インフィニット・ストラトス ~七つの大罪をその身に宿した者~ 作:ぬっく~
「助けたいの?」
避難指示が出され、周囲が慌ただしく動く中――
ジャンヌは真っ先にイチカの元へと現れていた。
まさか、この場に彼女がいるとは思ってもいなかったイチカは、わずかに目を見開く。
「お嬢……」
「イチカは、彼女を助けたいの?」
状況など意に介さず、ジャンヌはもう一度問いかける。
その声音には迷いがなく、ただ答えだけを求めていた。
「……はい」
短く、しかし確かな意志を込めた返答。
それを聞いたジャンヌは、満足げに微笑む。
「そっか。なら――力を貸してあげる」
その背後に、赤い羽の紋章が浮かび上がる。
「ジャンヌ・リオネスが令呪を以て命じる。必ず彼女を助けなさい」
一つ目の令呪が光を放ち、消える。
「重ねて、令呪を以て命じる。必ず命令を遂行しなさい」
二つ目。
「さらに重ねて、令呪を以て命じる。必ずラウラ・ボーデヴィッヒを救いなさい」
三つ目。
三重の命令が、イチカの存在そのものに刻み込まれる。
「Yes, my master」
低く応じたイチカは、最低限の展開でISを起動する。
その動きに一切の迷いはなかった。
「準備はいいか? デカブツ」
両端が尖った四節棍を展開し、黒く変質したISへと歩み寄る。
一歩、間合いへ踏み込む。
同時に振り下ろされる刀。
「ふん!」
四節棍で弾き返す。
二歩目。
再び襲いかかる斬撃も、冷静にいなす。
恐怖を持たぬ機体は、ただ機械的に攻撃を繰り返すが――それでは足りない。
「あんな至近距離でよくやるよな……」
観戦していたエドが思わず呟く。
最初は目で追えていたはずの攻防が、今では音だけが遅れて届くほどの速度域に達していた。
「令呪を三重に重ねているもの。すでに人の領域は超えているわ」
ジャンヌは静かに告げる。
「時間の問題ね」
さらに一歩。
突き出された刀を――自らの腕と背で受け止め、そのままへし折る。
「……そろそろ終わりにするか」
右手に魔力を集中させる。
そして――
一瞬で、内部から“何か”を引き抜いた。
「――っ」
イチカの手に握られていたのは、菱形の立体結晶。
ISコアだった。
「ぎ……が……」
コアを失った機体は維持できず、崩壊を始める。
その中から倒れ込んできたラウラを、イチカは静かに抱き留めた。
「……全く。いい寝顔しやがって」
気絶した彼女を見下ろし、ぽつりと呟く。
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◇
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「う……ぁ……」
ぼんやりとした意識の中で、ラウラは目を覚ました。
「目が覚めたか」
視界に入ったのは、椅子に腰掛け缶コーヒーを飲むイチカの姿だった。
「私……は……?」
起き上がろうとした瞬間、全身に激痛が走る。
「無理するな」
イチカは軽く指で額を押し、ラウラをベッドに戻した。
「ほら、これも返しておく」
枕元に置かれる、菱形の結晶――シュヴァルツェア・レーゲンのコア。
「何が……あったのだ……?」
ラウラは真っ直ぐにイチカを見つめる。
治療のため外された眼帯の下、金色の左目が静かに光っていた。
「……VTシステム、知ってるか?」
「知っている……だが、それは……」
「IS条約で禁止された代物だ。お前の機体に積まれてた」
ヴァルキリー・トレース・システム。
過去の覇者の動きを再現する禁忌の技術。
その代償はあまりにも大きい。
「私が……望んだからか」
呟きは小さかった。
「偽物とはいえ、全く相手にならなかったけどな」
イチカは肩をすくめる。
三重の令呪があったとはいえ、それでもなお差は歴然だった。
「……なあ」
ラウラが、ぽつりと問いかける。
「何故、お前はそんなにも強い?」
「覚悟の違いだろ」
即答だった。
「覚悟……」
「あの人に救われた。その願いを叶えるためなら、全部捨てる覚悟がある」
その言葉に、ラウラは理解する。
自分との決定的な差を。
「……そうか」
静かに目を閉じる。
「勝てるわけがないな」
不思議と、心は軽かった。
「じゃあ、俺は行く」
イチカは立ち上がる。
「もう行くのか……」
「ああ。お姫様が呼んでるんでな」
扉に手をかける。
その背に、ラウラは声をかけた。
「また……会えるか?」
一瞬の沈黙。
「さあな。お前が望めば、な」
振り返ることなく、イチカは去っていく。
扉が閉まり――静寂が戻る。
「望めば……か」
差し込む夕日が、ラウラの頬を淡く染めていた。