―――内部。
十秋がアリーナに降り立った瞬間、観客のざわめきが広がる。
だが、それ以上に目を引いたのは―――
「……あ?」
上空。
そこにいたのは、一人の男。
空中で静かに佇み、自分を見下ろしている。
「てめぇが……リオネスか」
返事はない。
ただ、見下ろしているだけ。
それが―――十秋の神経を逆撫でする。
「……その目、気に入らねぇな」
イラつきが一気に膨れ上がる。
(俺を見下してる……?)
あり得ない。
自分が“上”の存在であるはずなのに。
「いい度胸だな……雑種が」
背後に黄金の波紋が展開される。
「試合開始まで待つ必要なんてねぇよなぁ!!」
『待ってください! まだ―――』
山田先生の制止も聞かず―――
「死ねぇ!!」
武器の雨が放たれる。
だが―――
一夏は動かない。
迫り来る刃。
その瞬間。
カキン―――ッ!!
一夏の腕が動く。
「……は?」
一本、掴む。
さらに―――
ギィンッ!!
もう一撃を弾く。
爆煙の中、無傷で立つ一夏。
「……おいおい」
静かに呟く。
「フライングかよ。行儀悪ぃな」
「な……!?」
十秋の表情が歪む。
「なんで当たってねぇんだよ……!!」
一夏は軽く肩を回す。
「ウォーミングアップにもならねぇな」
その一言で―――
十秋の中の何かが、完全に切れた。
「殺す……」
空気が変わる。
「殺してやるよ……雑種がぁ!!」
怒声と共に、十秋の背後に無数の黄金の波紋が展開される。
そこから現れるのは、剣、槍、斧―――あらゆる武器。
「その小癪な手癖の悪さでもって、どこまで凌ぎきれるか!!」
一斉に射出。
空気を裂き、武器の嵐が一夏へと襲い掛かる。
だが―――
「遅ぇな」
一夏は、ただ一言そう呟いた。
次の瞬間。
カンッ! ギィンッ! ガキィンッ!!
迫る武器を、掴み、弾き、叩き落とす。
それも―――一切無駄のない動きで。
「は?」
十秋の動きが一瞬止まる。
(なんで……見えてる!?)
ただの反射ではない。
完全に“見切っている”。
「おいおい、その程度なのかよ」
一夏は欠伸を噛み殺しながら言う。
「欠伸が出てしまうぞ」
その態度が―――決定的だった。
「痴れ者がぁ!!」
十秋の怒りが爆発する。
「天に仰ぎ見るべきこの我に不敬な態度をとは!!」
波紋がさらに増える。
密度が上がる。
「その不敬は万死に値する!!」
そして―――
一本の剣を手に取る。
三つの円筒が連なった、異質な形状。
「……やっとか」
一夏の目が、わずかに細まる。
(あれは……)
ただの武器ではない。
自分の持つ“神器”と同じ類。
「肉片一つ残さず死ねぇ!!」
円筒が回転を始める。
空間が歪む。
「《天地乖離す開闢の星》!!」
暴風が発生する。
圧倒的なエネルギーの奔流が、一夏へと放たれる。
アリーナ全体が揺れる。
観客席から悲鳴が上がる。
だが―――
「何言ってんだ?」
一夏は動かない。
ただ、剣を構える。
中心に五つの穴が空いた、反りのある片刃の剣。
「お前の負けだよ」
静かに告げる。
「負け犬」
「な―――!?」
その瞬間。
一夏は剣を振るった。
「《全反撃》」
―――世界が、反転する。
暴風が、跳ね返る。
それどころではない。
倍以上の威力へと変換され、逆流する。
「ふざけるなぁ!!」
十秋は咄嗟に防御を取る。
だが、遅い。
完全に、自分の攻撃に呑み込まれる。
轟音。
爆発。
そして―――
ピ――――――ッ!!
無情なブザー音。
シールドエネルギー、ゼロ。
◇
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、一夏ただ一人。
「……終わりだな」
静かに、そう呟く。
地面には、倒れ伏す十秋。
かつての“無敗”は、見る影もなかった。
「くそ……なんで……」
震える声。
だが、その問いに対する答えは―――
「簡単な話だ」
一夏はゆっくりと降り立つ。
「お前が弱いからだ」
「っ……!!」
「力に溺れてるだけの三流が、最強気取ってんじゃねぇよ」
その言葉は容赦なく突き刺さる。
「俺は……最強なんだ……」
「違うな」
即答だった。
「お前はただの―――」
一瞬の間。
そして。
「井の中の蛙だ」
完全な否定。
十秋の思考が止まる。
「現実見ろよ」
一夏は背を向ける。
「ここは、お前の都合のいい世界じゃねぇ」
そのまま歩き出す。
もう、振り返らない。
アリーナに残されたのは―――
敗北だけだった。
◇
観客席上部。
「ふふ……」
その一部始終を見ていた少女が、静かに笑う。
ジャンヌ・リオネス。
「いいわね……完璧よ」
扇子で口元を隠しながら、愉しそうに目を細める。
「これでようやく理解したでしょ?」
誰に向けた言葉でもない。
「自分が“主役”じゃないってことを」
旗が、わずかに揺れる。
「さぁ―――」
その瞳は、次を見据えていた。
「ここからが本番よ、転生者」
物語は、ここから本当に動き出す。